第30話 文化祭前日
文化祭前日。
朝の教室は、普段より少しだけ落ち着きがなかった。完成間近の装飾が壁に貼られ、机の配置もいつもと違う。もう準備というより、確認と微調整の段階だ。
俺は席に座りながら、黒板の横に貼られたシフト表を眺めていた。
「宮下くん」
後ろから、落ち着いた声がかかる。
振り向くと、委員長が立っていた。今日は資料ではなく、クリップボードを手にしている。
「最終確認、少し手伝ってもらえますか」
「いいけど」
立ち上がると、委員長は当然のように隣に並んだ。
距離が近い。
昨日の買い出し以降、その距離感が「特別」だと感じさせないところが、逆に厄介だった。
「午前中の人員配置ですが、少し変更しました」
「俺のとこも?」
「はい」
クリップボードをこちらに向ける。
「当日午前は、基本的に私と一緒に動いてもらいます」
さらっと言う。
「クラス全体を見る役が必要なので」
「それ完全に固定じゃないか?」
「不都合がありますか?」
即座に返される。
「ないけど」
「では、決まりです」
一切の迷いがない。
その様子を、前の席からみなとがちらりと見ていた。
「悠斗、また委員長と?」
「仕事だからな」
「ふーん」
納得していない声。
昼休み。
装飾の最終チェックのため、何人かが教室に残った。俺もその一人だった。
「この位置、もう少し右の方が良くない?」
ひかりが言う。
「確かに」
葵が頷く。
「では、そうしましょう」
委員長が即断する。
判断が早い。迷いがない。
「委員長、即決すぎない?」
ひかりが笑う。
「前日に迷う方が非効率ですから」
淡々とした返答。
でも、その視線は一瞬だけ俺の方に向いた。
効率、だけじゃない。
そう思わせる何かがあった。
放課後。
最終準備が終わり、教室には達成感と疲労が混じった空気が漂っていた。
「これで、あとは当日だね」
みなとが伸びをする。
「だな」
「悠斗、明日どこ回るの?」
「基本、クラスだろ」
「そっか」
一瞬、間が空く。
その間に、委員長が自然に会話に入ってきた。
「宮下くんは、明日忙しくなります」
「まあな」
「でも、無理はしなくていいです」
珍しい言い回しだった。
「必要なところには、私が呼びますから」
それは、管理でもあり、独占でもある。
「委員長、信頼されてるね」
葵がぽつりと言う。
「当然です」
委員長は否定しない。
「彼は、信頼に足る人ですから」
言い切りだった。
その言葉に、空気が一瞬だけ静まる。
京香が、その様子を少し離れたところから見ていた。
表情は穏やかだが、視線は鋭い。
「佐森さん、どうかしました?」
委員長が気づいて声をかける。
「いえ。ただ皆さん仲がいいなって」
京香は微笑む。
「文化祭って、そういう行事ですから」
委員長の返答は事務的だ。
だが、京香は一歩踏み込む。
「宮下くんも、頼りにされていますね」
その名前の出し方が、少しだけ自然すぎた。
委員長の視線が、ほんのわずかに京香に向く。
「ええ。クラス全体が、です」
主語を大きくする。
京香はそれ以上何も言わず、頷いた。
帰り際。
下駄箱の前で、委員長が俺の隣に立つ。
「明日」
「うん?」
「忙しくなりますが……」
少しだけ間を置く。
「そばにいるのは、私です」
言い切り。
確認でも、お願いでもない。
宣言だった。
「了解」
そう答えると、委員長は満足そうに小さく頷いた。
「では、また明日」
そう言って、いつも通りの歩幅で去っていく。
文化祭前日。
何も起きていないはずなのに、確実に配置は決まっていく。
誰がどこに立ち、
誰が誰の隣にいるのか。
それを一番理解していて、一番静かに動かしているのは委員長だった。
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