第4話 ギフトが見える少女

 放課後の校舎は、妙に静かだった。

 夕日が差し込む廊下を歩きながら、ユウマは胸の奥にひっかかる違和感を何度も噛みしめていた。


(……まただ。今日も“ズレ”があった)


 昼休み、いつもの購買の列で、突然クラスメイトの一人が「ユウマって昔から運動部のエースだったよな」などと言い出した。


(いや、俺は部活入ってすらいない……)


 ギフトを使うたびに、世界の“記憶”が上書きされる。

 最初は小さな差分だったものが、最近はもう「別の人生」が勝手に貼り付けられているような感覚さえある。


 そんなことを考えながら下駄箱へ向かったとき──


「……拾いすぎだよ、君」


 背中に、鮮明な声が落ちてきた。


 ユウマはビクリと肩を跳ねさせ、振り返る。


「……誰?」


 そこに立っていたのは、濡れたような黒髪と、ガラスの破片みたいに冷たい瞳をした少女だった。

 見覚えはない。制服は同じ学校のものだが、学年すらわからない。


 少女はユウマをまっすぐ観察するように見つめ、ふわりと微笑んだ。


「やっと見つけた。……ねぇ、あなた、ギフトを拾って使ってるでしょ?」


「っ!」


 心臓が跳ねた。


「な、なんでそれを……」


「だって、“くっついてる”もん。ほら、そこ」


 少女はユウマの肩あたりを指差す。

 見えない何かを示すように、淡々と。


「……何もないけど」


「君には見えないよ。私は“ギフトを見るギフト”を持ってるから」


「見る……ギフト?」


「そう。レア能力だと思ってる? 違うよ、これも“使い捨て”のひとつ。私はもう三回くらい使ってる」


「三回……?」


 ユウマは思わず喉を鳴らす。


 ギフトを使うたびに世界が書き換わるのなら、彼女はその影響をどれだけ受けているのだろうか。


 少女は軽やかに距離を詰め、ユウマの顔を覗き込む。


「ねぇ、君。自覚あるでしょ? 世界、壊れ始めてるよ」


「……わかってる。でも、どうすればいいか……」


「使うの、やめれば?」


「……それが、できれば苦労しない」


 ユウマはポケットを握りしめた。

 今日拾ったばかりの新しいギフトカードが、指先に硬い感触を残している。


 ――拾った瞬間、胸がざわつく。

 ――“また使いたくなる”。


 それは魔力でも誘惑でもない。もっと単純で、抗えない「バグの吸引力」。


「君はね……ギフトを“呼んでる”んだよ」


「呼んでる?」


「そう。君の周りにだけ不自然に集まってる。普通は地面に落ちてなんかないよ。運営側が何かのテストしてるみたいに、ポロポロ君の近くに」


「運営……?」


「世界の、だよ」


 少女の声はどこか冗談めいていたが、目は一切笑っていなかった。


 ユウマは思わず言葉を失う。


「……君、名前は?」


「カナミ。君は?」


「ユウマ」


「知ってるよ」


「え」


「だって、今日だけで三回くらい、君の“人生のログ”が書き換わったもん。追うの大変だった」


「人生の……ログ……」


「そう。ギフトを使うたびに、世界は君に都合よく“再構築”される。君が絵を描くのが得意になれば、君の過去も“天才画家の幼少期”に。

 君がモテ期を使えば、“昔からモテる人”として記録が塗り替えられる」


「……そんなの、怖いよ」


「うん、怖い。だから……」


 カナミは言葉を区切り、息を吸った。


「──あなたは、この世界のイレギュラーになりつつある」


 静かな声だった。

 でも、その一言はユウマの胃のあたりを重く叩いた。


「イレギュラー……?」


「うん。世界のコードに君だけが“合わなくなってる”状態。バグの中心点って言ったらわかりやすいかな」


「そ、そんな……俺はただ、落ちてたカードを拾っただけで……!」


「それが異常なんだってば」


 カナミはユウマの手元をちらりと見て、小さくため息をつく。


「……ほら、また新しいの持ってる。使う気なんでしょ?」


「……わからない。もう使いたくはない。でも……拾うと、使わないとソワソワするっていうか……」


「依存症だね」


「はっきり言うな!」


 ユウマが反射的に言い返すと、カナミは小さく肩をすくめた。


「事実だよ。“一度使ったら二度と使えない”はずなのに、君は次を欲しがる。普通はそんなこと起こらない」


「普通……?」


 ユウマは首をかしげる。


「じゃあ、君はどうなの? 三回使ったって言ってたけど……世界、おかしくなった?」


「なったよ。めちゃくちゃに。でも私は……慣れてる」


「慣れるのか、それ……」


「うん。諦めてるとも言うけど」


 カナミは淡々と続けた。


「ユウマ。私が君に言いにきたのは、“止めに来た”んじゃない。“巻き込まれたくないから確認しに来た”だけ」


「巻き込まれ……」


「だって、君のバグはもう私の視界にも入ってる。世界の書き換えログも、私の記憶に干渉し始めてる」


「……ごめん」


「謝らなくていいよ。でも……ひとつ、提案がある」


 カナミはユウマの顔をじっと見つめた。


「一緒に原因を探さない?」


「原因……?」


「このギフトの仕組み。どこから来てるのか。なんで君にだけ集中するのか。

 私は“見る”ことしかできない。けど、君は──“発動させられる”。」


「…………」


 ユウマは飲み込んだ。

 確かに怖い。

 けれど、このままひとりで耐え続けるのはもっと無理だと思った。


「……わかった。協力してくれるなら、助かる」


 カナミは小さく笑った。

 さっきまでの冷たさがほんの少しだけ溶けたような笑みだった。


「じゃあ、契約成立。ユウマ、よろしくね」


「こちらこそ……」


 そのとき──


 ユウマのポケットの中で、カードが微かに光った。


 カナミの表情が一瞬で引き締まる。


「……動いた。新しいギフトが反応してる」


「ま、また世界が……?」


「大丈夫。まだ発動してない。けど──」


 カナミはユウマの肩をつかんだ。

 その目は真剣で、どこか切迫していた。


「“次を使った瞬間”、君はたぶん、一線を越える」


「い、一線……?」


「戻れなくなる境界線。……ユウマ、本当に、使わない覚悟ある?」


 ポケットの奥で、カードが微かに脈打つ。


 まるで、使え、と囁いているように。


 ユウマは拳を握った。


「……努力してみる」


「努力、ね。……難しいだろうけど、期待しておく」


 その直後、校舎のどこかでチャイムの誤作動のような電子音が鳴り響いた。


 ユウマの背筋が跳ねる。


「またズレ……?」


「違う。これは──“前兆”。」


 カナミの言葉は、やけに重たく響いた。


「ユウマ。時期が来るよ。君の世界は、まだ序章でしかない」


 夕日が彼女の瞳に反射し、赤い光の粒が揺れた。


 ユウマは、喉の奥がからからに乾いていくのを感じながら、小さく息をのみ込んだ。


 こうして──

 ユウマはギフトの真相へと踏み込む、逃れられない一本道へ進むことになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る