コトリバコの呪いと少女の物語

@VIRM_Capsule

第1話 呪い

その箱は、ある日、私宛に届いた。

差出人は不明。ヒノキのいい香りがするからくり箱だった。

木目は滑らかで高級感がある。

まるで、私のためだけに仕立てられたような、そんな美しさがあった。

箱には封筒が貼られていて、中には一枚の手紙。

『夏美様。貴女にこのからくり箱を差し上げます。箱の中には、ささやかながら貴女へのプレゼントを用意しております。是非、挑戦してみてください。』

差出人の名前は、どこにも書かれていない。

なのに、私の名前だけは、しっかりと書かれていた。

その一点だけが、妙に気持ち悪かった。


翌日 教室


「冬乃ー!おはよう!」

「ああ、うん。おはよ。」

私は机に鞄を置きながら、親友の冬乃に笑って挨拶をした。

「ねえねえ、聞いてよ! 昨日ね、差出人不明の手紙と一緒に、からくり箱が送られてきてね。」

「ほら、この手紙、見てみて。」

冬乃は差し出された手紙に視線を落とし、わずかに眉をひそめた。

「見るからに怪しい手紙ね。」

「でしょー? さすがに警察に届けた方がいいかなぁ。」

そう言いながらも、心のどこかで誰かからのサプライズかもと期待していた。

冬乃は少しだけ視線を伏せ、沈黙のあとに静かに言った。

「でも。あなたの名前を知っているようだし…。誰かのサプライズプレゼントなんじゃない?そうだとしたら、その人の気持ちを無下にするかもよ?」

冬乃の言葉に、胸の奥の不安がほんの少しやわらいだ。

「うーん、確かに! じゃあさ、今日うちで一緒に開けてみない?」

「いや、私は遠慮しておくわ。」

「なにぃ! 親友である私の誘いを断るなんて!」

冬乃は困ったように微笑んでみせた。

「ごめんなさい、今日はほんとに用事があって…。」

「そんなんだから私しか友達いないんだぞー!

まあ、仕方ないかー。じゃあ、また後でね!」

「うん、分かったわ」


夕方 夏美の家


「それにしても…。どうしたものかなあ。

からくり箱なんて触るの初めてだし。

どうやったら開くんだろう…。」

私はテーブルの上に箱を置き、しばらくのあいだ見つめていた。

部屋の空気が、やけに静かに感じる。

指先でそっと表面をなぞると、木目の奥にわずかな凹みがあった。

そこを押すと、カチリとわずかに動いた。

「おっ、ここの箇所!動いた!こっちも!」

左端を押すと右の角が沈み、右を引くと中央が浮き上がる。

からくり箱の名にふさわしい、複雑な構造。

気がつけば、私は夢中で指を動かしていた。

「ここをこうして…。

よし!多分これで開くはず!」

カチリ、と乾いた音を立て、箱の蓋が開いた。

その瞬間、ヒノキの香りがかき消され、代わりに鼻を突く臭気が部屋に広がった。

強烈な血と腐敗の匂いに吐き気がした。

その箱に入っていたのは…。

小さな人間の指、固まった血、赤黒い髪の束。

「きゃあ!」

反射的に箱を床に落とした。

箱の蓋が外れ、内容物が部屋に散らばる。

床に転がった小さな指が、ほんの一瞬だけ動いた気がした。

私は息を呑み、後ずさる。

思考が止まり、全身が震える。

心臓の鼓動だけが、痛いほど胸を叩いていた。

「何これ!プレゼント!?冗談じゃない!

とにかく誰かに知らせなきゃ。まずは警察!」

私は震える手でスマホを掴み、警察に連絡をした。

あまりの出来事の為か、警察署での記憶は断片的にしか覚えていない。

事情を話し、取り調べを受けた。

その結果、一旦は私の潔白は証明された。

あの箱や中身は警察が回収したけれど。

その後、あの箱の中身については、何も知らされることはなかった。


翌日 教室


「おはよう、冬乃」

「おはよう」

彼女の声はいつも通り穏やかだった。

私は昨日の出来事を思い出すだけで胃が痛くなる。

でも、話せる相手がいるだけで救われる気がした。

「昨日さ、からくり箱の話したじゃん?あれね…」

私は昨日起きたすべてを話した。

箱を開けた瞬間の臭い、指、血、髪の束。思い出すたびに息が詰まる。

でも、冬乃は一度も遮らず、真剣な眼差しで聞いてくれた。

話を終えたあと、彼女は小さく息を吸って口を開いた。

「多分それ、コトリバコだと思う…」

「コトリバコ?なにそれ?」

「都市伝説みたいな話なんだけど…。

冬乃は前置きを入れた後、静かな声で説明を始めた。

木箱に子供の指とか動物の血とかを入れて蓋をするの。それが人を呪う道具みたいになるらしいの。

もしかしたら、あなたを呪いたい誰かが、呪いを直接。

それも強力にかけるために箱を送り付けてきたのかも。」

彼女の口調は淡々としていた。

でもその内容は、あまりに恐ろしく、聞いているうちに胸の奥がざわついた。

「なんなのそれ…。なんでそんなに詳しいの?気持ち悪い!そんなの迷信だよ!」

私の声は震えていた。

恐怖なのか、怒りなのか、自分でもわからない感情が満ちていく。

冬乃は少し目を伏せて、静かに言った。

「落ち着いて。あなたの力になるわ。

呪いを解くおまじないっていうのもあるの。

今から教えるから、今日にでも試してみて!」

冬乃の瞳は、まっすぐ私を見ていた。

その瞳の奥に、少しの希望が見えた。

「うん、分かった。ありがとね、親友」


夕方 夏美の家


あの箱を開けてから、ちょうど二十四時間が経った。

冬乃が言うには、それくらいから呪いの効果が出始めるとのことだった。

「まったく…。なんで私がこんな目に…。」

独り言が、やけに響いた。

部屋の空気は重く、居心地が悪かった。

「とにかく、一人でいるのは心細い…。リビングに行こう…。」

リビングに向かうと、台所からは包丁の音が聞こえた。

母が夕食を作っている。

そのいつもの光景を見て、少しだけ肩の力が抜けた。

「お母さん!今日のご飯なに?お腹ペコペコだよ!」

「ふふ、今日は夏美の好きなハンバーグよ」

その言葉に、ようやく笑顔が戻る。

「ほんと!?合い挽き肉じゃないよね?ビーフ100%だよね?」

母は振り向き、包丁をまな板に置いた。

「今日はもっと豪華よ?」

「えー?なになにー?」

「人の子供のお肉よ」

「は?いや。え?」

空気が凍った。

笑い飛ばそうとしても表情が引きつる。

「ああ!お母さんらしくないね!気持ち悪い冗談言わないでよ!」

母は無表情だった。

「あなたはもう呪われてしまったの。逃げることはできないわ。

だから少しでも元気を出してもらおうとね。お母さん頑張ったのよ?」

その声は、まるで別人だった。

口角は吊り上がり、目が見開いている。

「いやああああ!!」

私は叫び、部屋へ駆け戻った。

動悸が止まらない。

冬乃の言葉が脳裏によぎる。

最初は幻覚、幻聴から呪いは始まる。

その後、めまい、吐き気、頭痛。最後には内臓が千切れ、絶命に至る。

「幻覚…。そう、あれは幻覚だ! 早く、おまじないを!」

机の引き出しからカッターナイフを取り出す。

手首に浅く切り傷を入れる。

そこへ用意していた塩を塗り込み、息を吹きかける。

痛みが電流のように走る。だが気にしてはいられなかった。

「沈め…。鎮まれ…。沈め…。鎮まれ…。沈め…。鎮まれ…。」

声が掠れる。

傷口が塩を吸い込み、じくじくと焼けるように痛む。

部屋の外からは扉を叩く音が聞こえる。

「夏美、ここを開けなさい。」

母が私を呼んでいる。涙で視界が滲む。

恐怖が限界を超え、半狂乱になりながらも必死でおまじないを続けた。

何度も…。何度も…。何度も…。


それから何時間経っただろう。部屋は静寂に包まれていた。

スマホを見ると時刻は深夜三時を回っていた。

「おまじないが…効いたの…?」

胸が苦しい。誰かと話したい。誰かに、助けてほしい。

今、一番頼れるのはあの子だ。

私は震える手でスマホを掴み、冬乃に電話を掛けた。

「もしもし」

「冬乃!どうしよう!呪いは本当だったの!」

「落ち着いて。何があったか教えてくれる?」

私は母の異常な言動、そしておまじないをしたことを話した。

「おまじないはちゃんとしたけど…。これで呪いは解かれたんだよね!?」

電話越しの冬乃は言葉を選ぶように話し始めた。

「多分、今の様子だと完全には解けてない…。一時的に収まっているだけだと思う…」

「は!?なんでよ!呪いを解くおまじないって言ったじゃん!手首、すごく痛いんだよ!?」

また涙があふれてくる。

痛みと恐怖と絶望が混ざって、思考が追い付かない。

「落ち着いて…。今からでも会えない?一人でいるのは危ないわ。

これからどうするか、一緒に考えましょう」

その提案が、私を我に返してくれた。

「冬乃…。ありがとう…。ほんとに、ごめんね…。」

「じゃあ学校近くの赤林公園で待ってるね」

「うん、すぐ行く!」

涙をぬぐい、支度を整える。

家は静まり返っている。

だが、あの時の母の表情が忘れられない。恐怖で手が震える。

誰にも気づかれぬよう、音を立てずに、逃げるように家を後にした。

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