第6話 元パーティからの鬼電が止まらない(着信拒否済み)

ブブブブブブ……。

ブブブブブブ……。


机の上に置いたスマホが、まるで呪いのアイテムのように不吉な振動を繰り返している。

俺、黒峰カイは、ベッドに寝転がりながらその様子を冷めた目で眺めていた。


天道ヒカリによる衝撃的な「壁ドン勧誘」から解放され、ようやく自宅に戻った俺を待っていたのは、安息ではなく電子的なストーカー行為だった。


画面には『着信拒否設定された番号からの着信がありました』という通知が、秒単位で積み上がっていく。

発信元の名前は、表示させるまでもない。

キラ、ミナ、ゴウ。

昨日、俺をゴミのように捨てた元パーティ『スターダスト』の三人だ。


「……暇なのか、あいつら」


俺はため息交じりにスマホを手に取り、通知ログを確認した。


『不在着信(キラ):158件』

『不在着信(ミナ):84件』

『不在着信(ゴウ):62件』


狂気である。

普通の神経をしていたら、数回かけて繋がらなければ諦めるか、メッセージを送るだろう。

だが、彼らの思考回路は常人とは違う。「自分がかけ直せと言ったら、カイはすぐに応じるべきだ」という、長年染み付いた主従関係の意識が抜けていないのだ。


メッセージアプリ『RINE』の方も酷い有様だった。

こちらは着信拒否設定をすり抜けてくるグループチャットの通知が溜まっている。


キラ:『おい、いい加減に出ろ!』

キラ:『大事な話があるんだよ!』

キラ:『昨日の件は水に流してやるって言ってるだろ!』

ミナ:『ちょっと! 既読無視しないでよ!』

ミナ:『天道さんに色目使われたからって調子乗ってんじゃないわよ』

ゴウ:『装備返せ。あとポーションの補充どこにあるんだ』


見ているだけで頭痛がしてくる。

俺は無表情で『グループを退会しました』のボタンを押し、さらに個別の連絡先もすべてブロックリストに放り込んだ。

これで物理的に連絡は取れないはずだ。


「ふう……これで静かになるか」


スマホを放り投げ、俺は天井を見上げた。

彼らがここまで必死になる理由は、なんとなく察しがついている。

おそらく、今日のダンジョン攻略に失敗したのだ。


俺は起き上がり、PCを起動した。

動画サイト『D-Tube』にアクセスし、『スターダスト』のチャンネルを検索する。

案の定、彼らは今日の昼間、Aランクダンジョンの攻略配信を行っていたようだ。

タイトルは『新メンバー加入! Sランク魔導師アリスと行く灼熱の洞窟!』。


しかし、そのアーカイブ動画の再生時間は、わずか十五分で終わっていた。

俺は動画を再生した。


『やっほー! みんなのアイドル、キラくんだよ!』

『今日は新しい仲間、アリスちゃんと一緒にドラゴンをボコっちゃいまーす!』


冒頭、キラはいつも通り調子よくカメラに手を振っていた。

新メンバーのアリスという女性は、確かに魔力こそ高いが、連携などお構いなしに大技をぶっ放すタイプのようだ。


『行くわよ! エクス・プロージョン!』


アリスが初手で爆裂魔法を放つ。

派手な爆発。雑魚モンスターが吹き飛ぶ。

コメント欄は『すげー!』『火力やばw』と盛り上がっていた。


だが、異変はすぐに起きた。

中層エリアに入った瞬間、彼らは「見えない罠」に引っかかったのだ。


『うわっ!? なんだこれ、毒矢!?』

『キャッ! 足元が崩れた!?』

『おい、誰か回復しろ! ポーションどこだ!』


普段なら、俺が事前に『罠探知(トラップ・サーチ)』で発見し、解除するか迂回ルートを指示していた場所だ。

彼らは俺がそれをやっていたことすら知らなかったため、無警戒に突っ込み、当然のように罠の餌食になった。


さらに、戦闘面でもボロが出ていた。


『おいゴウ! 前線維持しろよ! 敵がこっちに来てるだろ!』

『無理だ! 攻撃が重すぎる! おいカイ、障壁張れ……って、いねぇんだった! クソッ!』


ゴウの悲鳴が響く。

これまでは俺が『物理耐性付与(プロテクション)』と『衝撃吸収結界』を重ねがけしていたから、彼は棒立ちでも攻撃に耐えられていただけだ。

生身の防御力など、高ランクモンスターの前では紙切れ同然。


そして、決定打はキラのMP切れだった。


『くそっ、なんでだ!? もうガス欠かよ!? まだ三発しか撃ってねぇぞ!』


キラが杖を振るが、魔法は発動しない。

俺の『魔力譲渡(マナ・パス)』がない彼は、ただの派手好きな無駄飯食らいに成り下がっていた。


結局、彼らはボス部屋にたどり着くことすらできず、這うほうの体で逃走したようだ。

動画の最後は、真っ暗な画面に『機材トラブルにより配信を終了します』というテロップが出て、唐突に終わっていた。


コメント欄は地獄絵図だ。


『え、弱っ』

『今まであんなに強かったのにどうしたん?』

『やっぱカイくんが本体だった説、濃厚だな』

『新メンバーのアリスって子、味方に魔法当てそうになってたし連携ボロボロじゃん』

『カイを追放した結果がこれかよwww』

『登録解除しました』


たった一日で、彼らが築き上げてきた虚構のブランドは崩壊しつつあった。

だからこその、あの鬼電なのだろう。

俺に戻ってきてほしい。

いや、彼らのプライドからすれば「戻ることを許してやるから、なんとかしろ」といったところか。


「……自業自得だな」


俺はブラウザを閉じた。

以前なら「助けてやらなきゃ」と焦燥感に駆られていただろう。

だが今は、不思議なくらい何も感じない。

彼らへの情は、昨日のレストランでの会話で完全に枯れ果ててしまったようだ。


その時、再びスマホが震えた。

また彼らか、とうんざりしながら画面を見る。

しかし、そこに表示されたのは、予想外の名前だった。


『天道ヒカリ』


俺は反射的に背筋を伸ばし、通知を開いた。

RINEのメッセージだ。


ヒカリ:『お疲れ様です、カイ君! 今日は突然ごめんなさい。改めて、今週末のコラボよろしくお願いします!』


続いて、可愛らしい猫がぺこりと頭を下げているスタンプが送られてきた。

文面からは、キラたちのような汚い欲望も、押し付けがましさも感じられない。

純粋な、ビジネスパートナーとしての敬意と、少しの親愛。


俺は少し迷ってから、返信を打ち込んだ。


カイ:『こちらこそ。突然で驚いたけど、楽しみにしてる』


送信ボタンを押すと、すぐに「既読」がついた。早い。


ヒカリ:『わあ、返信嬉しいです! 今週末のダンジョンですが、『翠緑の迷宮』の深層エリアを予定しています。私の役割(ロール)はヒーラー兼魔法アタッカーなので、カイ君には前衛とサポートをお願いしたいです!』

ヒカリ:『あ、もちろん報酬は完全折半で! ドロップ品は山分けでどうですか?』


具体的かつ、対等な提案。

『スターダスト』では、報酬の九割はキラたちが持っていき、俺は残りの一割にも満たない額を「小遣い」として渡されていた。

アイテムもすべて没収されていたことを思うと、天と地ほどの差だ。


カイ:『了解。装備や消耗品はこっちで準備しておくよ』

ヒカリ:『いえいえ! 今回は私の招待なので、必要な消耗品は私が用意します。カイ君は身一つで来てください。あ、でも武器は使い慣れたものがいいですよね?』


俺は少し考え、自分の手を見つめた。

武器か。

昨日の深淵ダンジョンでは素手で暴れたが、配信として見せるなら、ある程度「探索者らしい」装備があった方がいいかもしれない。

素手でドラゴンを殴り殺す映像はインパクトがあるが、毎回それだと「芸がない」と思われるし、何より俺の手が痛い。


カイ:『わかった。武器だけは見繕っておく』

ヒカリ:『楽しみにしています! おやすみなさい、カイ君🌙』


スマホを置き、俺はふっと笑みをこぼした。

普通のやり取り。

相手を尊重し、対等に言葉を交わす。

たったそれだけのことが、こんなに心地よいものだとは思わなかった。


「……さて、寝るか」


明日も学校だ。

キラたちがどんな顔をしてくるか想像すると憂鬱だが、俺にはもう新しい「予定」がある。

それだけで、少しだけ強くなれる気がした。


          ◇


翌朝。

登校した俺を待っていたのは、やはりキラたちだった。

だが、昨日のような教室での公開処刑スタイルではない。

下駄箱で靴を履き替えていると、背後から声をかけられた。


「……カイ」


低い、地を這うような声。

振り向くと、そこにはやつれ切った顔のキラが立っていた。

目のクマは昨日より酷く、自慢の金髪もセットが決まっておらずボサボサだ。

後ろにはミナとゴウもいるが、二人とも地面を見つめて沈んでいる。


「何の用だ?」

「お前……着信拒否しやがって。昨日、どれだけ連絡したと思ってるんだ」


キラの声には覇気がない。怒りというより、焦燥と懇願が入り混じったような響きだ。


「ブロックしたから通知は見てない。用件がないなら行くぞ」

「ま、待てよ!」


キラが俺の肩を掴む。

その手は小刻みに震えていた。


「頼む、カイ。戻ってきてくれ」

「……は?」

「昨日の配信、見たんだろ? 俺たち、ボロボロだった。お前がいなきゃダメなんだよ」


キラがプライドをかなぐり捨てて頭を下げる。

これは珍しい。あの自意識過剰の塊であるキラが、俺に懇願するとは。

だが、その後に続いた言葉が、すべてを台無しにした。


「スポンサーからもクレームが来てるんだ。『なんで急に質が落ちたんだ』って。違約金の話まで出てる。このままだと俺たち、破産しちまう!」


ミナも涙目で訴えてくる。

「そうよ! 私の新しい杖のローン、まだ残ってるの! 配信収益が落ちたら払えないじゃない!」


ゴウも唸る。

「俺だって、高級ジムの会費が……頼むよカイ、お前のバフがあれば、また俺たちは最強になれるんだ!」


俺は冷ややかに彼らを見下ろした。

結局、彼らが心配しているのは「自分たちの金」と「地位」だけだ。

俺という人間が必要なのではない。俺という「便利な道具」がなくなったから、生活水準が維持できなくて困っているだけだ。


「……君たちの都合なんて、俺には関係ない」

「なっ、友達だろ!?」

「友達なら、クビにする時にあんな言い方はしないし、あんな仕打ちはしない」


俺は彼らの手を振り払った。


「言ったはずだ。もう赤の他人だと」

「カイ、お前……本当に俺たちを見捨てるのか? 幼馴染を!」

「見捨てたのはそっちが先だ」


俺は淡々と事実を告げる。


「それに、俺はもう次が決まってるんだ。今週末、天道さんとコラボ配信をする」

「!」


三人の顔が凍りついた。


「て、天道ヒカリとか!? 嘘だろ……あんなトップ層が、お前なんかと……」

「嘘じゃない。だから、君たちの介護をしている暇はないんだ」


俺は踵を返した。

背後から、キラの絶叫が聞こえる。


「ふざけるな! お前なんかが、あいつと釣り合うわけないだろ!」

「絶対に失敗する! 恥をかいて、泣きついてきても知らないからな!」

「呪ってやる……俺たちの不幸を笑い物にしやがって……!」


負け犬の遠吠えとは、まさにこのことだ。

俺は一度も振り返らず、教室へと向かった。


不思議なことに、以前なら感じていた胸の痛みはもうなかった。

あるのは、「やっと本当に終わったんだな」という清々しい区切りの感覚だけ。

彼らの言葉は、今の俺にはもう届かない。


教室に入ると、クラスメイトたちが一斉に俺を見た。

その視線は昨日よりもさらに熱を帯びている。

SNSで「黒峰カイと天道ヒカリがコラボ決定か?」という噂が既に流れているらしい。


「おはよう、黒峰君!」

「昨日の動画見たよ、また再生数伸びてたね!」

「天道さんと何やるの?」


クラスメイトたちが話しかけてくる。

現金なものだが、悪意を向けられるよりはマシだ。


俺は適当に相槌を打ちながら、席に着いた。

週末まであと三日。

準備することは山ほどある。

キラたちの相手をしている時間など、一秒たりともないのだ。


俺は鞄の中から、一冊のノートを取り出した。

『ソロ活動計画書』。

昨日、家に帰ってから書き殴ったものだ。

そこには、これから俺が目指すべきスタイル、習得したいスキル、そして攻略したいダンジョンのリストが記されている。


その一番上には、太字でこう書かれていた。


『目標:自分のために生きる』


俺はペンを握りしめた。

週末のコラボ配信。

それは、俺が「黒峰カイ」という一人の探索者として、世界に名乗りを上げる最初のステージになる。

絶対に失敗はできない。

いや、失敗するはずがない。


俺はもう、誰かの影ではないのだから。


(待ってろよ、深層ダンジョン)


俺はノートに、新たな装備のアイデアを書き込み始めた。

その横顔を、教室の窓から差し込む朝日が照らしていた。


一方、校庭の隅で。

地べたに座り込んだ『スターダスト』の三人は、憎悪に満ちた目で校舎を見上げていた。


「……許さない」

「あいつだけ幸せになるなんて、絶対におかしい」

「ぶち壊してやる……週末のコラボ、めちゃくちゃにしてやるぞ……」


キラがスマホを取り出し、どこかへ電話をかけた。

その瞳には、かつての栄光あるリーダーの輝きはなく、嫉妬に狂った悪鬼のような暗い光が宿っていた。


「もしもし……ああ、俺だ。ちょっと頼みたいことがあるんだが……」


不穏な空気を含んだまま、運命の週末へと時間は進んでいく。

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