第2話 幕切れ
夜の街。
些細な風の音や往来する自動車にさえ恐怖を感じた。
公園に着くと、ブランコに腰を掛けた人影が見えた。
冬乃だ。
「冬乃!」
冬乃の顔を見ると、抑えていた感情が溢れてきた。
私は走り寄り、冬乃を抱きしめた。
彼女は何も言わず、そっと肩に手を置いてくれた。
しばらくして、二人並んでブランコに腰を下ろす。
私は疑問に感じていたことを冬乃に尋ねた。
「おまじないが効いてないって、どうゆうこと?」
「昼間、話したじゃない?
犠牲にした子供の数によって、呪いが強くなるって。
あのおまじないで解けるのは…。犠牲者が2人までの呪いなの。
普通は、おまじないをした時点で、呪いをかけた人間に返せるはずなの。
「それってつまり…。三人以上の子供を犠牲にして、あの箱が作られたってこと?」
言葉にした瞬間、胃の奥からねじれるような吐き気が込み上げた。
冬乃は沈黙し、少し間をおいてから続けた。
「呪いに使われるのは、子供の人差し指なんだ。
思い出したくないだろうけど。
あの箱に、何本の指が入ってたか覚えてる?」
私はあの時を思い出す。
箱を手放した時。床に散らばった指の数。
「五、六本…。いや、もっとかも…」
息が詰まる。呼吸が苦しい。
まさかそんな人数の子供を犠牲にして、自分を呪う人間がいるなんて…。
「ねえ!じゃあどうするの!?
おまじないが駄目なら!
お祓いとかしてもらおうよ!祓えるところ、紹介してよ!」
声が震える。さっきから喉が焼けるように痛い。
それでも冬乃は俯いたまま、何も言わなかった。
「ねえ!何か言ってよ!」
そう口にした瞬間、私は違和感に気付いた。
冬乃の身体が小刻みに揺れている。
「冬…乃…?」
冬乃はゆっくりと顔を上げた。
「もう助かるわけねえだろ」
声が、低く変わった。
その顔は、私が知っている冬乃ではなかった。
「それだけ多くのガキ犠牲にして作られた呪いだぞ?
やれることなんてあるわけねえだろ。
苦しみながら死ね!あははは!」
「いや、やめて。いやああああ!!」
私は立ち上がり、叫びながら走り出した。
頼れる存在だった冬乃までもが、
呪いによって豹変してしまった。
とにかく、遠くへ。人のいる場所へ。
私は、夜の街を、無我夢中で走り抜けた。
翌日 朝の街
どれくらい走り続けただろう。
肺と喉が焼けるように痛む。
気づけば、朝日が昇り、街はいつものように動き出している。
仕事へ向かうサラリーマン、登校中の学生。
世界は、私だけを置き去りにして進んでいくようだった。
「人がたくさんいると落ち着く…。一旦、どこかで休もう…。」
私は近くの漫画喫茶へ向かった。
人がすぐ近くにいて、体も休めることが出来るだろう。
私は受付を済ませ、個室のブースに入った。
椅子に腰を沈め、深く息を吐く。
「夢だったり…しないかな…」
目を閉じると、あの光景が脳裏に蘇る。
豹変した母と冬乃の表情、声が頭から離れない。
「手首…。痛いな…。」
コトリバコ…。この呪いについて、少しでも情報収集をしよう。
呪いへの対抗策やお祓いについても情報を得られるかもしれない。
パソコンに手を伸ばし、検索欄にコトリバコと入力して検索をかけた。
検索で得た情報は冬乃の話していた通りだった。
コトリバコの中身は、幼い子供のへその緒や人差し指。それにメスの動物の血。
木箱に詰めて蓋をすることで、人を呪う道具になる。
犠牲にした子供の数によって呪いの強さが変わり、
コトリバコの呼び名も変わるらしい。
そして呪いの対象は、子どもを産める女性と子供とのこと。
「つまり…。私も呪いの対象ってことだよね…」
それから、コトリバコの発端や歴史、ネットの書き込み、関連の怖い話など眉唾物な情報も全て調べた。
だが、肝心の解呪方法などは一切記載されていなかった。
目に手を当てて、また深いため息をつく。
眩暈がする。気分が優れない。吐き気もした。
「ほんと使えない…。お祓いとか有名な神社とか探してみよう…。」
再びパソコンに向かい、検索欄を開こうとした瞬間。
コンコン
急な物音に私は体を跳ね上げた。
音がした方に目をやる。隣のブースだ。
体が当たった?それともノックしてきた?
考えを巡らせていると、そのブースから子供の声がした。
「お姉さん。調べもの?」
それは幼い子供の声だった。
違和感と嫌悪感が全身を包む。
漫画喫茶に、こんな小さな子供がいるなんて。
しかも、私に話しかけてきた。
そして、なぜ私が女だと分かった?
ブースに入るときに見られていた?
それとも…。上から覗かれていた…。
私は、ゆっくりと視線を上げた。
ブースを仕切るパーテーションの上部。そこを凝視する。
何かが現れそうで、呼吸が止まる。
「う、うん。ちょっと気になることがあってね。
君は?漫画でも読んでるの?」
言葉を絞り出すと、子供の声がすぐに返ってきた。
「ふーん、何調べてるの?」
おかしい。会話が噛み合っていない。
普通の小さい子供なら、それも仕方ないかもしれない。
でも何かが違う。人間らしい会話じゃない。
「ひ、秘密だよ。君はお父さんかお母さんと来てるの?」
「ううーん、お迎えに来たんだよ」
「そっか、誰かのお迎え?偉いね。その人とは、会えたの?」
沈黙。空気がやけに重くなる。
「うん。目の前にいる。」
その声と同時に、小さな子供の手がパーテーションの上部にかかった。
その手は、真っ赤に濡れていて…。人差し指が、無かった。
「きゃあああ!!!」
私は反射的に後ろへ跳ね、椅子を倒した。
その手が、ゆっくりとよじ登ってくる。
パーテーションが、ギシギシと軋んだ。
頭が真っ白になり、体が勝手に動く。
私は転げるように通路へ飛び出した。
「お客様!?」
店員の声が響いたが、振り返る余裕なんてなかった。
追ってくる気配を振りほどくように、私は店から逃げ出した。
同日 夜の街
気付けば、夜になっていた。
呪いが強くなっているのか。意識が薄れていく。
視界がぼやけて、街の光が滲んで見える。
「ごほっ、ごほっ」
咳が止まらない。手で口を押さえると、べっとりと血がついていた。
胸の奥が締め付けられるように痛む。
確か、最後には内臓が千切れて…。絶命に至る。時間が無い。
「どこでもいい。どこか神社かお寺…。せめて病院に…。」
声にならない声をこぼしながら、足を進める。
ここはどこだろう。人が溢れる大きな通り。
自分が今どこを歩いているのかも、もう理解できなかった。
人の波に紛れて歩く。
誰でもいい。
誰かに助けを求めようかと考えるその瞬間、母と冬乃の歪んだ顔が反射的に浮かんだ。
「頼るなんて、できない…。」
そのとき、人混みの中に、小さな影が見えた。
視界は霞んでいるのに、その影だけはくっきりと輪郭を保っていた。
視界はぼやけているのに、その小さな影だけは、はっきりと見えた。
子供。目は黒く落ち込み、人間とは思えない口角で笑っている。
手は血に濡れ、人差し指が欠けている。
「あいつだ…。追ってきた…。」
踵を返し、走り出す。
人にぶつかり、誰かの制止を振り切りながらも、必死に走った。
狭い路地へと逃げ込こんだところで、体力は限界を迎えた。
咳が激しくなり、口から血が吹き出す。
腹と胸が裂けるように痛む。体の内側から何かがぶちぶちと引きちぎられる感覚。
あまりの痛みで地面をのたうち回りながらも、私は声を絞り出した。
「誰か、誰か。助けて…。」
声は無情にも虚空に消えていく。
ああ、まだ生きたい。死にたくない。
視界が黒く沈み始める。
その最後の瞬間、意識が途切れる際に人影が視界に映った。
そうだ。許せない。お前のせいで私は…。
「お…前…、ゆる…さ…」
コトリバコ。
誰かを犠牲にして、誰かを呪う道具。
その呪いが利用するのは、犠牲になった誰かの恨みの力だ。
でも、コトリバコの呪いによって死んだ者たちの恨みは。
一体、どこに向かうのだろうか…。
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