第2話 ベニール祭

 私がマリーになって一週間がたった。その中で、この世界について分かったことがある。それは、魔法が存在しているということだ。魔法が使える条件は、魔力を持っていること。お貴族様は生まれたときから魔法が使える。庶民はというと、稀に魔力持ちが現れるらしい。魔力持ちが発覚したら、魔法協会の人が王都まで連れて行くという。その後は魔法学校に入学。

 どうやって魔力持ちを見つけるのかをリリーに聞いてみたところ、毎年ひらかれるベニール祭というお祭りで、14歳の子供全員が神殿の水晶玉に触れて魔力調査をするのだという。今年のベニール祭は今日だ。今年でエリアーヌは14歳になるため、魔力調査に参加する。つまり、主役同然なので、当然おめかしをするわけである。


「どう?私、似合ってる?」

 エリアーヌはくるりと回転した。すそに紅色の刺繡が施されたワンピースがふわりと舞う。

「とても似合ってるわよ」

「エリは世界一かわいい自慢の娘だ」

 確かにとても似合っている。白い布に刺繍だけのシンプルな服ではあるが、髪の色とも合っていて、美しさが際立っている。

「エリ、かわいい。ねぇ、せっかくだから髪の毛いつもと違うふうにしてあげる」

 前世でヘアアレンジ専門の企業に勤めていた井上さくらとして、腕が鳴るところだ。うきうきして、エリアーヌの髪をとかす。くせっ毛なエリアーヌの髪だが、さらさらで手触りがいい。髪の毛の両端をていねいに編み込み、そこから長めのひもを使って一つ結びにする。ひもをリボン結びにするのがポイントだ。私の手元をまじまじと見ていた母がつぶやいた。

「マリーは不器用なのに、結うのだけは上手なのね」

 失礼な。このくらい、プロとして朝飯前である。

「おしゃれは人を幸せにするんだよ」

 ブラック企業ではあったが、楽しくはあった。もう前世の人生は、ないのだけれど。

「四年後はマリーもおめかしをするんだぞ。楽しみだな!」

 優しく笑ったアダムは、私の髪をくしゃっとした。



「太陽のように明るく、マリーゴールドのように朗らかで、ローズのように華やかで気品のいい大人になるのよ」

 リリーの口癖だ。彼女の好きなものをつめこんだ、素敵な言葉だと思う。

「分かってるよ、母さん」

「私も早く大人になりたいな」

 私とエリの返事もいつも同じだ。四人で顔を見合わせ、ふっと笑い合い、家を出発することにした。


  神殿に向かいながら街を見渡すと、クリスマスカラーの少年と目が合った。こっちに向かってきている。誰だろう?と思っていると、記憶が教えてくれる。赤い髪に緑色の瞳のルーカス。いつも文句を言いながら最終的に私を助けてくれる優しい人。私は彼に話しかけた。

「ルーカス、おはよう」

「あぁ、おはよう。エリ、十四歳おめでとう」

「ありがとう」

 エリアーヌがふふっと笑った。ルーカスが首を傾げた。

「あれ、いつもと雰囲気が違うな」

「マリーが髪を結ってくれたの」

「かごを編むと新しい生命体を生み出すマリーが?」

 ルーカスが信じられないというふうに目をみはった。耐えきれなくなった私は口をはさんだ。

「失礼な。髪を編むことだけは朝飯前なんだから」

「マリーは変なところだけこだわるもんね」

「それほめてる?」

 私はむぅと口を膨らませた。反応が心外だ。


「ほら、もうすぐ着くぞ」

 アダムが目の前の白い建物を指さした。この世界に来て初めて見る神殿である。入り口付近に、二体の女神像がたっている。

「ここから先はエリだけだ。気を付けるんだぞ」

 少し心配そうなアダムを見て、エリアーヌが笑った。

「大丈夫よ。いってきます」

 くるりと背を向けて堂々と入口へ歩いていく姿を家族とルーカスとともに見送った。




 エリアーヌが神殿の中に入ってから一時間くらい経過したころ、手を振りながら戻ってきた。

「何も問題はなかったよ。それより、中、ものすごい豪華だったよ!祝福の光、とてもきれいだった!」

 目を輝かせるエリアーヌを見て、私は首をかしげる。

「祝福の光?何それ」

「マリー、知らないの?神殿の人が祝福があらんことをって祝福の光を降らしてくれるの」

 初耳である。笑いながらリリーが補足してくれる。

「祝福の光は、祝福の女神のご加護のひかりのことなのよ」

「祝福を受けるのと受けないのとで何がかわるの?」

「悪かった視力がよくなったり、動かせなかったからだを動かせるようになったりするらしいぜ」

 と、ルーカスが自慢げに教えてくれた。ルーカスの兄のカイルは、ベニール祭の時ちょうど骨折していたが、祝福の光により完治したのだそう。神の力は偉大である。

「さあ、この後は家でお祭りだぞ!」

 アダムは私とエリアーヌを抱き上げ、意気揚々と帰路につこうとした。

「ちょっとアダム!調子に乗らないの!」

 当然のごとく、リリーからのお咎めがあったので、私はアダムから飛び降りた。




 アダムの肩の上でエリアーヌが何かを考えるように私の髪の毛と瞳を交互にじっと見つめていた。

「どうしたの、エリ。私の髪になにかついてる?」

 私の声で我に返ったエリアーヌは、慌ててにこりと笑った。

「ううん、なんでもない。髪がきれいだなって、思っただけ」

 その笑顔は、引きつっていた。

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