第5話 ギフトは誰が落としている?

 夕暮れの街は、昨日よりも少しだけ“ざらついて”見えた。


 ユウマはカナミと並んで歩きながら、何度も目をこする。

 しかし、視界の端に浮かぶ細かなノイズは消えなかった。


「……やっぱり見えてるんだ」


 隣でカナミが呟いた。


「カナミにも見えるの?」


「うん。薄いけどね。色ムラみたいな……画像データの圧縮が下手なときに出る、あのノイズに近い」


「でも、昨日までこんなのなかっただろ?」


「ユウマがギフトを使いすぎたんだよ。世界が処理落ちしてるのかも」


「処理落ちって……俺、ゲームじゃないんだけど」


「この世界がゲームじゃない保証もないよ?」


「やめろ、怖いから」


 そんな軽口を叩き合いながら、二人は商店街を抜け、公園へ向かった。

 ユウマが今までギフトを拾った場所を地図にまとめた結果──


「……放射状に落ちてるんだよね」


 カナミがスマホの地図を示す。

 中心点は、街外れの公園。


「どう見ても、“ここ”からばら撒かれてる」


「でも、拾う瞬間まで見えてなかった。突然ポンと出てくる感じだったよ」


「それ、それが変なの」


 カナミは芝生の端にしゃがみ込み、地面をじっと睨んだ。


「普通、ギフトは自然発生しない。少なくとも私が見てきた範囲では、“発生源”がある」


「発生源?」


「うん。例えば、前に使った【ギフト可視化】は、買い物してたら突然ポケットに入ってた。あれはたぶん“直接付与型”」


「“落ちてる”じゃなくて?」


「そう。君のとは違う。君のは……明らかに、誰かが置いてる」


 ユウマはごくりと唾を飲んだ。


「じゃあ……落としてる“誰か”が、この近くに?」


「可能性はある。だから今日は、その“前兆”を探しに来たんだよ」


「前兆?」


「ギフトが落ちる直前、周囲の背景がノイズ化する。君も体験あるんじゃない?」


「あ……ある」


 思い出す。

 カードを拾うほんの一秒前、視界が一瞬だけチラついた。


「でも一瞬すぎて、見逃すんだよな……」


「だから二人で観察抜き打ち。今日は地味な作業になるよ?」


「地味なやつか……」


「嫌?」


「嫌じゃないけど、できれば派手なギフトの方が……」


「ダメ、依存症」


「言われると思った!」


 カナミは笑いながら立ち上がり、腕組みをする。


「さて。ユウマ。もう一つ重要な観察ポイントがある」


「何?」


「──ノイズは“空気”ではなく、“背景”に出る」


「背景……?」


「そう。木とか、ベンチとか、建物とか……物質の表面が、一瞬だけ粗い画質になる。まるで……貼り付けられたテクスチャが剥がれかけるみたいに」


「……それ、何のホラー?」


「現実のホラーだよ」


 そこへ──


 「うわっ!?」


 突然、ユウマの視界が揺れた。

 カナミが驚いたように振り返る。


「出た?」


「いや……ただの通行人とぶつかりそうに……」


 言いかけて、ユウマは固まった。


 歩道を歩いていたはずのスーツ姿の男性の輪郭が、一瞬“カクカク”と歪んだ。

 まるで古い映像のコマ抜けのように、首の角度が飛ぶ。


「……カナミ」


「見えた?」


「うん。今の……完全にバグ」


「追うよ!」


 カナミが走り出す。

 ユウマも慌てて後を追った。


 男は商店街を抜け、住宅街の角を曲がり、公園へ向かう。

 その途中……また、輪郭が揺れる。


(なんだよ、これ……!)


 身体は普通の人間のはずなのに、まるで“読み込みに失敗したキャラ”みたいな挙動をしている。


「カナミ、あれ絶対おかしい!」


「うん。もはや“人”じゃないかも」


「人じゃ……ない……?」


「ギフトの搬入口。もしくは“ドロッパー”だと思う」


「ドロッパー……?」


「ギフトを落とす存在。人間のフリをしてるけど、中身はプログラムとか、バグの塊とか……そんな感じ」


「悪いけど全然理解が追いついてないんだけど!?」


「大丈夫。私もよくわからない」


「わからないんかい!」


 二人が追い詰める形になったとき──

 男は公園の奥にある古いあずまやへ入り、ふっと姿勢を止めた。


「あ……待って」


 カナミがユウマを制止する。


「まだ近づいちゃダメ。ほら」


 指差した先を見ると──

 男の周囲の背景に、ざらざらとしたノイズが走っていた。


 木の幹、ベンチ、地面……そのすべてが“低画質化”して見える。


「これは……」


「ユウマ、慢心しないで。今、何かが……“生成”されてる」


「生成……ってまさか──」


 そのときだった。


 パシュッ、と乾いた音がして、男の足元に“カード”が落ちた。


 空中から、何もないところから、ぬるりと生成されたように現れた。


「出た……!」


 ユウマの心臓が早鐘を打つ。


 カナミは低く声を押し殺した。


「ユウマ。あれに触れたら、また世界が書き換わる。気をつけて」


「わかってる……けど」


 男──いや、ドロッパーは完全に停止している。

 顔面に表情もない。


(このタイミングなら、回収できる……?)


 一歩踏み出した瞬間。


 カナミがユウマの腕を掴んだ。


「ダメ! まだだめ!」


「っ……!」


「背景ノイズが消えてない。今は触っちゃダメ。生成中は危険」


「じゃあどうすれば……」


「待つの。あれが完全に“落ちた物”になってから」


 息を潜めて見つめること十秒。


 ノイズが徐々に薄くなり、周囲の風景が元の質感に戻っていく。


「……消えた」


「今だよ、ユウマ」


 ユウマはゆっくりと足を踏み出し、カードに近づく。

 心臓がやけにうるさい。


 拾う手を伸ばす瞬間、カナミが静かに言った。


「──誰が落としてるか、わかった?」


「……うん。あの男が」


「違うよ」


「え?」


 カナミは視線を空へ向けた。


「落としてるのは……“その上”。ドロッパーはただの出口。

 本体は、もっと上の階層にいる」


 空を見上げる。

 夕焼けは美しい。そのはずなのに──


 ほんの一瞬、空の一部が“パキッ”と割れたように見えた。


 ユウマは息を呑む。


「あれ……なんだ?」


「わからない。でも──君を見てる」


「俺を……?」


 カナミが小さく頷いた。


「ユウマ。“ギフトを落としている何か”は、明確に君をターゲットにしてる。

 君だけを狙って、ギフトを投下してる」


「……なんで俺なんだよ」


「それを探すのが、これからの私たちの仕事」


 二人の足元には、ギフトカードが静かに横たわっていた。


 カードの表面には、新しい文字。


【リセット・タイム】──一度だけ、“ある一点”まで世界を巻き戻せる。


 ユウマの手が震える。


「これ……やばいやつじゃないか?」


「うん。世界のログを巻き戻すタイプ。

 使ったら、世界のバグはさらに進むよ」


「……絶対使っちゃダメじゃん……」


「できるの? 使わないでいられる?」


「っ……!」


 ユウマはカードを握りしめ、強く、強く目を閉じた。


「……俺は、もう壊したくない。世界も、人間関係も……」


 カナミはしばらく黙って見つめ、そして小さく微笑んだ。


「なら、今回は信じてあげる」


 そう言った瞬間──

 またしても空に、ほんのかすかなノイズが走った。


 まるで誰かが、覗き込んでいるような。


(……見られてる……)


 ユウマは無意識に背筋を伸ばした。


 ギフトを落とす存在は、“上”にいる。


 そして──

 それは確実に、ユウマを観測している。


 物語は、さらに深い異常へと踏み込んでいく。

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