9話 覚醒の影 ――沈む意識、目覚める血

◆ 葎 ――極限の戦いの中で


 夜風が切り裂かれる音とともに、夜叉丸の二丁拳銃が閃く。銃弾は重力すら騙すような変則軌道で飛び、葎の肩や脇腹をかすめながら闇へ消えた。


 ――避けられない。


 そう理解した瞬間、葎は己の体を捻って地面へ滑り込む。着地と同時に胸が焼けるように痛み、視界が揺れた。


(く……もう、限界……?)


 呼吸が乱れ、膝が震える。

 夜叉丸は無表情で歩み寄り、鎖分銅が金属音を鳴らした。


「動きが鈍ってきた。予測どおりだ……葎」


 その声には嘲りも感情もなかった。

 ただ、任務を遂行する“道具”の声。


「……なんで……私の名前を……」


「君の母を殺す計画の資料に書かれていた。

 そして、君を“必ず仕留めろ”と」


 言葉が冷たく心臓に突き刺さる。


 葎の中で何かが、ゆっくりと、きしむように軋みはじめた。


(母……を……?)


 胸の奥が灼け、脈が異常に速まっていく。

 耳鳴りが世界を侵食し、周囲の音が遠のいた。


 夜叉丸の足取りが近づいてくるたび、心の奥底で古い扉が揺れる。


 ――勝てない。

 ――でも逃げられない。

 ――なら……。


 葎の視界が、白く、そして赤く染まった。


(……何、これ……?)


 右手が勝手に震え、掌の紋が淡く光った。

 風がざわめき、地面の砂が螺旋を描いて舞う。


 夜叉丸がわずかに目を細めた。


「……覚醒の兆候か。

 紫苑の血は……本当に厄介だ」


 その瞬間、葎の周囲の空気が変わった――

 ひりつくような力が、皮膚の裏で脈打ち、暴れようとする。


(だめ……暴走する……!)


 止められない。


 それは、葎がまだ知らない“母の系譜に眠る力”だった。


◆ 御影 ――沈む意識で蘇る“暗部”


 その頃――倒れたままの御影は、

 気絶した意識の底で、別の世界に囚われていた。


 黒い廊下。

 冷たい光。

 少年たちのすすり泣き。

 鉄の扉が閉まり、銃声が響く。


(……やめろ……やめてくれ……)


 そこで暮らし、そこで殺され、そこで育てられた“暗部”の施設。

 次々に仲間が消えていくのを、ただ見ていることしかできなかった日々。


【生き残れなければ、名前はいらない】


 大人の声が響く。

 幼い御影の背中を、冷たい刃が押した。


【お前は道具だ。

 感情は捨てろ。

 裏切りは死だ】


(……違う……もう違う……俺は……)


 御影は拳を握った。

 暗闇の中、遠くで葎の叫びが聞こえる気がした。


【御影……助けて】


(……葎……!)


 瞬間、胸を貫く激痛とともに、

 意識に“夜叉丸”という名が浮かぶ。


 同じ暗部で育った元同僚。

 逃げた御影を、“処分対象”として追う者。


(あいつは……まだあの場所の奴隷のまま……

 俺みたいに逃げていない……)


 罪悪感と恐怖が蘇り、喉が締めつけられた。


(葎が……殺される……

 それだけは……絶対……)


 御影の指が、微かに動いた。


(あの夜……俺を救った声みたいに……

 今度は俺が……葎を……)


 倒れたままの御影の眼が、ゆっくりと、開きはじめた。


◆ 交錯する運命


 夜叉丸が鎖分銅を構えた瞬間、

 葎の目が異様な光を帯びる。


 覚醒の前兆――紫苑家の血が目覚める一歩手前。


 その気配を遠くで感じ取りながら、

 御影はまだ立ち上がれず、ただ意識だけが焦燥にもがいていた。


(間に合え……頼む……)


 遠くで稲光のような霊力が弾ける――

 葎の中の何かが“開こう”としていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る