第26話 窮地

 覚醒スキルを発動したエリフォナを見て、前に進み出たのはアストリッド。


「前より少しはマシな顔になったな。スキルも取り戻したようだ……迷いは晴れたのか?」

「はい、私にはマスターがいてくれるのです。だからもう迷わないのです!」


 エリフォナからは次々と剣が生まれ落ち、それは宙に躍る白刃となる。

 刃の奔流は一斉にアストリッドに襲いかかった。


「しかし、本機とて負けるわけにはいかん! 氷矢ヘツ・ケラハ!」


 アストリッドが唱えると、彼女の頭上にいくつも出現する氷の矢。

 鋼鉄の剣と氷の矢が激突し、エリフォナとアストリッドも戦闘状態に突入する。


 見れば、ティミナとモルヴェも既に戦闘に入っていた。


 と、いうことは……だ。


「どうしてあのポンコツどもがスキルを使っているのか、それがどうしても分からんが……お前が無能であることは変わらんだろ?」


 十数体の護衛ドールを従え、にやにやした顔のルドルフ兄さんが近づいてくる。

 思わず後退る僕。


「あのクズとポンコツを痛めつけてやれ。ただし殺すなよ、確かに殺してしまえば父親あいつも見過ごせないだろうしな」

「はっ、ご主人様」


 剣を構えた護衛ドール達が、じりじりと包囲網を縮めてくる。

 揃いの黒いメイド服を身につけた護衛ドール達。ライディン商会製第七世代ドールである彼女達は同じような身の丈に似たような顔つきで、彼女達が工業製品で量産品であることを強く感じる。そして能面のような表情からは、なんの感情も窺えない。


 こうして見ると、エリフォナ達はもちろん、アストリッドやモルヴェとも明らかに違う。

 アストリッドやモルヴェからは彼女達の意思が確かに感じられたが、目の前の護衛ドール達からは何も感じられない。第九世代ドールは指揮官機であるからある程度の自由意志を持たせているとか、スキルを獲得させるために個性を持たせる必要があった、とか聞いたことがある。


 相対する僕は丸腰だ。

 でも、それは特に問題じゃない。


「エリフォナ、剣を!」

「はいなのです、マスター!」


 エリフォナの頭上の鋼の海から、2本の剣がこちらに飛んでくる。

 それを両手で掴んだ僕は身体を開き低くし、構える。二刀流の心得なんてもちろん無いけど、どっちみち素人だ。一本より二本の方がいいだろう。


 とはいえ……。


「……ユリオス」


 後ろから抱きついているノアが、震える声とともに更に腕に力を入れてきた。


 ……正直、ノアに抱きつかれたままでは戦えない。

 第七世代である護衛ドール達は、下級騎士から一般兵士程度の力量は持っている。素人の僕が動きを制限されたままで対抗出来るとは思えない。


「ノア、悪いけどちょっと動きづらいからさ、どこかに隠れてもらえないかな?」


 後ろの木の方に視線を向けて言うけど、ノアはふるふると首を振った。


「……イヤなの。ユリオスといっしょがいいの」


 絶対に離れないと、更に腕に力を入れてくるノア。ちらと後ろを見ると、ノアは泣きそうな目でこちらを見上げていた。


 うーん、そんな目で見られても困る……。

 いや、でも離れて隠れてるノアを取り押さえられたら、僕一人じゃ助け出せない。相手の方が人数がはるかに多いのだから、向こうはノアを人質にして降参するよう言ってくるかもしれない。いや、その方がルドルフ兄さんの立場なら合理的だ。


 だったら、掴まってもらっている方がいいのか?

 うーん、仕方ないか……。


「分かった、絶対に離さないでね?」

「……うん、分かったの。絶対に離さないの」


 コクコク頷くノアから視線を離し、正面を見据える。

 

「やれっ!!」


 ルドルフ兄さんの声に反応し、一斉に襲いかかってくる護衛ドール達。


「くっ?! 囲まれたら不利だ!」


 振り下ろされたドールの剣を左手の剣で弾き返し、少しずつ後退しようとする。

 しかし、相手は数が多い。右側から迫る白刃を右手の剣で防いだ時、僕は体勢を崩してしまった。


「しまっ……!!」

「はあっ!!」


 不安定な姿勢の僕に振り下ろされる、他の護衛ドールの剣。

 思わず左腕を戻し防ごうとするが、ぱっ、と血飛沫が舞った。


「ぐうっ……」

「ユリオス、ユリオスぅ!」


 痛い!


 痛い痛い痛い! だけど、そんな事を考えている場合じゃ無い。

 ノアの叫びを聞きながら、どくどくと血を流す左腕に視線をやる。血が止まる気配は全然無かったけど、それほど深い傷では無いように思えた。


「はははっ! なんだ、そのへっぴり腰は! さすが無能のクズだな!!」


 ルドルフ兄さんの笑いが響く。

 余裕なのか何なのか、ルドルフ兄さんは後ろで見ているだけだ。


 くそっ!


 その様子に、苛立ちと焦燥が募ってくる。

 どうすれば――そう考えていた僕の腕に、ばしゃりと何か冷たい液体がかけられた。


「え?」


 振り返った僕が見たのは、空のポーションの瓶を握り締め、涙を流すノア。

 片手で僕に抱きついたまま、ポーションを取り出し使ってくれたのだ。


「そうか、ノアがポーションを持っていたんだったね。ありがとう、助かったよ」

「うぅ……ユリオス、ユリオスぅ!!」


 ノアの顔は涙で濡れ、くしゃくしゃになっていた。

 そのアメジストのような瞳から、止めどなく溢れ出す涙。


 そうか、ノアにも心配かけちゃったな。


「ノアがポーションを使ってくれるなら百人力さ。大丈夫」


 ノアに笑いかけると、再び前を向く。

 こんなに心配かけてるんだ、このまま終わるわけにはいかないよね!


 そう思い、迫る護衛ドールに立ち向かうが――


「ははははっ!! 所詮、お前は素人なんだよ! それだけの数のドールに勝てるはずがないだろうが!!」


 さほど時間も経っていないのに、僕は血だらけで地面に片膝を付いていた。

 ルドルフ兄さんの言う通り素人の上、ノアを庇いながらなので自由に動き回ることも出来ない。僕はあっという間に窮地に陥っていた。


「ぐ、ぐうっ……」

「……ユリオス、ユリオスぅ!!」


 ノアがまたポーションをばしゃりと振りかける。

 すると今にも倒れそうだった身体が、なんとか立ち上がれそうな程度には回復したのを感じる。


「はは、ほんと助かるよノア」


 振り返ると、ノアは空の瓶を両手で抱き抱え、ぶるぶる震えていた。


「……ユリオスぅ、ポーションなくなっちゃったの」

「そう、か」


 まぁ、仕方ないか。

 あれから、ノアには結構な数のポーションを使ってもらっていた。無くなるのは当然と言えば当然だ。


 動けなくなった僕に向かって、護衛ドール達が四方から包囲を狭めてくる。

 この怪我に、怯えて動けないノア。完全に周囲を囲まれてしまえば、もう僕に抵抗する術はない。


 まいったな、どうしようか……。


 再び振り返るとノアの顔は、涙や飛び散った僕の血やらでぐちゃぐちゃになっていた。トレードマークの青い大きなリボンも、くしゃくしゃになり泣いているように頭を垂れていた。

 そして今も、ノアの瞳から零れ落ちる涙が止むことはない。


「……ユリオス、ごめんなさいなの」

「え?」


 突然のその言葉に、首をかしげる。


「……ボクが邪魔になってるのは分かってるの。ほんとはティミナの家で待っていた方が良かったし、今だって隠れていた方が良かったのは分かってるの」


 いやいやをするように首を振ると、僕にぶつかるように抱きついてくるノア。


「……足を引っ張っているのは、邪魔してるのは分かってるの。自分でも分かってるの。でも、怖くて怖くて仕方がないの。ユリオスにひっついていないと……怖くて怖くて仕方がないの。ここから動けないの、動きたくないの。ごめんなさい、ごめんなさい……」


 血だらけで片膝を付く僕に抱きついて、ノアは泣いていた。


「ごめんなさい、ごめんなさい、エリフォナやティミナみたいに役に立たなくて、ごめんなさい……」


 まるで屋敷にいた頃のように泣きじゃくっていた。


 そんな姿を見ていられなくて、左手の剣を地面に置いてノアの頭を撫でてあげる。


「そんな事ないよ、ノアは役に立っているよ。ノアのポーションがなかったら、僕はとっくに倒れているよ」


 はは、と僕は笑うけどノアはぶるぶると首を振る。


「ちがうの、ボクはユリオスの邪魔してるの。ポーションだけ渡して待っている方が良かったの。ほんとは分かってるの」

「うーん……」


 それを言われちゃうとなぁ。


 でもね


「でも、やっぱりそれは違うよ。ノアに僕は助けられているよ。実は僕も怖くて怖くて仕方がない、今にも逃げ出したいくらいさ。でも逃げ出さずに持ちこたえているのは、ノアがいてくれるおかげだよ」

「……ほんと?」

「ああ、弱い僕がまだ踏ん張っていられるのは、ノアが一緒にいてくれるからだよ。ノアを守るためなら、ノアを守ろうと思えば、弱い僕でも頑張れる。だから、これはノアのおかげだよ」


 ノアを安心させるように微笑む。

 そんなことを言っている間にも、護衛ドールの包囲網は狭まっている。だけど、今ノアを安心させてあげることは、何より大切なことのように思えた。


 まだぽろぽろと零れる涙を拭おうともせずに、こちらを見つめてくるノア。


「……ほんとなの? 邪魔になってないの?」

「なる訳ないじゃないか。僕はノアを『肯定』する。だからいっしょに頑張ろう」


 くしゃくしゃと頭を撫でてあげると、ノアの涙は止まるどころか更に溢れ出す。


「……そんなこと言ってもらえたの、初めてなの。ユリオス、大好き、ずっといっしょにいて」

「ずっと僕の側にいてかまわないよ。僕もずっとノアの側にいると誓うよ」


 僕の胸に顔をうずめるように抱きついてくるノア。

 僕の胸にノアの額がこつん、と当った瞬間――


 かちり


 発動する、覚醒スキル『盲目礼賛のオーバーライド』の感覚。


 次の瞬間、僕の目に飛び込んできたのは鋼鉄の鎖。

 鈍い鋼の輝きを放つ鎖が、ノアと僕を幾重にも取巻き雁字搦めにしている光景だった。


「これは……」


 絶対に逃さないとばかりに、僕とノアを絡め取る鎖。

 これは……ノアの心だ。僕から離れたくない、もう二度と離さないと縛り付ける『依存心』、ノアの弱い心の具現化だ。


 そしてその弱い心は今、上書きオーバーライドされる。


 僕とノアの拘束がほどけ、鋼の鎖は僕とノアを中心に球状に広がる。

 それは僕とノアを、護衛ドール達から護っているように見えた。ひゅんひゅんと音を立て球状の形を保ったまま、高速で回転する鎖。それは邪魔する者は許さない、と威嚇しているようだった。


 僕の胸に顔をうずめていたノアが、ゆっくりと顔を上げる。すでに涙は引いており、いつものノアの顔で。

 だけどノアは嬉しそうに愉しそうに、艶やかに微笑んだ。


「……覚醒スキル『無限抱擁むげんほうようのグレイプニル』なの」


 怯えて隠れるだけだった子犬の、秘めた野生が目を覚ますように。


「ユリオス……もう一生離さない。死ぬまでずーーっといっしょ。邪魔する人は……消していいよね?」

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