第24話 国王の絶望、頼みの綱の同盟国からも見捨てられる

カイルたちがゲラルトを追って地下遺跡へと消えた後。

半壊した王城の玉座の間には、瓦礫の山と、重苦しい静寂だけが残されていた。


「あ……あぁ……」


グランベル国王アルマン七世は、壁際にうずくまり、震える手で自身の脇腹を押さえていた。

そこには、魔物と化した息子ゲラルトに爪で薙ぎ払われた傷があり、じわりと血が滲んでいる。

命に別状はないが、その痛みよりも、心が受けた傷の方が遥かに深かった。


「なぜだ……なぜこうなった……」


アルマンは虚ろな目で天井を見上げた。

数週間前までは、全てが順調だったはずだ。

邪魔な無能王子を追放し、優秀な第一王子ゲラルトが次期王となり、軍事大国としての大陸支配も夢ではなかった。


それが今やどうだ。

国は破綻し、城はボロボロ。頼みの綱のゲラルトは狂って化け物になり、捨てたはずのカイルが圧倒的な力を持って帰還した。

そしてあろうことか、自分はそのカイルに命乞いをするという屈辱を味わったのだ。


「認めん……わしは認めんぞ……!」


アルマンは歯を食いしばり、よろめきながら立ち上がった。

老いぼれと侮るな。まだ終わっていない。

この国には、まだ最強の後ろ盾がある。


「そ、そうじゃ……帝国じゃ! ガレリア帝国に救援を要請すればいい!」


アルマンの瞳に、狂気じみた希望の光が宿る。

グランベル王国は、大陸随一の軍事力を持つガレリア帝国と同盟を結んでいる。

彼らが本格的に介入してくれば、いかにカイルの空飛ぶ城といえど、ただでは済まないはずだ。

先ほどの空戦で帝国艦隊がやられたようだが、あれはあくまで先遣隊。帝国の本気はあんなものではない。


「通信室へ……緊急回線を繋ぐのじゃ!」


アルマンは引きずる足で、玉座の裏にある隠し通路へと向かった。

そこは王族専用の避難ルートであり、各国の首脳と直接話せる最高機密の魔導通信機が設置された部屋へと繋がっている。


   ◇


「おい、爺さん。どこへ行く気だ?」


隠し扉に手をかけた瞬間、背後から野太い声がかけられた。

アルマンが心臓を跳ねさせて振り返ると、そこには見上げるような巨体の狼獣人が立っていた。

カイルの配下、ガルムだ。

彼は大きな戦斧を肩に担ぎ、呆れたような目でアルマンを見下ろしている。


「ひぃっ!? け、獣人……! わしを殺す気か!?」


「殺しはしねえよ。カイル様の言いつけだからな。……だが、勝手に出歩かれると困るんだよ。大人しく捕まっててくれねえか?」


ガルムが一歩踏み出す。

その威圧感に、アルマンは悲鳴を上げて隠し通路へと転がり込んだ。


「くるなァァァッ! 衛兵! 衛兵はおらぬか! この薄汚い亜人を排除せよ!」


アルマンは叫びながら通路のレバーを引き、鉄の扉を閉ざした。

ガゴンッ!

分厚い扉がガルムの侵入を阻む。


「チッ、逃げたか。……まあいい、袋の鼠だ」


扉の向こうでガルムが舌打ちするのが聞こえた。

アルマンは安堵の息を漏らし、暗い通路を必死に這い進んだ。


   ◇


数分後。

王城の最奥部にある『緊急通信室』。

アルマンは埃まみれになりながら、巨大な水晶装置の前に辿り着いた。


「はぁ、はぁ……これさえあれば……!」


彼は震える手で魔石をセットし、特定の波長――ガレリア帝国皇帝への直通回線を入力した。

ブゥン……という低い音と共に、水晶が光を帯びる。


しばらくの呼び出し音の後。

空中に投影された映像には、豪奢な椅子に座る初老の男が映し出された。

ガレリア帝国宰相、モロトフ公爵だ。皇帝の懐刀と呼ばれる冷徹な男である。


『……これはこれは、グランベル国王陛下。随分と酷いお顔ですな』


モロトフは、泥と血にまみれたアルマンを見て、眉一つ動かさずに言った。


「モロトフ殿! 皇帝陛下は!? 緊急事態じゃ! 直ちに援軍を頼む!」


アルマンは画面に縋り付いた。


「我が国は今、テロリストに占拠されかけておる! カイルという名の逆賊が、異端の技術を使って城を襲撃したのじゃ! 同盟の約定に基づき、帝国軍の総力を挙げて奴を討伐してくれ!」


必死の懇願。

だが、画面の向こうのモロトフは、氷のような冷たい視線を向けてくるだけだった。


『……テロリスト、ですか。貴国が追放した第三王子のことでしょう?』


「な、なぜそれを……?」


『知らないとでも? 我が国の情報網を甘く見ないでいただきたい』


モロトフは手元の書類をパラパラとめくった。


『報告によれば、我が帝国が派遣したゾグラート将軍率いる空中機動艦隊、およびゾルグ大佐率いる鉄殻機甲大隊……その全てが、カイル氏の手によって壊滅させられたそうではありませんか』


「そ、そうじゃ! だからこそ奴は危険なのじゃ! 今すぐ更なる大軍を……」


『お断りします』


モロトフの言葉は、簡潔にして無慈悲だった。


「……は?」


アルマンの思考が停止する。


『聞こえませんでしたか? 援軍は出しません。それどころか、我々ガレリア帝国は、本日をもってグランベル王国との同盟を破棄させていただきます』


「な、何を馬鹿な……! 同盟破棄だと!? そんな勝手なことが許されるか!」


「許されますよ。敗者には何も語る資格はない」


モロトフは鼻で笑った。


『正直に申し上げましょう。我が国は、貴国のような「沈みゆく泥船」と心中するつもりはありません。……それに、我々は既に新たな交渉相手を見つけました』


「あ、新たな相手……?」


『カイル皇国です』


その名を聞いた瞬間、アルマンの喉がヒュッと鳴った。


『先ほど、カイル氏の側近であるリリス嬢より通信がありました。「今後、帝国が一切の軍事干渉を行わないことを条件に、捕虜となった将軍たちの返還と、カイル皇国産の物資の優先輸出を検討する」とね』


モロトフの目が、商人のように計算高く光る。


『我が国の艦隊を一瞬で無力化する軍事力。そして、枯渇しつつある資源問題を解決する生産力。……どちらと手を組むのが帝国の利益になるか、子供でもわかる理屈でしょう?』


「ば、馬鹿な……! あやつは敵じゃぞ! 帝国の艦隊を落とした男じゃぞ!?」


『昨日の敵は今日の友。それが外交というものです。……それに比べて、貴国はどうです?』


モロトフの声が、侮蔑の色を帯びて低くなる。


『カイル氏のような稀代の天才を「無能」と断じて追放し、自ら国力を削ぎ落とした愚かな王。……そんな無能な指導者を助ける義理は、我々にはありません』


「む……無能……わしが……?」


かつてカイルに投げつけた言葉が、巨大なブーメランとなってアルマンの心臓を抉った。


『貴方は、自らの手で黄金を生むガチョウを殺そうとしたのです。その報いは、貴方自身で受けていただくしかない。……さようなら、元・国王陛下』


「待て! 待ってくれ! 見捨てないでくれぇぇぇ!」


プツン。

通信が切れた。

水晶の光が消え、部屋は再び暗闇に包まれた。


「あ……あぁ……」


アルマンはその場に崩れ落ちた。

終わった。

何もかもが終わった。

頼みの綱だった帝国は、自分ではなくカイルを選んだ。

世界は、無能な古き王ではなく、有能な新しき王を支持したのだ。


   ◇


ドォォォォン!!


その時、重厚な鉄扉が外側から吹き飛ばされた。

土煙と共に現れたのは、先ほどの狼獣人、ガルムだ。


「ここか。随分とかくれんぼが上手いじゃねえか、元王様」


ガルムは斧を肩に担ぎ、部屋に入ってきた。

彼の後ろには、数名の獣人兵士が続いている。


「ひぃっ……!」


アルマンは部屋の隅に後ずさった。

もはや逃げ場はない。権力もない。味方もいない。

ただの無力な老人だ。


「殺すのか……? わしを、殺すのか……?」


「だから殺さねえって言ってるだろ。……ただ、ちょっと現実を見てもらおうと思ってな」


ガルムはアルマンの襟首を掴み、軽々と持ち上げた。

抵抗する力もない王を引きずり、ガルムは通信室の窓を蹴破った。

そこは、王都の中央広場を見下ろせるバルコニーになっていた。


「見ろ」


ガルムに促され、アルマンは恐る恐る眼下を見下ろした。

そこには、信じられない光景が広がっていた。


広場を埋め尽くす民衆。

だが、彼らは暴徒化しているわけでも、恐怖に怯えているわけでもなかった。

彼らは列をなし、獣人たちが配るスープとパンを受け取っていたのだ。


「ありがとう……ありがとう……!」

「ああ、こんなに美味しいパンは初めてだ……」

「カイル様万歳! 獣人様万歳!」


民衆は涙を流して感謝し、カイルの名を叫んでいた。

かつて王城を見上げていた畏敬の眼差しは、今や空に浮かぶ天空城と、目の前の獣人たちに向けられている。

バルコニーにいるアルマンの存在に気づく者など、一人もいなかった。


「な……なぜじゃ……」


アルマンは愕然とした。


「あやつらは亜人じゃぞ……? 汚らわしい奴隷じゃぞ……? なぜ、国民はわしではなく、あやつらを称えるのじゃ……」


「簡単なことさ」


ガルムが隣で鼻を鳴らした。


「あんたはあいつらから奪うことしか考えなかった。だが、カイル様は与えた。……腹が減ってる時に飯を食わせてくれる奴と、税金を巻き上げるだけの奴。どっちについていくかなんて、犬でもわかる理屈だ」


「…………」


アルマンは言葉を失った。

自分は「王」という地位にあぐらをかき、民衆が何を求めているのか、何に苦しんでいるのかを見ようともしなかった。

その結果がこれだ。

民衆に見捨てられ、同盟国に見捨てられ、息子に見捨てられ、そして最後は自分自身のプライドに殺された。


「連れて行け。カイル様が戻られるまで、地下牢で頭を冷やしてもらう」


ガルムの合図で、兵士たちがアルマンの腕を掴んだ。

アルマンは抵抗しなかった。

抵抗する気力すら、もう残っていなかった。


「わしは……間違っていたのか……?」


その問いに答える者はいない。

廃人同然となった王は、かつてカイルを閉じ込めていた暗い地下牢へと連行されていった。


   ◇


王国の崩壊は、音もなく完了した。

トップが消え、軍が降伏し、民衆が新たな支配者を歓迎したことで、グランベル王国は実質的に『カイル皇国・地上自治区』へと生まれ変わったのだ。


だが、安寧が訪れるにはまだ早い。

王城の地下深く。

そこでは、最後の脅威が孵化しようとしていた。


ズズズズズズズ……。


突如、地面が微かに揺れ始めた。

広場でスープを配っていた獣人たちが手を止める。

空に浮かぶ天空城のリリスが、警告音を鳴らす。


「カイル様、これは……!?」


ガルムが空を見上げる。

王城の地下から、どす黒い光の柱が天を衝くように噴き上がった。


ズドォォォォォォォォォン!!!!


大地が裂け、王城『グラン・パレス』が内側から崩壊していく。

瓦礫を吹き飛ばし、地下から這い出してきたのは、もはや人間の原型を留めていない、巨大な『魔神』と化したゲラルトの成れの果てだった。


『オォォォォォォ……カイルゥゥゥゥ……』


全長五十メートルを超える異形の巨人。

古代の祭壇に封じられていた『終焉の鍵』を取り込み、王国の地下に眠る魔力源(レイライン)をすべて吸収した怪物が、世界を呪う咆哮を上げた。


その圧倒的な威圧感に、広場の民衆がパニックに陥る。

せっかく掴みかけた平和が、最悪の形で覆されようとしていた。


だが。


『――待たせたな』


黒煙を切り裂き、三つの影が飛び出してきた。

カイル、セリア、リリス。

地下遺跡での追撃戦を終え、決戦の舞台へと戻ってきたのだ。


カイルは空中に展開した足場の上に立ち、眼下の巨大な兄を見下ろした。


「……随分と大きくなったね、兄上。でも、サイズで勝負するなら、負けないよ」


カイルは不敵に笑い、右手を天に掲げた。


「総員、退避! ここからは『怪獣大決戦』だ!」


カイル皇国の全戦力、そして【万能建築】の粋を集めた最終兵器が、暴走する魔神へと向けられる。

物語はクライマックスへ。

最強の兄弟喧嘩、その決着の時が迫る。

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