老兵
世界各地にダンジョンが現れ数週間。
現代ダンジョンとも呼ばれるこれらは中から無尽蔵の怪物と尽きぬ財宝を生み出し、人々は突然現れた幻想に熱狂。
アイドルや年若い学生が潜り、ダンジョン内で友情と愛情を育む。
なんてのはそれこそ幻想だった。
ダンジョンから地上に現れる怪物たちを現代兵器でなんとか抑え込めている状況で、素人同然の人間が挑むとすれば、学徒動員と同じ類の話に他ならないだろう。
尤もダンジョンに関わる人間に、年若い者が存在しない訳ではない。
世界の平和を守ってきたヒーローたちが、世界の秩序を崩したダンジョン攻略に乗り出し、その中には令和世代と呼ばれる若者達の姿もあった。
本題に入ろう。そんなヒーローたちを管轄するヒーロー局前に、三十代中頃から二十代中頃の男性達が集まり誰かを待っていた。
「前会ったのいつだっけか」
「俺はもう七年くらいは会ってないっすね」
「こっちも似たようなもんだな」
若者達からそろそろおじさん呼ばわりされそうな十名ほどの男性たちは、中々に容姿が整っており、どこかのアイドル事務所がヒーロー局の広報に雇われたのかと思われるだろう。
しかし服を脱げば大きな古傷があちこちにある戦士であり、お茶の間の歓心を買うのではなく日の当たらないところで戦い続けてきた、ヒーロー局の屋台骨だ。
屋台骨なのだが……行儀はよくないようで、靴をスリッパのように履いている者、胡坐をかいてタイルに座っている者。酷い者になると寝転がってすらいた。
「あの、皆さん。到着されたら私の方からお知らせしますが」
そんな行儀のよくない集団に、スーツ姿の人間が声をかける。
夏の日差しが強い時期だし、ヒーロー局の前で十人程の行儀がよくない集団が駄弁っている姿は人の注目を集めているため、その提案は常識的な物だろう。
「いや、基本的に十五分前行動の人だからそろそろの筈なんだわ。なーお前ら」
「だな」
スーツの男性に行儀のよくない男が答えるものの、言葉遣いが全くなっておらず、社会人経験が皆無であることを伺わせる。
「あー。あれじゃないっすか?」
「どれだい?」
「あのタクシーっす」
「ん-。そうかも。あ、そうだわ」
男たちのなかで比較的若い人間がタクシーを指差すと、年長の人間が目を凝らす。
「着きましたよお客さん。ヒーロー局の前です」
「どうもどうも。これ、おつりは構いませんから」
「あ、こりゃどうもありがとうございます」
「バブル期なら万札ですけど、今じゃ万札渡しても困る感じですよね?」
「ちょーっと気後れしますねえ」
「ははは。それじゃあありがとうございました」
「こちらこそ。またご利用ください」
男たちは超人的な聴覚でタクシー内のやり取りを聞きとる。
いくらかを渡したらしい声の持ち主は非常に落ち着いているが威厳の類ではなく、川のせせらぎのようだ。
「いよっと」
タクシーから降りるのにも掛け声が必要なのは仕方ないだろう。
実年齢は七十歳半ばで、道路交通法に照らすと高齢者の部類だ。しかし……異様に若々しかった。
誰がどう見ても四十歳前後の容姿であり、激動の昭和を駆け抜けた世代と言われても、嘘をついているとしか思われないだろう。
他の外見に関しては、短く切り揃えた黒い短髪。垂れ目気味のこれまた黒目。一見すると中肉中背で、人ごみに紛れたらすぐさま見失いそうになる、どこにでもいる日本人だ。
しかしデニムを好んでいるのか、上下共に色褪せた紺のデニムジャケットとズボンで揃えており、実年齢に相応しいかと問われれば多くが首を傾げるだろう。
「お疲れ様です兄さん!」
「お勤めご苦労様です!」
「お久しぶりです!」
地面に座っていたり、寝転がっていた姿はどこにいったのか。
中年に見える老人がタクシーから降りると、駄弁っていた男たちが一斉に頭を下げ、出所した親分を出迎えるように声を張り上げる。
「いやあ久しぶりだねぇ皆。偶に連絡は取ってたけど、直接会うのはどれくらいかなあ」
感性がズレているのか、人通りの激しい都内で出迎えられた方は特に恥ずかしがることなく、純粋に男たちとの再会を喜ぶ。
その顔は柔和そのもので、目尻も大きく垂れ下がっており、殺伐としたヒーロー局に用があるのは何かの間違いではかろうか。
「確か古代マヤ文明の件にかかりっきりだったんすよね。パスポートの更新間に合ってよかったっすね」
男たちの誰かが禁断の質問をしてしまった。
古代マヤ文明に関することではない。後者だ。
「……皆元気そうでなによりだなあ」
間を置いた老人の言葉に、ある意味で慣れている男たちが察した。
(パスポート持ってるかも怪しくなったぞ)
非常にダーティーな行動を。
そのように老人と男たちが談笑していると、到着を知らされた局の副局長が現れる。
世界を脅かすダンジョンに対抗する局のナンバーツーなのだから、非常に地位が高い筈だが、恰幅の言い六十代後半の男性を男たちは重要視していないようで、特に頭を下げることはなかった。
「よく来てくれた。噂はかねがね聞いているよ。若者ばかりで苦労するかもしれないが、私のような同じ世代同士もいるので安心してほしい」
「いやあ、浦島太郎に近いロートルがどこまでお役に立てません……が……」
短い副局長と老人のやり取りで、男たちが重要視していない理由が如実に表れた。
副局長が気さくさを演出するために手を差し伸べ握手を求めたが、それは男たちがヒーロー局に対して事前にするなと要請した行為だ。
それを知らないという時点で、副局長が予定に無いなにかの思い付きでこの場にいる証であり、集団の中には顔を顰める者もいた。
「いやすいません。うっかり握り潰すってことは流石に無い筈ですけど、若い頃から気を付けててですね。掌を重ねるだけで勘弁してください」
「う、うん。そうかね」
とある事情で差し出された手を無視する訳にもいかない老人は、謝罪しながら掌を重ねて握手にした。
「歓迎するよ真紅君」
「よろしくお願いします」
副局長に真紅と呼ばれた老人が、令和に設立されたヒーロー局に足を踏み入れる。
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