第6話:Sランク冒険者が攻めてきた? いいえ、それは『最高級の資源』です

「どうするのよ!? ねえ、聞いてるの!?」


元ダンジョンマスターの少女が、俺の袖を引っ張りながら金切り声を上げた。

彼女の名前はアリスというらしい。

先ほどまで俺をペットにしようとしていた絶対強者は今、涙目でパニックに陥っていた。


「全世界にクエスト配信なんて、もう終わりよ! あと数分もしないうちに、転移ゲートを通って王国最強の騎士団とか、勇者パーティとかが雪崩れ込んでくるわ! Fランクのあなたが勝てるわけないじゃない!」

「うるさいな。少し黙っていろ」


俺は空中に展開された巨大なホログラム・マップを操作しながら、冷淡に言い放った。

マップ上には、ダンジョンの入り口付近に無数の赤い光点が表示されている。

敵性反応だ。その数、およそ三千。

しかも、その一つ一つが放つ魔力反応は、先ほどのレッド・オーガと同等か、それ以上だ。


「……王国騎士団『白銀の獅子』。全員がレベル50オーバーのエリート集団か」


俺は顎に手を当てて呟く。

普通なら、絶望して失禁するレベルの戦力差だ。

だが、俺の思考は恐怖ではなく、損益分岐点の計算に回っていた。


「なぁ、アリス。この騎士たちが装備している『白銀の鎧』って、市場価格でいくらくらいだ?」

「は? え、えっと……一式で家が一軒建つくらいだけど……そんなこと聞いてる場合!?」

「三千人が家一軒分か。つまり、単純計算で三千軒分の不動産が向こうから歩いてくるわけか」


俺の口角が自然と吊り上がる。

素晴らしい。

向こうから勝手に出前を持ってきてくれるとは、なんて親切な世界なんだ。


「準備運動にはちょうどいい。新しい『職場』の性能テストといこうか」


俺はマップ上の第一階層、広大なエントランスホールを指でタップした。

そこは今、転移魔法陣から現れた騎士団によって埋め尽くされている場所だ。


   ◇


一方、ダンジョン第一階層。

転移の光が収まると、そこには精悍な顔つきをした騎士たちが整列していた。

王国最強と謳われる『白銀の獅子』騎士団。

その団長である男、ゼクスは、鼻を鳴らして周囲を見渡した。


「ここが新しい魔王の居城か。……拍子抜けだな」


湿った岩肌。薄暗い照明。

どこにでもある低級ダンジョンの風景だ。

事前に通達された「推奨レベル:測定不能」という警告が、誤報のように思える。


「団長、索敵魔法に反応あり! 奥に通路が続いています!」

「ふん、罠の一つもないとはな。所詮は成り上がり。新王の首、我ら『白銀の獅子』が一番槍でいただくぞ! 全軍、突撃!」


ゼクスの号令と共に、三千の騎兵が地響きを立てて進軍を開始した。

彼らは知らなかったのだ。

このダンジョンの支配者が、戦闘狂の魔王などではなく、効率のみを追求する「運営者」に変わったことを。


「――おや?」


先頭を走っていたゼクスが、違和感に足を止めた。

いつの間にか、周囲の景色が変わっている。

岩肌だった壁が、無機質な白いタイル張りに変化していた。

そして、足元の地面には、巨大なベルトコンベアのようなラインが引かれている。


「なんだ、これは……?」


ザザザザッ……。

不気味な駆動音が響き渡る。

次の瞬間、天井からアナウンスが降ってきた。


『いらっしゃいませ。選別エリアへようこそ』


気だるげな男の声だ。

ゼクスが剣を抜き、天井を睨みつける。


「貴様が新王か! 姿を見せろ! 我々は王国騎士団――」

『ああ、面倒な口上は結構です。業務の妨げになるので』


男の声は、まるで事務処理をする役人のように淡々としていた。


『まずは装備品の回収から行います。金属類はリサイクル資源として優秀なので』


「何を――」


ゼクスが言い返そうとした瞬間。

カッ!!

部屋全体が強烈な磁場に包まれた。


「う、うわぁぁぁぁっ!?」

「鎧が! 剣が! 引っ張られるぅぅぅ!!」


騎士たちの悲鳴が上がる。

彼らが誇る最高級のミスリル合金製の鎧が、見えない磁力によって強制的に剥ぎ取られていく。

ベルトの留め具が弾け飛び、剣が手から離れ、全ての金属製品が天井へと吸い上げられていく。


「き、貴様ぁ! 騎士の誇りをなんと心得る!」


下着一枚の無様な姿になったゼクスが叫ぶ。

だが、悪夢は終わらない。


『次は経験値の抽出です。高レベルの個体は、良い魔力燃料になる』


ベルトコンベアが動き出した。

抵抗しようとする騎士たちだが、床から伸びた無数の触手が彼らの足首を掴み、問答無用で奥へと運んでいく。

その先にあるのは、巨大なプレス機のようなゲートだ。


「や、やめろ! そこを通ったらどうなる!?」

「助けてくれぇぇぇ!」


『ご安心を。命までは取りません。ただ、レベルを1まで初期化(リセット)させていただくだけです』


「な……!?」


レベルの初期化。

それは、彼らが長年積み上げてきた血と汗の結晶を、全て無に帰すことと同義だ。

死よりも恐ろしい罰。


「やめろぉぉぉぉぉ!! 俺のレベル50が! あの日々の特訓がぁぁぁ!!」


ゼクスの絶叫が虚しく響く。

彼はプレス機を通過した瞬間、体から光が抜け落ち、へなへなとその場に崩れ落ちた。

筋骨隆々だった肉体は、鍛える前の貧相な体つきへと戻っている。

手元に残ったのは、命と、絶望だけ。


   ◇


「……ふむ。処理効率は上々だな」


俺はコントロールルームで、モニターに映る「元」エリート騎士たちの惨状を眺めながらコーヒーを啜った。


《 資源回収完了 》

獲得:最高級ミスリル鎧 × 3000セット

獲得:魔法剣 × 3000本

獲得:抽出経験値 1億5000万ポイント


「すげえ……」


隣で見ていたアリスが、口をあんぐりと開けて固まっている。


「あなた、悪魔? 殺して終わらせた方がまだ慈悲があるわよ……」

「殺したら次が来ないだろ」


俺は平然と答えた。


「レベルを1にして、装備を剥いで、街の外に放り出す。そうすれば彼らは生き恥を晒し、恐怖を拡散してくれる宣伝マンになる。そして何より……」


俺は抽出された膨大な経験値の数値を指差した。


「この経験値をダンジョンの拡張に使えば、さらに効率的な『狩り場』が作れる」


これが、俺の考えた永久機関だ。

敵が来る。

装備と経験値を奪う。

敵をリリースする。

奪ったリソースで罠を強化する。

さらに強い敵が来る。


「まさにSDGs(持続可能なダンジョン開発目標)だな」

「絶対に違うと思う」


アリスのツッコミを聞き流し、俺は回収ボックスを確認した。

そこには、装備品や経験値に混じって、一つだけ異質な輝きを放つ「宝珠」が転がっていた。

騎士団長のゼクスからドロップしたものだろうか。


「ん? なんだこれ」


俺がその宝珠を手に取ると、システムウィンドウがポップアップした。


《 獲得:スキルオーブ『聖騎士の加護』 》

《 解説:本来は選ばれし者しか習得できないユニークスキル。所有者のレベルを代償に抽出されました 》


俺の動きが止まる。

アイテムや経験値だけじゃない。

このダンジョンシステムは、侵入者の「スキル」そのものまで引っこ抜けるのか?


「……おいおい、アリス。これは聞いてないぞ」

「わ、私も知らないわよ! そんな機能、デフォルトにはないもの! あなたが変な改造をするからバグったんじゃないの!?」


俺は震える手でオーブを握りしめた。

もし、この仮説が正しければ。

世界中の英雄、賢者、魔王と呼ばれる連中が持っている「最強スキル」を、俺は居ながらにしてコレクションできることになる。


「クク……ハハハッ!」


笑いが止まらない。

不労所得どころの話ではない。

これは、世界の才能の独占だ。


「よし、次は誰だ? 勇者か? 賢者か? 誰でもいい、もっと餌をよこせ」


俺がモニターにかじりつこうとした、その時だった。

警告音が鳴り響き、画面の隅に新たなウィンドウが表示された。

そこには、外部からの通信リクエストが点滅している。


『送信者:世界冒険者協会・総本部』


俺は眉をひそめながら、通話ボタンを押した。

ノイズ交じりの音声が、部屋に流れる。


『――聞こえるか、新しきダンジョンの主よ』


しわがれた、しかし威厳のある老人の声だ。


『ワシは協会会長のギルバートだ。単刀直入に言おう。……我々と「取引」をしないか?』


「取引?」


『そうだ。貴殿のその「冒険者を殺さずに無力化する技術」。……我々にとっては、喉から手が出るほど欲しいモノでな』


老人は一度言葉を切り、そして低く、恐ろしい提案を口にした。


『貴殿に、Sランク冒険者たちの「生殺与奪の権」を公式に認めよう。その代わり――世界中に溢れる「犯罪者」の処分を、貴殿のダンジョンで引き受けてはもらえんか?』



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

あとがき

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