第7話 あたたかい温度
カーテンのすき間から差し込むやわらかな陽の光が、リアの髪に銀色の輝きを添えていた。
「おはよう。今日も早いわね」
マリナのやさしい声がリアに届く。
あくびをするイファの髪には寝癖がついていて、いつもに増してふわふわしてそうに見えた。
朝食を済ましたあと、いつもなら制服に袖を通すイファが、今日はゆっくり新聞に目を通していた。
その姿をリアは不思議そうに見つめる。
イファは「ん?」と首を傾げると、納得したように「あぁ」と微笑んだ。
「今日は夜間当番なんだ。だから夕方までは時間がある日」
イファの声を聞いたマリナは、一瞬小さく息を吸い、ふふっと微笑んだかと思うと、手をポンと打って言った。
「そうだわ。ちょうどパンを切らしているの。せっかくイファもいるんだし、みんなで作らない?」
ほんの少し、タイミングを見計らったような提案に、イファはちょっと照れたように苦笑した。
「生地をこねて、焼くだけだから簡単よ。思いをこめた手作りのパンってね、不思議といつもの何倍もおいしくなるの」
リアがこくりと頷くと、イファはにいっと笑ってエプロンを付ける。
そして、小さな花柄のエプロンを手に取り「リアも」と言って手渡した。
イファは袖をまくり、材料を計りに乗せる。
マリナがそれを混ぜて、ひとまとまりになるまでこねると、小さな山になった。
ボウルの中で、最初はべたついていた生地が、少しずつ弾力を持ちはじめる。
「ねぇ、まとまったきたでしょう? ほら、リアも一緒に!」
なんだか嬉しそうなマリナを見て、リアも袖をまくった。
白い粉が舞う。
小麦と水のぬるりとした感触が指先を包む。
「そうそう、手のひらの根元で押して、それから……くるっと折りたたむんだよ」
手のひらが、あたたかい。
「……こう、でしょうか?」
「うんうん、できてるよ。でも、もう少しこうやって…」
隣で教えてくれるイファの手つきを真似てみるが、思ったより力加減が難しい。
「心を込めてね。おいしいパンがきっとできるわ」
少しずつ、ほんの少しずつ、手の中の生地が、まとまり、ふっくらとやわらかくなっていく。
リアは無心で、あたたかなそれをこね続けた。
「次は発酵ね」
それぞれがこねた生地をボウルに入れて布巾をかけ、マリナが「しばらく休ませましょう」と言ったとき、室内はふわりとした静けさに包まれた。
「……じゃあ、そのあいだに、コーヒーでも飲もうか」
イファが立ち上がって、キッチンの棚から瓶を取り出すと、豆の軽い音がした。
「リア、コーヒー淹れてみる?」
「……わたし、ですか?」
「うん。豆を挽いて、お湯を注ぐだけ。だけど、意外とむずかしいんだ」
リアは小さく頷き、イファの隣に立った。
豆をミルに入れ、ゴリゴリと音を立てて回す。香ばしい香りが部屋に広がる。
「……いい香りです。」
「でしょ? これが俺の元気の源だからな」
ゆっくりとポットからお湯を注ぐと、粉がふわりと膨らんでいく。その様子をリアはじっと見つめていた。
「蒸らしっていうんだ。豆が息してるみたいだろ?」
「……はい……。本当に、息をしているみたいです。」
カップに落ちたコーヒーは、湯気を立てながらテーブルに並べられた。
椅子に腰をかけて、静かにそれを口に運ぶ。
「……すこし、苦いです。」
「だな。でも、それがいいんだよ」
イファは笑いながら、自分のカップを両手で包んだ。
リアも真似して、そっとカップを両手で持つ。カップのあたたかさが、手のひらからじんわりと伝わる。
さっきのパンよりも、さらにあたたかい。
コーヒーの香りが、春の光と混ざっていく。ゆっくりと世界を包むように。
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