第16話 至福の夜 第二次捕獲に向けて③・・・ハグを期待するも、失敗に終わる

ジャズコンボの演奏は、大喝采を受けて終わりました。

「代役ピアニスト」の田中さんは、うつむき加減に、私の隣に座りました。


マスターが、珈琲を田中さんの前に。

「よかった、さすが」


田中さんは、珈琲を一口飲んで、ようやく落ち着いた感じです。

「みんな上手なので、安心していたけど、何とか終わった」


私も、身体を寄せました。

「すごかったです、感動しました」


田中さんは、微笑んで、頷いただけ。(少し、疲れたかな)

珈琲をすぐに飲み終えて、立ちあがりました。

「鈴木さん、送ります」(すごく、あっさりした感じ)


一緒にジャズバーを出ると、店の前にタクシーが停まっていました。

田中さん(やはり、少し疲れが見える)

「寒いから、タクシーを呼んでもらいました」

「タクシーチケットをマスターから貰いました」


「ありがとうございます」

(本当は、手をつないで歩きたかった)

(身体を寄せて?当然です、暖め合いたいですから、できればハグまで)


タクシーが走り出しました。

田中さんは、済まなそうな顔をしています。

「ごめんね、遅くなってしまって」(え?私が望んだことですよ?)


「そこまで気を使わなくても」(田中さん!気を使い過ぎ)

「素晴らしい夜で、素敵な一日です」

(午前中から、ずっと一緒ですよ)

(離れたくないですし、離したくないので)


「ご実家が近くになったら、運転手に教えてあげてください」

(言葉がていねい過ぎ、ヨソヨソしい・・・遠慮されているのかな)

(それは嫌、もっと普通に話したい)

(でも、田中さんにとっては、私と動くのは、『初日』)

(私は、一目ぼれして、二か月追いかけて来た)

(ジャズバーにも通い詰めていた、田中さんは、そのことを知らない)


「田中さん」(離れたくないよ・・・とにかく話をしたい、し続けたい)


「はい」(やさしい声だなあ)


「練習と本番以外にも」(やばい、声が震えた)


「うん」(田中さん、意味不明な顏をしている・・・それ困る)


「もっと顏を見て、一緒にいたいなあと」(告白二回目か・・・でも止まらない)


「講義で一緒になることも」(そんなの、当然過ぎ!)

「サボらなければ」(こら!許しません!)


調布に入りました。(実家が近いのが辛い)

運転手さんに「あそこの角でお願いします」と教えて、田中さんを見ました。

(目を閉じているし・・・私の家を覚えて欲しいのに)


ついに、タクシーは実家近くで、停車しました。(降りたくないよ)

「今日は一日、ありがとうございました」(また、声が震えた)


「こちらこそ」

(それ、シンプル過ぎだよ)

(私は、田中さんのアパートに行きたいのに)


タクシーは、すぐに見えなくなりました。(追いかけたかった)

そんなに寒くないです。(気持ちが昂っているから)

ハグして、暖め合いたかった。(第二次捕獲を狙っていました)


でも、明らかに「女性慣れしていない」「ナイーブな」田中さんです。

いきなり迫り過ぎると、(佐藤由紀みたいに)嫌われるかもしれない。

とにかく、「今日は、今は自制」で、実家に入りました。


すると、すぐに、母(陽子)が手招きして来ました。(その含み笑いは何?)

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