第5話 異災特級指定個体
「対魔一課・鳴海茜、氷室清二、現着。対象を保護します」
割れた窓から入って来たのは一組の男女。
入室してすぐさま、女性の方が西園寺に駆け寄る。
「西園寺さん、大丈夫ですか!?」
「いやぁ助かったよ、鳴海ちゃん」
──【雷弓】鳴海茜。
西園寺たちと同じく、異界帰りの元勇者。勇者たちの中では雪谷凪と並んで最年少。
現在は、特殊対魔局一課に所属し、官位は上級退魔官に当たる。
「……貴女がここまでやられるなんて」
「宝具が封じられちゃってね。鳴海ちゃんが来なかったら危なかったかも」
異能を抑圧が解消されたことで、宝具の使用が可能となった。
西園寺の小指にあるリングが光る。すると、西園寺のからはは光に包まれ、たちまち傷口が塞がり始める。
「骨折の完治は無理か。しばらくはギブス生活かな」
そうぼやきつつも、左手を回しながら状態を確認する。
西園寺、鳴海の両名で「頑張れば使える?」「無理です」「無理かぁ」と気の抜けた会話を繰り返す。
一方、汐里の方は両足を撃たれて、未だに立ち上がれずにいた。
それを室内に突入した男──汐里の兄・氷室清二が見下ろす。
「無様。家を出てもお前は変わんないなぁ」
その第一声は、侮蔑だった。
「ワンコロみたいに地面に転がって腹を見せて、見っともない。お前は良くても、氷室家は赤っ恥だ。父上の気持ちも考えてみろ。長年飼ってた犬に手を噛まれて甚くご傷心だぞ……なぁ? 大人しく戻れ。そしたらまた昔のように遊んでやる」
汐里の前にしゃがみ、清二は諭すように言う。
敢えての挑発か、それとも本心か。それは本人にしか分からない。
そんな兄を、汐里は思わず睨みつける。
それが、清二の逆鱗に触れた。額に青筋を浮かべ、平手で汐里の頬を打つ。
──パン。
「……なんだその目は? 御篝の後ろ盾を得て調子付いたか? 出来損ないの分際で兄に歯向かうのか」
生意気な妹を折檻しようと、清二は立ち上がり、汐里の腹部目掛け足を上げる。
それに対して、汐里は思わず体をすくめる。心で如何に抵抗しようと、体は幼いころに負った傷を覚えてしまっている。
「やめなさい。氷室準一等」
「……鳴海さん。愚妹を躾けているだけです。家庭の問題ですので、口出しはご無用願いたい」
振り下ろされる足を止めたのは、鳴海茜。
「任務中に家庭の問題を持ち込まないでください。査定評価が下がってもいいなら別ですが」
「ッチ……わかりましたよ」
吐き捨てるように言うと、清二は拳を収める。
一瞬不穏な空気も流れたが、これにて一件落着。
自身の回復を済ませた西園寺は、汐里に対しても宝具を使用し、両足で立てるほど傷を癒した。
「ありがとう、ございます」
「なんのなんの。それに、礼を言うのはこっちだよ。御篝が連れ歩いてるだけのことはある。咄嗟の判断力は流石の一言だね」
負傷者の処置が終わったところで、様子を眺めていた鳴宮茜が言葉を発する。
「救急には連絡してありますので、お二人とも念の為病院で検査を受けてください」
「ありがとう、鳴海ちゃん。相変わらず抜け目ない」
「いえ、当然のことかと……あの、先程たまたま耳にしたのですが、御篝先輩もこちらにいますか?」
「いるよ〜。こんだけの騒ぎになってるのに何してるんだか」
自分が追い出したことは棚に上げて、どこかぼやくように溢す西園寺。
「いえ、先輩のお手を煩わせずに済んで良かったです」
「鳴海ちゃんは真面目すぎ。御篝なんてどんどんパシリにするぐらいがちょうどいいって──」
──救急を待つ間、少しばかり世間話をしていた。
──誰も油断などしていなかった。
──それでも、事件は起きた。
侵入者のリーダー格の男を覆う氷にヒビが入る。
「「「っ?!」」」
『宝物殿に雷弓。流石に詰んだか』
ひび割れた氷から男が顔を出す。
しかし、それは通常の人間にはとても思えなかった。
『だがな。どんなに難しくても、どんな不測な事態が起きようとも、奥の奥の手を用意しておくのが、プロなんだよ!!』
声はくぐもり、全身の血管が浮き出る。そして、浮き出た血管は紫掛かった黒色で、ドクンドクンと脈を打っている。
『こっからは博打だっ──西園寺真緒!! アンタが原型を留めて死ねるかどうか。精々足掻いてくれや。先に行って待ってるぜ』
再度氷閉じ込めようと、氷室清二が異能を発動させるが、時すでに遅し。
男の黒い血管が張り裂け、中から黒い髪のようなものが溢れ出る。赤黒い血液を浴びたそれは男の体に絡みつく。
外から見たそれはさながら繭のよう。
何が生まれるのか。全員の瞬きが重なる一瞬で、それは顕現した。
一見すると、やけ細った老婆のように見える。しかし、肌の色は薄暗く、髪は異常なまでに長い。
そして何より特筆すべきは、その大きく膨らんだ腹部。今も張り裂けんばかりに、膨らみ続けている。
──あれはまずい。
全員の本能がそう訴えかける。しかし、あまりの妖気に身じろぎすらできない。
全員の頬から、冷や汗が一滴。
『鳴海上級っ!! 聞こえますか?! 即刻退却してください。繰り返します!! 即刻退却してください』
インカムの向こうからオペレーターが鳴海へ呼びかける。
『鳴海上級が向かった西園寺ビルから特級妖気反応を確認。照合の結果──対象は異災特級指定個体・分類コード009・【
──異災特級指定個体
かつて顕現が確認され、都市壊滅級の被害をもたらし、尚且つ討伐記録のない妖祀。観測史上、僅か11体のみ確認された歩く災害。
顕現即ち、都市の壊滅を意味する。
対峙即ち、死を意味する。
ゆえに、オペレーターは鳴海の退却を促す。しかし、僅かな動きが死に直結するその場で、動くことができる者はいなかった。
常に死と隣り合わせの重圧。己が命の手綱を他者に握られている恐怖。
誰もが、それに耐えられるわけではなかった。
「う、うおおああああああッ──ッ!!」
「馬鹿よせっ!!」
動いたのは氷室清二。恐怖のあまり、妖力を激らせ、異能を発動させようとする。
──次の瞬間。
「はぇ……?」
横一文字。氷室清二の体は両断された。
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