必要なのか分からないよくある政治パート
「困ったものだ」
ヒーロー局の会議室にため息が漏れ、ばさりと資料が机に広がる。
実年齢は七十半ばなのに四十代程にしか見えない男の顔写真と、堂々と記載された偽名の真紅。
いや、偽名はこの際いい。問題なのは簡潔に纏められた来歴に、恐らく殺害したと思わしき者達の名前が並んでいることだ。
「悪の組織とやらに所属していたと推測される者たちで、突然失踪しているため彼に殺されている可能性が高い……か」
重役が呟くと数人の人間が汗を拭く。
混沌の昭和。経済成長期に著名人が集団で失踪している。その中には世界的に有名な大企業の主だったり、俳優だったり、果ては外交官だって含まれていた。
そんな彼らの共通点は、恐らく昭和に活動した秘密結社の幹部、または大幹部で、真紅に殺された可能性が非常に高いことだ。
「国内と外交。二つの面倒を抱えることになる」
重役は。いや、ヒーロー局はこの件を非常に問題視していた。
基本的に八方美人をよしとする文化で実績を積み上げた彼らは、特に外交上の問題を極端に嫌う傾向がある。
つまり外交官を殺害している可能性が高い真紅はヒーロー局にとって、最も忌避すべき存在なのだ。
「し、しかし総理の意向が……」
「分かっているがそれはそれで問題だろう!」
まだ汗を拭いている局員の一人に、重役は思わず怒鳴りつけた。
この件を更にややこしくしているのが、真紅の後ろ盾となっている大きな存在だ。
現役の総理大臣が、若い頃に一時期真紅と行動していたのは、平成ヒーロー界隈では有名な話で、今もその繋がりは維持されている。
そのため本来は、自分達を注視している総理との関わりが強い、真紅の所属を勘弁してほしいというのが本音のヒーロー局だったが、受け入れざるを得ないのが実情だ。
(平成世代の言う通りの戦闘力を持っていたとしても、それはそれで問題なのだ。ダンジョン攻略など迷惑千万。アイドルや俳優辺りを突っ込ませて、華やかな場所として演出したいくらいなのに……)
これまた重役が心の中でかなりの問題思想を浮かべるものの、彼だけに限った思想ではない。
特殊な産物を生み出すことが分かっているダンジョンは、資源の宝庫と言い換えることが出来る。更にモンスターを倒すと身体能力の向上が確認されており、上手く立ち回ればダンジョンは巨万の富を齎すだろう。
そのため品がない事を述べるなら、限られたヒーローがダンジョンを攻略するのではないく、もっと大量に投入出来て扱いやすく、コントロールが容易で単にダンジョンだからと攻略してくれて、明らかに危険なのに華やかな雰囲気や稼げるという理由だけに惹かれた、使い潰しやすい消耗品が理想なのだ。
危ないものだからと使命感に燃えて、ダンジョンを潰そうとする存在は論外とすら言えた。
甘く馬鹿げた発想と思うなかれ。
既に人類は星を駄目にする兵器でお手玉している上に、碌に考えず誘惑に乗って明日を捨てる若者が多いのだから、いつも通りの営みの範疇に含まれるだろう。
(総理が邪魔をしなければ今頃は!)
既にちゃぶ台をひっくり返されている重役たちの額に青筋が浮かびそうになる。
以下は重役と部下の過去を再現しよう。
『関係者との調整は?』
『皆さん、二つ返事でしたよ』
『そうだろうそうだろう。それで熱意に燃える人間の確保は?』
『まずはアイドルを使った広報ですね。それと適当な人間が、ダンジョンでこれだけ稼げたと札束を見せる様子を加えればいいでしょう』
『金と女は昭和、平成、令和だろうが鉄板と言うことだな。よろしい。組織の方は?』
『ゲーム感覚で来る若者をターゲットに、馴染みのある名称を検討してます。ギルド、冒険者が無難なところかと』
『よく分からんが、それで集まるならいい。だがまあ、流石に人死にが多いと面倒だから、その辺りの管理はしておくように。強くしろと言っているのではないぞ?』
『はい。管理できる範囲で運用する仕組みは、ランク制と期間が検討されています』
ダンジョン攻略が構成段階だった頃は、試算される富に政界や経済界は色めき立ち、態々危険地帯への攻略をする人間も、昨今の若者を考えると用意に準備できると客観視できていた。
そのためアイドルを使い、厳選された浅いダンジョン内部の生配信・実態は編集済み。を流す一大コンテンツの準備だって整えていた。
ついでに組織の名称をギルドにして、冒険者や探索者に加えランクと言った、若い世代が馴染みやすい……釣りやすい環境も採用されていた。
後は小賢しい知恵や力を手に入れさせないため、ダンジョン攻略に有効期限を設け、悪い意味で質を維持するだけでいいと思っていた。
語尾通り全て過去形だ。
『素人を使っても意味がない。あとこの制度ではダンジョンを壊す手段が見つかった時、冒険者たちは邪魔をするだろう。心が囚われやすい者を採用すれば後々に害になる』
『もう殆ど決まったことなのですよ総理⁉ それに人材を確保しやすくするためには、これしかありません!』
『ダンジョン攻略者が必要なのだ。ダンジョン生活者になるのが目に見えるのは困ると言っている。自己顕示欲。承認欲求。金銭。それらを求めて満たされる手段を破壊する人間がどこにいるのだ』
『それなら……そう! 令和のヒーローたちに声を掛けましょう! ヒーロー局を設立するのです!』
『幸い平成世代に伝手があるから、もう既に声をかけている。昭和世代は……一人だけだが』
もうほぼほぼギルドが発足しかけた段階で総理が交代すると、日本で尊ばれる和を完全に無視。これまた日本が嫌う全く空気を読まない行動の果てに、素人を投入しても意味がないだろうと世間にぶっちゃけてしまった。
そのあまりの正論と世論に押されたギルドの関係者は、ならばと世間に知られつつあり、しかもコントロールしやすい若い令和世代のヒーローを所属させたヒーロー局の設立を提案。
なんとか軌道修正を図ったが、総理は経験豊富な平成ヒーローにも個人的に声をかけている。昭和ヒーローにも伝手が一つだけあるから、手が空いてるなら所属してもらおう。と提案した結果、当初構想されていたギルドと利権構造は影も形もなくなってしまった。
組織があるからこそ利権が生まれるのか。それとも利権があるから組織が生まれるのか分からないが、人間の考えるのはその程度の話だ。
そして総理でも全能ではない。ヒーローたちがどうなるかは、まだ誰にも分からなかった。
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