第8話 委員長の胸の内
委員長が去っていく背中は、普段よりも少しだけ早足だった。
「追いかけなくていいの?」
みなとが俺の袖をつまんで言う。
「そうだよ、宮下くん」
ひかりも頷きながら押す。
「いや、でも迷惑じゃ」
「絶対行ったほうがいいって! 行け!」
二人の勢いに押されて、俺は意を決して委員長の後を追った。
「委員長!」
呼びかけると、委員長の肩がピクリと揺れた。
歩みは止まるが、すぐ振り返らない。
「何か、用ですか?」
ゆっくりこちらを向く。
表情はいつもと同じように見えるけど、目だけが少し揺れている。
「さっきのその、様子が変だったから。
ちゃんと話したほうがいいかなって思って」
「変ではありません。普通です」
「嘘つけよ」
「嘘ではありません。私はいつも通りです」
委員長はそう言いながら、なぜか目をそらす。
(わかりやすい)
「委員長。さっきの仲が良いですねって」
言いかけた瞬間、委員長がピタッと俺の言葉を遮った。
「別に。あなたが誰と仲良くしていても、私には関係ありません。私はクラス委員として、あなたが問題なく過ごしてくれれば、それで」
「ほんとに、それだけ?」
「それ以外に何があると言うのですか」
語尾が少し震えていた。
俺は深呼吸し、少しだけ勇気を出して聞いてみた。
「もしかして、怒ってる? 俺に」
「怒ってません」
即答。
「じゃあ悲しんでる?」
「悲しくも、ありません」
委員長は困ったようにまばたきをして、
それでも視線だけは俺から逸らしたままだ。
俺はさらに一歩、近づく。
「委員長。俺がみなとと一緒にいたの、嫌だった?」
委員長はビクリと肩を震わせた。
数秒の沈黙。
そして、小さな声で
「嫌、では。ありません」
否定したのに、声が弱い。
「じゃあ何か気になることあるんじゃないの?」
「……っ!」
委員長が俺を睨む。
でもその目は泣きそうにも見えた。
「宮下くんは本当に、気づかないのですね」
かすれた声で言う。
「え、何を?」
「なんでもありません」
委員長はくるりと背を向けたが、足は動かない。
その背中に向けて、俺は言った。
「心配してくれてありがとう。相談のことも俺のことも」
委員長の肩が、また小さく揺れる。
「あなたが無理をしていないかどうかくらい、見ればわかります」
かすれ声のまま。
「だったら、言ってくれれば」
「言えません」
「なんで?」
委員長はゆっくりと振り返った。
いつもの凛とした表情のままなのに、
瞳だけがほんの少しだけ赤い。
「言ったらあなたが、困るからです」
「困らないよ」
「困ります。絶対に」
強めの声。
でも拳が震えている。
そして、彼女は少し俯きながら、絞り出すように言った。
「私が言いたいことなんてあなたにとって、ただの迷惑ですから」
そう言い残して歩き出そうとした。
「委員長!」
俺が引き止めようとしたとき
「今日は、もう帰ります。これ以上は本当に、言えません」
委員長は早足で去ってしまい、呼び止めても振り向かなかった。
遠ざかる後ろ姿は、
怒っているようで、怒っていないようで
ただ、どこか寂しそうだった。
俺は追いかけられずに、その場に立ち尽くすしかなかった。
戻ると、みなととひかりが心配そうに待っていた。
「宮下くんどうだった?」
「委員長、泣きそうじゃなかった?」
俺は二人にうまく説明できないまま、ただ答えた。
「委員長、なんか俺のせいで困ってたみたいで」
二人は顔を見合わせ、同時に言った。
「それ完ッ全に好きじゃん」
俺だけが、まだ実感できなかった。
◆
今日は、本当に最悪でした。
宮下くんにあんな顔を見られて。
ひかりさんにも、みなとさんにも。
あんな状態で会ってしまって。
胸が、まだ落ち着きません。
駅前から急ぎ足で離れ、人気の少ない公園まで来たところで、ようやく足を止めました。
「なにを、しているのでしょう私は」
自分で自分に呆れてしまいます。
だって、ただのクラス委員ですのに。
彼は、ただのクラスメイトですのに。
それなのに
「みなとさんと、あんなに近い距離で」
思い出しただけで、胸がぐっと痛みます。
声に出してしまいそうなので口を押さえました。
「べ、別に嫉妬なんてしていません」
言葉にした瞬間、自分でも虚しくなります。
走り去ったのは、嫌だったからではありません。
怒ったのでもありません。
ただ
「怖かったんです無理に笑う自信がなくて」
宮下くんは、本当に鈍い人です。
鈍くて、不器用で、気遣いばかりして。
誰かが傷つくくらいなら、自分が困ってもいいと思っている。
そんなところが、放っておけなくなってしまって。
気がつけばいつも目で追ってしまって。
自覚したときには、もう。
「どうすればよいのでしょうこれ」
自分の胸元をぎゅっと握りました。
私は恋愛が得意ではありません。
むしろ、誰より不器用です。
好きと言うのも、嫌と言うのも苦手で。
表情に出すのも、恥ずかしくて。
今日だって、本当は
『みなとさんと楽しそうで、なんだかずっと胸が痛かったんです』
と、言いたかった。
でも言えるはずがありません。
だってそんなこと言ったら、宮下くんはまた困ってしまう。
彼は優しいから。
優しいからこそ、私は言えない。
「なにをしているんでしょう私」
ベンチに座り、膝を抱える。
制服ではない休日の服装なのに、どうしてこんなに心が重いのでしょう。
視界がぼやけてきて、慌てて目元を押さえた。
「泣きません。泣きません。泣けません」
でも止まらない。
胸は締め付けられ、息がうまくできない。
「宮下くんの、ばか」
ようやく口に出せた言葉は、それだけでした。
少しして、ようやく落ち着きました。
冷たい風に頬を撫でられ、落ち着きを取り戻していく。
「はぁどうしましょう。月曜日」
顔を合わせたら、きっとまた普通に話しかけられます。
彼はそういう人ですから。
優しく、困ったように笑って。
『委員長、昨日のことだけど』
絶対に聞いてきます。
気にしてくれるでしょう。
だから、私は
「普通の顔でいないと」
委員長として。
クラスメイトとして。
それ以外の顔を見せてしまったら、きっと戻れない。
何も言えなかったくせに、言いもしないくせに、
期待だけしてしまう自分が嫌になります。
「ほんとうにどうしたらいいんでしょうね、私は」
空を見上げると、夕焼けが広がっていました。
胸の奥が、また少し痛む。
宮下くんは、今どんな顔をしているのでしょうか。
誰の相談に乗っているのでしょうか。
誰の隣で笑っているのでしょうか。
考えたくないのに、考えてしまう。
「やっぱり、ばかです」
自分自身に向けてそう呟いた。
そして私は、家路につく。
誰にも見せられないままの本心を、胸の中に押し込めて。
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