第24話 新星現る
とある日の朝。
教室は、いつもより少しざわついていた。
「なに?」
席に着くなり、ひかりが振り返ってくる。
「今日さ、転校生来るらしいよ」
「へえ」
正直、あまり興味はなかった。
転校生。
この時期に来るのは珍しいが、それだけだ。
「女子らしい」
「はいはい」
みなとが身を乗り出す。
「しかも、清楚系って噂」
「噂早くない?」
「職員室筋」
どんな筋だ。
前の席では、莉音が、静かにプリントを整理していた。
でも、どこか落ち着かない。
視線が、何度か教室のドアに向かっている。
(気にしてる?)
葵は、腕を組んで窓の外を見ていた。
いつも通りに見えるが、
空気の変化には一番敏感なやつだ。
チャイムが鳴る。
担任が入ってくる。
「おはようございます」
いつもより少し、声が弾んでいる。
「今日は、皆さんに紹介があります」
ざわめきが強くなる。
「転校してきた生徒です。入ってきてください」
ドアが開く。
一歩、教室に入ってきたのは
長い黒髪。
背筋がまっすぐで、少し緊張した表情。
「わ」
ひかりが小さく声を漏らす。
「清楚だ」
みなとも目を丸くしている。
「初めまして」
柔らかい声。
「佐森京香です」
教室が、どよめいた。
「よろしくお願いします」
丁寧なお辞儀。
その瞬間。
胸の奥で、何かが微かに引っかかった。
(どこかで)
でも、すぐに消える。
(気のせいか)
担任が続ける。
「席は宮下の隣が空いてるな」
「え」
反射的に声が出た。
「じゃあ、そこに座ってください」
「はい」
佐森京香が、こちらへ向かって歩いてくる。
近づくにつれて、
胸の違和感が、少しだけ強くなる。
(知らない、よな)
彼女は隣に座る。
「よろしくね、宮下くん」
笑顔。
穏やかで、優しい。
「よろしく」
それだけで終わるはずだった。
なのに。
「変わってないね」
小さな声。
俺にだけ聞こえるくらい。
「え?」
聞き返すと、彼女は首を傾げた。
「ううん、なんでもない」
微笑む。
(今、なんて言った?)
授業が始まる。
板書を写す。
集中しようとする。
が、無理だった。
視線を感じる。
横から。
チラ、と見ると、佐森がこちらを見ている。
目が合う。
すぐに逸らされる。
(なんだこれ)
休み時間。
「ねえ」
ひかりが小声で言ってくる。
「隣、やばくない?」
「なにが」
「かわいい」
「そうだな」
みなとも頷く。
「しかも宮下の隣とか、運良すぎ」
「偶然だろ」
「それが運」
意味がわからない。
莉音は、机の向こうからこちらを見ていた。
視線が、佐森に向いて、
それから俺に戻る。
表情は崩れていない。
でも。
(硬い)
葵は、完全に状況を見ている目だった。
昼休み。
弁当を出すと、佐森が声をかけてきた。
「一緒に、食べてもいい?」
「え、あ、うん」
自然すぎる。
まるで、前からそうしていたみたいに。
みなとが、すっと距離を詰める。
「私たちもいい?」
「もちろん」
佐森はにこやかに頷く。
輪ができる。
「転校初日で慣れてるね」
ひかりが言うと、
「人と話すの、嫌いじゃないから」
そう答える。
視線が、また俺に向く。
「ね、宮下くん」
「なに」
「放課後、少し時間ある?」
唐突だった。
「え?」
「学校、案内してほしくて」
断る理由がない。
「まあ、いいけど」
その瞬間。
莉音の箸が、止まった。
ほんの一瞬。
でも、確かに。
(しまった)
自覚したときには遅かった。
放課後。
「じゃあ、行こ」
佐森は自然に立ち上がる。
並んで歩く。
校舎。
特別な会話はない。
でも、距離が近い。
「懐かしいな」
ぽつりと、佐森が言う。
「この感じ」
「この感じ?」
「うん」
曖昧に笑う。
「宮下くんってさ」
「なに」
「昔から、鈍いよね」
足が止まる。
「昔?」
「覚えてない?」
首を傾げる。
「まあ、いいや」
そう言って、前を向く。
夕方の光。
その背中を見て、
なぜか胸がざわついた。
-side京香-
放課後。
校舎を出たところで、私は宮下くんに小さく手を振った。
「今日はありがとう」
「いや、これくらい」
少し困ったように笑うその顔を見て、胸の奥がきゅっと締まる。
(やっぱり変わってない)
背は伸びて、声も低くなった。
でも、表情の作り方も、間の取り方も、昔のままだ。
別れてから、しばらくその場に立ち尽くしてしまった。
夕方の風が、制服のスカートを揺らす。
「会えた」
心の中で、そっと呟く。
長かった。
本当に、長かった。
家に帰る道。
知らないはずの街なのに、
なぜか懐かしい気持ちになる。
それはきっと、
隣にいた人のせいだ。
玄関を開ける。
「ただいま」
「おかえり、京香」
母の声。
「学校どうだった?」
「うん」
靴を揃えながら、少しだけ微笑む。
「会えたよ」
「え?」
「昔の人に」
それ以上は言わなかった。
自室に戻り、ベッドに腰を下ろす。
スマホを置いて、天井を見る。
(覚えてない、よね)
分かっていた。
分かっていて、来た。
小さい頃。
まだ、ここまで言葉がはっきりしていなかった頃。
あの公園。
ブランコと、砂場と、
少し錆びた滑り台。
「けっこんってなに?」
そう聞いた私に、
彼は真剣な顔で言った。
「ずっと一緒にいること」
「じゃあ、しよ」
「うん」
小指を絡めて。
笑って。
「大きくなったらな」
それだけの約束。
でも、私にとっては、全部だった。
引っ越しが決まった日。
泣いたのは、私だけだった。
彼は、最後までよく分かっていなかった。
「また遊ぼうな」
そう言って、手を振った。
私は泣きながら頷いた。
(忘れても、仕方ない)
年月は流れて、
彼には新しい日常があって、
新しい人間関係があって。
それでも。
今日。
隣に座ったとき。
名前を呼ばれたとき。
胸が、あの頃と同じ音を立てた。
「変わってないね」
思わず、口に出てしまった。
気づいてほしかったわけじゃない。
ただ。
確認したかった。
私の中の記憶が、
間違いじゃなかったことを。
机の引き出しから、小さな箱を取り出す。
中には、少し色あせたヘアピン。
当時、彼が拾ってくれたもの。
「落ちてた」
「京香のだろ」
違う。
私のじゃなかった。
でも、その日から、私の宝物になった。
(今は、まだ言わない)
彼の周りには、女の子が多い。
今日だけでも、すぐに分かった。
視線。
空気。
距離。
特に、あの人。
正面から行けば、勝てない。
だから。
私は、急がない。
「鈍いよね」
そう言ったとき、
少しだけ驚いた顔をした。
あの表情。
昔と同じだった。
「まあ、いいや」
本音だった。
今は。
まだ。
同じ教室にいられるだけでいい。
同じ時間を、
少しずつ取り戻せればいい。
ベッドに横になり、目を閉じる。
(もう一度、選んでもらえたら)
そのときは。
ちゃんと。
約束の話をしよう。
忘れてしまった彼に、
もう一度。
「覚えてなくてもいいよ」
「でも」
「今のあなたが、私を選んでくれるなら」
そう言えるくらいには。
私は、ここに来た。
静かに。
確実に。
恋は、もう一度動き出している。
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