第25話 戦闘開始

 バレた?


 慌てて振り返ると執務室の入り口には、仁王立ちするルドルフ兄さんの姿が。

 その姿は、すでに深夜にもかかわらずチュニックにサーコートという平時の装いだった。もちろん、腰には剣も佩いている。そしてその後ろには、アストリッドやモルヴェなど、大勢の護衛ドールの姿も見えた。


 そうか、ルドルフ兄さんは寝てたかも知れないけど、ドール達が報告したのだろう。ドールも人間と同じように睡眠は取るが、護衛ドールが全員寝ているなんて事はありえない。


 そして、後ろの方には寝間着姿のカミリア母さんの姿も見える。


「こんな夜遅くに起こされて何事かと思ったら、アナタですか、この無能者! どれだけアタクシ達に迷惑をかければ気が済むのですか!」


 ヒステリー気味に喚き散らす母さんの姿に思う所はあるけど、今はそれどころでは無い。

 護衛ドール達がアストリッドとモルヴェを先頭に、執務室に入ってくる。


「ユリオス様、ここはあなた様の家でもあります。戻ってくるのは構いませんが、このような方法は感心しませんね」

旧世代ポンコツもぞろぞろと……。まるでコソ泥みたいだな」


 特に何の感情も見せず平坦な声でとがめてくるアストリッドと、やや苛立ちを声音ににじませるモルヴェ。

 そして2人は片足を引き、やや姿勢を低くする。アストリッドが腰の剣を抜き放ち、モルヴェは手に持った槍を構えた。


「ひ、ひっ?! マスター、どうしましょう?」

「……ユ、ユリオス!」


 おろおろと右往左往するエリフォナと、震えながら抱きついてくるノア。


 ノアを抱き返してあげながら、考える。

 このままじゃ、戦闘になってしまう!


 さっと部屋を見回す。

 ここは父さんが書類仕事をするだけの部屋だ。決して広い部屋では無いし、あれだけの数の護衛ドール達が入ってくれば、部屋はいっぱいになってしまう。なってしまえば、立ち回りをする空間的な余裕もなく数の暴力で制圧されてしまう。


 懐の帳簿を確認し、背後の窓を確認。


 この場所は不利だ、いったん外に出るしか無い。


「とりあえず、外に出るよ! ティミナ!」


 叫び、ティミナに手を伸ばす。

 その伸ばされた手の意味を理解したのか、ティミナが目を見開きびくりと震える。


「ユリオス……出来ると思う? このアタシに……あの時はたまたま上手く行っただけかもしれないのよ……」


 伸ばし返しかけた腕を戻して、ぎゅっと握り締めるティミナ。

 その瞳は不安に揺れていた。確かに前回襲撃を受けたときは、上手く撃退することが出来た。スキル『盲目礼賛のオーバーライド』の検証のために、スキル覚醒の回数だけは結構経験したと思う。だけど、実際の戦闘の場に立てば、やっぱり違うだろう。


 動揺、不安、恐怖……。


 だけど、僕は思うんだ。


「ティミナ、君なら出来るさ! 強い心を持つティミナなら! 僕は君のファン一号だからね、僕は君を『肯定』する!!」


 半ば強引にティミナの手を取り、叫ぶ。

 自分の中のスキル『盲目礼賛のオーバーライド』が発動したのを感じた瞬間、揺れ動いていてティミナの瞳に光が灯る。


 勇気の、光が。


 その途端、ティミナから溢れ出す光る粒子。

 きらきらと輝く光がティミナから溢れ出し、彼女を包み込む。


「あっははははははは☆」


 光に包まれたティミナの笑いがこだまする。


「そうよ、アタシはスター! アタシが主役でアンタらは脇役、これが世界の理ってワケ☆」


 自信と確信に満ちあふれ、輝くような魅力を纏ったティミナがそこにいた。

 そうだ、これこそがティミナの覚醒スキル『虚栄虚飾のインスタントスター』!


「行くわよっ、ついて来なさいよねっ☆ 光矢ヘツ・オール!」


 ティミナが叫ぶと、彼女の周囲に何本もの光の矢が現れる。

 ティミナが覚醒スキルで使えるようになった、光魔術だ。「行きなさいよねっ☆」とティミナが手を振ると、光の矢は我先にと後ろの窓に殺到した。


 響く爆発音と、ぶわりと襲い来る煙と衝撃。


 薄目を開けてみると、後ろの壁で窓があった場所はぽっかりと大きな穴が開いていた。

 そしてそれを見て焦りの表情を見せたのは、ルドルフ兄さんだ。


「なっ?! また逃げるつもりか、この臆病者が!」

「心配しなくても、今回は逃げないよ。広い場所に出るだけさ!」


 そう言って、戸惑うエリフォナとノアの手を引いて駆け出す。


「ティミナ、フォローお願い!」

「あはは、まっかせなさいよね☆」


 そしてティミナを戦闘に、壁の穴から身を乗り出す。


「うきゃああああああっ?!」

「ひいっ……?!」


 突然開けた視界と迫り来る地面に、エリフォナが悲鳴を上げノアが恐怖で身をすくませる。

 ここは屋敷の2階だ。そのまま落ちても死にはしないかもしれないけど、大怪我を負うに違いない。


 だけど、そんな事は無いと信じている。だって――


聖盾マゲン・カドーシュ!!」


 ティミナが叫ぶと、僕達と地面の間に光り輝く壁が現れる。

 まるで滑り台のように、斜めに出現した光の壁。僕達はその光の壁を転がって、屋敷の中庭に転げ落ちた。


「あ痛っ?!」

「んきゃっ?!」

「あうっ!」


 ストンと両足で着地したティミナと違い、僕達3人はもつれるように塊になっていた。


「いてててて……」


 腕やら腰やら痛いけど、まぁ普通に2階から飛び降りた時よりはマシだろう。たぶん。


 僕が立ち上がると、エリフォナとノアもあちこちの汚れを払いながら立ち上がる。

 無理をさせてしまった2人を気遣ってあげたいけど、そんな暇は与えてはくれないようだ。


「広い場所に出たのは良い判断です。しかし、どこに行こうと結果は変わりはしませんよ、ユリオス様」


 2階から軽々と飛び降り、僕達の前に降り立ったのはアストリッド。

 そして、ルドルフ兄さんを抱えて飛び降りたモルヴェが横に並ぶ。他の護衛ドール達も、飛び降りたり屋敷の入り口の方から駆けてきたりと次々集まってくる。見れば、何人かの護衛ドールに支えられて、カミリア母さんも降りてきていた。


 確かに危機的状況かもしれない。でも、あの狭い執務室よりはマシなはずだ。

 ごくりと唾を呑み込み、ぎゅっと拳を握り締める。僕は負けられないんだ。酷い目に遭ってきたエリフォナやノア、そして迷惑をかけてしまったティミナのためにも。


「こんな夜遅くに、コソコソと盗人のマネかぁ?! 神童とまで言われた奴が堕ちたもんだなぁ!」


 モルヴェによって地面に降ろされたルドルフ兄さんが、僕に向かって馬鹿にしたように叫ぶ。

 しかしそのルドルフ兄さんの言葉に一番反応したのは、カミリア母さんだった。はっとしたようにこっちを向くと、蒼白な顔で叫んだ。


「も、もしかしてアレを?! ルドルフちゃん、あの無能者を逃がしては駄目です! 必ずここで取り押さえるのです!!」


 そのヒステリックな声に、無意識に懐に手をやる。

 そこには不正の証拠である、帳簿がある。カミリア母さんはそれに思い至ったのだろう。でも、これを渡すわけには行かない。


 周囲をぐるりと見回す。


 前面には今逃げ出してきた屋敷があり、背後には何本もの立派な木が立ち並び、その後ろは高い塀。

 塀を跳び越えて逃げるのはちょっと難しいし、入ってきた道は狭すぎる。逃げるなら正門からの方が逃げやすいだろう。とはいえ、そちらの方向は護衛ドール達で塞がれている。


 そして目の前にはアストリッドとルドルフ兄さん。その後ろには20体近い護衛ドールと、それに守られたカミリア母さん。

 今にも襲いかかって来そうなモルヴェは、ティミナと向かい合い牽制し合っていた。前回もモルヴェとティミナは戦闘になったし、お互い思う所もある相手同士だ。そして、僕の側にはぶるぶると震えながら僕の腰に抱きついているノアと、すこし斜め後ろに立つエリフォナ。


「エリフォナ」


 後ろを向き、名前を呼ぶ。

 びくりと震えるエリフォナ。


 思えば、全てはエリフォナから始まったんだ。それまではあんまり話したこともなかったエリフォナを庇い、お互いの気持ちを知った。そして僕はスキルを覚醒させ、僕のスキルはエリフォナにも力を与えた。


 それから、色々あったと思う。

 エリフォナのドジでちょっぴり周りに迷惑をかける所も知ることが出来た。屋敷でびくびくしていた時と違い、笑顔で魅力的なエリフォナを。不安に揺れて悩んでいたエリフォナの、話を聞いてあげたりした。

 彼女は僕をマスター、なんて呼ぶけど僕はそんなに偉い存在じゃない。上とか下とかでもない。


 僕はエリフォナを、大切なパートナーだと感じていた。


「エリフォナ」

「はい、マスター」


 再び名を呼ぶと、正面からこちらを見返してくるエリフォナ。


「また、エリフォナの力を貸して欲しい」

「……出来るでしょうか? マスターがいないと何も出来ない、ダメダメなメイドの私に」


 かすかに視線を逸らすエリフォナ。


「出来るさ」


 その瞳を覗き込む。

 ルベライトのような、美しいピンク色の瞳を。


「僕が君を『肯定』する。君はダメダメなんかじゃない。大切な僕のパートナーで……キミは君のままでいていいんだ」

「あっ……」


 エリフォナの艶やかなピンク色の唇に、僕の唇を重ねる。

 その瞬間、僕の覚醒スキル『盲目礼賛のオーバーライド』が発動するのを感じた。


「……ぷぁっ」


 ゆっくりと唇を離すと、頬を赤らめてぽーっとした表情のエリフォナに変化が訪れる。


 空中から溶け出すように現れる、彼女に突き刺さった無数の剣。

 それは自らをダメダメだと責める、彼女の心そのものだ。しかしそれらはずるりとエリフォナから抜けると、宙に浮いたままくるりと方向を変える。アストリッドやルドルフ兄さんへと。

 

 自らを責めるだけだった彼女の心は僕のスキルで上書きオーバーライドされ形を変え、自分たちを害する者を攻撃する剣となる。


「覚醒スキル、『自傷自損のレコグニション』、なのです!」


 キッと正面を見据えるエリフォナの瞳に灯るのは、力強い意思の光。


「刃は私を傷つけ、そして苛む……。でもそれは、悪を断つ断罪の刃となるのです!」

 

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