第七話『Natural ORTHO』

〝信用〟と〝信頼〟を両立させるのは本当に難しい。

彼女の話を聞きながら、そんなことを考えていた。



 「だからね?リム。本当なんだよ。この配線の中に〝今ではもう採れなくなったゴールド〟が使われてるんだってば!」


そうやって俺を説得するのは、今日も下層から〝お宝〟を携えやってきた『フレム』だ。


「いや、うん。フレム。お前を信用してないわけじゃないんだ。実際いつもジャンク品とは言え、質のいいモンを持ってきてくれるしな」


じゃあ!とカウンターから身を乗り出し、期待の眼差しを俺に向ける。

だが――


「うーん……。でも〝ゴールド〟でしょ?確かに『完全に枯渇した』ってニュースは大昔見たけど、今それに代えられるモノも増えたし」


彼女はムスっとして椅子へ座りなおした。


「まぁ一旦落ち着けよ。苔コーヒーのおかわりは?」


「いる!」食い気味でそういう彼女は真上を向き、その感情は行き場を無くしているようにも見えた。


淹れなおした温かいそれを口に入れ、彼女は若干の落ち着きを取り戻した。


「ちぇー。〝ゴールド〟だって昔は〝両手で掬う分くらいで家が建つ〟って聞いてたのに、やっぱ『これじゃないとダメ』って付加価値が無いとダメなんだなー。」


なんとも複雑そうな表情を見せる。


「代えが利くようにしたのは、人なのにな」と、俺は自分用のコーヒーをカップへ注ぐ。


「『これじゃないとダメ』っていうか、『それが欲しい』って思う人が多いかどうかなんじゃないのか?このコーヒーだって同じだよ」


コーヒーを啜りながら宥めた。


「そうかなぁ……ん?いや?厳密には同じこと言ってない?」


適当に出まかせで言った『イイこと風』は、即バレてしまった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 たまには苔茶が飲みたいと言った彼女に、俺は注文通り従っている。

何か思うことがあるのか、言いたいことがあるのか、珍しく長居しているようだ。

まぁ、どうせ暇を持て余していたところだ、夕方まで居てくれても構わない。


キッチンから新しいカップを取り出し、沸かした飲用水で苔茶を淹れる。

店内はコーヒーの黒色の香りから、緑色をした清々しい色へとグラデーションで広がっていく。


カウンターへ座る彼女の前にカップを置き、向かい合う形で腰かけた。


「で?珍しいじゃないか、お前がうちでこんなにゆっくりして行くなんて」


結局気になった俺はストレートに投げかけた。


「あれ?もしかして忙しかった?〝いつもの通りにヒマそう〟だったから話に付き合ってあげようと思ったんだけど」


物々交換が思い通りに行かなかったことがまだ燻っているようで、本当に珍しく、そんな悪態をついていた。

それを聞き、一拍置いてフゥと一息つき、キッチンへ振り返り洗い物を始めた。


「まぁいいさ。何も考えないで、たまにはゆっくりして行け。太古ではお茶は『チャドー』ってやつで、精神修行みたいに使われていたらしいしな」


来るたび楽しげな雰囲気で来店する彼女ではあるが、下層の暮らしだ。

そこにはやはり〝楽〟だけでは乗り越えられないこともあるのだろう。


「……ごめん。いじわる言った」


そんな独り言のような彼女の声を背中で受けた。

――一瞬、雨が強くなった気がした。


「ほんとはさ、マスターに相談したいことがあって。実は――」


言いかけた途中に表のアルカリミストゲートが作動した。


「マスター!こんにちは!お邪魔しまーす!」


彼女のしっとりとした声を中和するように響いた声。

その精気に満ち溢れた声のするほうに目をやる。


これも本当に珍しく、苔農家〝灯線職人〟の『タクト』がうちの店へ訪ねてきた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 カウンターのふたつの席にはフレムとタクトが並んで座っている。

タクトは相変わらずの人懐こさで、いつもの調子で語っている。


いつものように賑やかなタクトなのに、なぜだか、笑い声がどこか遠く聞こえた。


ふと目をやると、フレムは妙に居心地が悪そうに、熱が失われて行く苔茶のカップを両手で支え、その水面に視線を落としていた。


「――ちなみに、マスター。隣の女の子は?」


そんな〝断絶〟に手を差し伸べたのはタクトだった。

その口調には一切の〝同情〟も〝気遣い〟も感じられなかった。

彼はただ、横にいる、『マスターの店にいる客』の女の子が気になったのだ。


俺が一瞬『紹介のしかた』を考え、それを伝えようと喉の奥が震え、口を開く直前だった。


「私は、『フレム』。……下層から来ました」


彼女はわずかに身体を引き、少し気まずそうに、でも、ありのままを伝えた。

――それは人に向けられる視線をよく知っている動きだった。


そうして『中層』からの視線に怯えるフレムとは対照的に彼は言った。


「そうなんだ!僕は『タクト』。ト=A地区で苔農家をしてるんだ。よろしくねフレム!」


彼は本当に〝同情〟も〝気遣い〟もせずにただ、彼女のほうを真っすぐと向き、そう伝えた。

彼女はキョトンとした表情をして固まっている。


「ちなみにさ、フレムはいくつ?歳、同じくらいだよね?仲良くしてね!その苔茶どう?うちで作ってるやつなんだよね!気に入ってくれたら嬉しいな!」


お構いなしに、語り掛ける。

それは本当に誰からも愛されるタクトを象徴するような語り口だった。


その明るさは、店に飛び込んでくるネオンの光を、一段明るくさせたようにさえ錯覚した。


「え、う、うん。苔茶、美味しい……です」


あっけにとられる彼女の眼差しは、動揺しながらも、ようやく普段の調子を取り戻しつつあった。


「え!ありがとう!嬉しいな!苔コーヒーはもう飲んだ?マスターのところに置いてあるコーヒーもうちで作ったやつなんだ。結構自信作!コーヒーとお茶に加工するときにね――で、――これがまた――」


いつも通りのタクトの〝いつも通り〟が淡々と流れ始めた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 彼はどれくらい話し続けているのだろうか。

始めのうちは「うん…」「そうなんですね…」と相槌を打つフレムだった。


「フレムはどうして僕に敬語なの?初めましてだから?」


彼の〝単純な疑問〟から彼女の氷が徐々に解け始め、気が付けばその苔に対する〝熱〟の蒸気につられるように、笑いながら話を聴いていた。

そこには〝いつも通り〟のフレムがいた。



 話の切れ間を狙って「コーヒーを淹れなおすよ」と声をかけた。


「〝三つ〟でね!タクトの話であたしもコーヒー飲みたくなっちゃったから!」


そう注文を投げる彼女からはもう〝動揺〟の気配は姿を消していた。


先に、コーヒーの入ったカップをふたつ、ふたりの前に置く。

タクトは相変わらず真っすぐにフレムに話しかけていて、コーヒーが置かれたことに気付いていないようだった。


フレムがカップに口をつけ、それを見てようやくタクトは、コーヒーが出されたことに気付いたらしい。


「マスター!ありがとう!自分で作ってるものだけど、自分で淹れるよりマスターに淹れてもらったほうが美味しいんだよね」


そんな調子で礼を言う。

彼は本当に〝いつでも誰にでも本当の自分〟で当たってくる。

そこに上も下も無ければ、距離も感じられない。


そうしてまたフレムへ向き直り彼はまた口を開いた。


「下層でフレムの住んでるあたりに『本物の土』はあるの?」


やはり一切の遠慮無しで『下層』の話題を出す。

彼は遠慮が〝できない〟わけではない。

――俺はそれを知っている。


ただ、そこにある〝当たり前のこと〟として〝無意識に〟質問をしている。

彼の中で『〝下層の人間〟を前にして〝中層の人間から下層の話題〟』は〝してはいけない話題〟ではないのだ。


ほんの一瞬、身構えるフレム。

しかし彼女もまた、すでに知っている。

――タクトがどんな人物なのかを。


「下層のことが、気になる?」


若干の憂いを秘めるように言った。


「うん。だってさ、『中層』に『本物の土』は無いから。でも『下層』にはあるんでしょ?しかも汚染されてないところもあるらしいじゃん!おまけにそこに〝自然に苔が繁殖〟してるとこもあるって聞いたんだ!フレムは見たことある?〝床フロア〟のせいで僕は下層には行けないから気になるよ!」


フレムはまたあっけにとられた様子だったが、その視線の落ちるカップの中には、いつの間にか柔らかい表情が溶け込んでいた。


〝床フロア〟を真の意味で、額面通り受け取っているのは、この街でタクトだけなのかもしれないな。

そんな思いが一瞬チクリと自分の胸を刺した気がした。



 『平等』なんて大げさな言葉を使うつもりはなかった。

でも、タクトの視線は、そういう〝当たり前〟を

静かに思い出させてくる。


角度のついていない彼の眼差しは、まっすぐだ。

そこに『中層』『下層』なんてカテゴライズはない。

ただ〝目の前のフレムが、フレム〟であるだけだ。


そんな〝熱〟に当てられ自分の行動を振り返る。

〝下層から来る常連フレム〟とは仲良くしており、『店と客』良い関係と思っていたが。違う。


無意識のうちに俺は目線を下に向けていた。

それはどこかで〝下層は大変だから救って〟あげなくてはいけない。

そう感じていた。


たとえそれが〝善意〟であっても、角度が付いていたことには間違いなかった。


 同じようにタクトから〝何か〟を受け取ったような顔をしているフレムが口を開く。


「タクトはさ、すごいね」


その声には、何かが解けたような。

そのまなざしからは、新しい色の光が見えたような。


そんな気配が、確かにあった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 彼の話は相変わらず止まらなかったが、そろそろ『夜』の準備を始める時間が迫っていた。

そんなときだった。


会話の途中でフレムが小さく「ん」と声を出し、一瞬意識が虚空へ向けられているようだった。


「タクト!マスター!ごめん!そろそろ用事があるんだった!」


そう言って彼女は帰り仕度を始めた。


「え~!そんなぁもうちょっとお話ししようよ~」


名残惜しそうにタクトは本心でそう言っていた。


「フフ、ごめんね!また来るから!迷惑じゃなければ今度『苔畑』を案内してね」


迷惑?なにが?と、本気で意味がわかっていないタクトを笑いながら、彼女は席を立った。


「気を付けて帰れよ。……〝ゴールド〟は〝一旦保留〟だ。考えておく」


後ろを向いたまま手を挙げ去って行く彼女の背中に、そんな言葉を張り付けて送り出した。


それからほどなくして、タクトも帰って行った。

「フレムって次、いつ来るの?」なんて言い残して。



 何気ない日常の中で、ふと自分のことを見直させられる。

自分では気づけない、自分。


『同じテーブル』を囲んでいるのに、見ている高さが違っていた。


気づいたときには、かすかな痛みが胸にあった。

それは、きっと俺自身がつけた〝角度〟の名残。



 タクトとフレムが笑い合う姿を思い出す。


下を見るでもなく。


見上げるでもなく。


そこには、三人分の時間が等しく流れていた。


ただ同じ高さで、見つめることの難しさを、あの二人が教えてくれた気がする。



 夜の準備を始める。


三つのカップを片づける。


触れ合う響きが、静かに壁に跳ね返る。


いつもと変わらない動作の中に、今日は知らない風が入り込んでいた。


街の価値観が冷たい酸性雨となって、店の壁を濡らすような夜が、ゆっくりと訪れていた。


それでも、タクトから受け取った〝熱〟は、まだ心の真ん中で温かく、揺れていた。

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