第23話 委員長動く
翌日、土曜日。
午前中の静かな時間帯。
俺は駅前のベンチに座って、スマホを握りしめていた。
委員長から来たメッセージは短かった。
『少し、お話しできる時間をもらえますか』
それだけ。
場所も、用件も書かれていない。
けれど、断れる空気じゃなかった。
(話し合い、だよ)
そう思いながら待っていると、
視界の端に、見慣れた姿が映る。
白いブラウスに、落ち着いた色のスカート。
制服ではないのに、一目で分かる。
委員長だった。
「お待たせしました」
「いや、今来たとこ」
嘘だ。
十分以上前から来ていた。
「ありがとうございます」
少しだけ、安堵したように微笑む。
「今日は」
委員長は一度、言葉を選ぶように視線を落とす。
「昨日の件について、整理したくて」
「昨日?」
「葵さんのことです」
即答だった。
やっぱり、気づいていた。
「責めるつもりはありません」
続けて言う。
「宮下くんが誰と話すかは、自由ですから」
「うん」
「ただ」
少しだけ、声が低くなる。
「私がどう思っているかは、伝えておくべきだと思いました」
駅前の喧騒の中、
委員長の声だけが、妙にクリアに聞こえる。
「歩きながらでも、いいですか」
「いいよ」
そうして、二人で歩き出した。
商店街。
休日の昼前。
人通りはそこそこ多い。
「私は」
委員長が前を向いたまま話す。
「今まで、距離を守ることが正しいと思っていました」
「委員長として、クラスの一員として」
「でも、それは」
一拍。
「自分の感情から逃げる言い訳だったのかもしれません」
足を止めそうになるのを、なんとかこらえる。
「逃げ?」
「はい」
頷く。
「宮下くんが誰かと親しくしているのを見るたびに」
「胸が苦しくなって」
「それを委員長だからで片付けてきました」
商店街の端。
小さな店が並ぶ通りに入る。
「昨日、葵さんと並んでいるあなたを見て」
視線が、こちらに向く。
「はっきり分かりました」
「私は、焦っています」
その言葉は、静かだった。
でも、はっきりしていた。
「だから今日は」
委員長は少しだけ深呼吸して言う。
「話し合い、です」
「話し合いって」
「結論を出すためではありません」
すぐに否定する。
「ただ」
「私が、あなたとどう向き合うつもりなのか」
「知ってほしかった」
歩いているうちに、
いつの間にか小さな屋台の前に来ていた。
コロッケの店。
「よかったら」
委員長が言う。
「少し、食べませんか」
「え?」
「話ばかりだと、息が詰まりますから」
その提案が、妙に自然だった。
「じゃあ」
二つ買う。
揚げたて。
ベンチに座る。
「熱いですね」
「だな」
同時にかじって、
同時に「熱っ」と言ってしまう。
委員長が、少し笑った。
「こういうの」
「嫌いじゃありません」
「意外だな」
「そうですか?」
首を傾げる。
「委員長って、きっちりした店行きそう」
「イメージが偏っています」
少しむっとした顔。
でも、その表情は柔らかい。
「でも」
続ける。
「こうして、並んで食べる方が」
「あなたらしい気がします」
胸が、少しだけ熱くなる。
コロッケを食べ終える。
次はたい焼き。
それから団子。
気づけば、完全に食べ歩きだった。
「話し合い、ですよね」
思わず言うと、
「はい」
委員長は頷く。
「ですが」
「私が緊張しすぎないために、必要な工程です」
そんな工程があるのか。
でも、否定できない。
「宮下くん」
たい焼きを半分残したまま、委員長が言う。
「私は、あなたに好意を持っています」
はっきり言った。
「それはもう、否定しません」
「ただ」
前も言ったとおり、答えが欲しいわけではありません」
「あなたが、誰と、どんな時間を過ごして」
「何を大切にするのか」
「それを、ちゃんと見たいんです」
「それって」
「待つ、ということです」
静かな声。
でも、逃げではない。
「昨日までの私は」
「待つふりをして、何もしない人でした」
「でも、今日からは違います」
委員長は、こちらを見る。
「あなたの時間に、入らせてください」
「委員長としてじゃなく」
一拍。
「佐伯莉音として」
名前を名乗られて、
心臓が跳ねた。
「ずるいな、それ」
思わず言う。
「そうですか?」
少しだけ、得意げに微笑む。
「では、成功ですね」
夕方。
駅へ戻る道。
「今日は、ありがとうございました」
「こっちこそ」
「話せて、よかったです」
「うん」
別れ際。
委員長は一歩だけ近づいて、
小さな声で言った。
「また、こういう時間」
「作っても、いいですか」
「いいよ」
即答だった。
委員長は、安心したように笑った。
帰り道。
胸の奥が、静かにざわついていた。
話し合いのはずだった。
でも、あれはもう。
どう考えても
(デート、だったよな)
そう思いながら、
俺は空を見上げた。
◆
月曜日の朝。
教室はいつも通りだった。
騒がしくて、少し眠くて、変哲もない。
「おはようございます」
教室に入ってきた委員長の声を聞いた瞬間、
俺は無意識に背筋を伸ばしていた。
委員長は、いつも通り前の席に向かう。
だが
一瞬だけ、こちらを見る。
視線が合う。
すぐに逸らされる。
(気のせいか?)
授業が始まる。
ノートを取る。
集中しようとする。
「宮下くん」
小声。
隣からではない。
前からだ。
「はい?」
顔を上げると、委員長が少し身を乗り出してこちらを見ていた。
「この後、少しお時間ありますか」
「え」
一瞬、教室の空気が止まる。
周囲の視線。
「委員会の確認です」
付け足す。
「あ、はい」
そう答えるしかなかった。
前の席から、葵がちらりとこちらを見る。
ひかりはニヤッと笑っている。
みなとは、無言でじっと見ていた。
(目立ってるな)
休み時間。
「宮下くん」
委員長が、今度は普通の声量で呼ぶ。
「昨日はありがとうございました」
「いや、あれくらい」
「助かりました」
それだけの会話。
でも、距離が近い。
以前より、一歩。
それだけで、胸がざわつく。
「委員長、最近変わった?」
ひかりが、後ろからひそひそ声で言ってくる。
「そうか?」
「うん」
即答。
「なんか、隠すのやめた感じ」
「隠す?」
「うん」
ひかりは楽しそうに笑う。
「表情」
「柔らかいよ」
それを聞いて、委員長を見る。
確かに。
以前より、眉が下がっている気がする。
昼休み。
委員長が弁当を持ってこちらへ来た。
「ご一緒しても、いいですか」
「どうぞ」
自然な流れだった。
みなと、ひかり、葵、俺、委員長。
全員が揃う。
「珍しいね」
みなとが言う。
「いつも一人じゃん」
「今日は」
委員長は少し考えてから言った。
「こちらの方が、落ち着くので」
視線が、俺に向く。
一瞬。
でも、確実に。
(それ、俺のせいじゃないよな?)
葵が、静かに委員長を見る。
「最近、積極的ですね」
「そう見えますか」
「見えます」
即答。
委員長は否定しなかった。
「自覚はあります」
その言葉に、みなとが少しだけ目を見開く。
(委員長、自分で言うのか)
食事は、穏やかだった。
でも、空気は明らかに変わっていた。
放課後。
「宮下くん」
呼ばれる。
「少し、いいですか」
「はい」
二人で廊下を歩く。
人はいるが、距離は近い。
「昨日は、ありがとうございました」
「なにが?」
「一緒に過ごしてくださって」
その言い方が、学校では少し浮いている。
「委員長」
「はい」
「無理してない?」
聞いてしまった。
委員長は足を止める。
少し考えてから、言った。
「いいえ」
はっきり。
「昨日までは、していました」
「でも、今は」
こちらを見る。
「少しだけ、正直です」
胸が、じんわり熱くなる。
「宮下くん」
「なに」
「お願いがあります」
「なんですか」
委員長は一度、深呼吸した。
そして。
「学校では、今まで通りで構いません」
「委員長と呼んでください」
「でも」
一拍。
「二人きりのときは」
視線が、逃げない。
「名前で呼んでほしいです」
喉が鳴る。
「名前?」
「はい」
少しだけ、頬が赤い。
「委員長ではなく」
「莉音、と」
空気が止まる。
心臓が、はっきり音を立てる。
「それ」
「嫌なら、無理にとは言いません」
でも、目は強い。
逃げていない。
「いや」
息を整える。
「嫌じゃない」
委員長、、、いや。
莉音は、ほっとしたように微笑んだ。
「ありがとうございます」
「莉音」
試しに呼ぶ。
一瞬、肩が揺れた。
「はい」
その返事は、
今まで聞いたどの声よりも柔らかかった。
学校の廊下。
日常の中。
でも、確かに。
何かが、決定的に変わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます