愛のリペアマイスター

沙華やや子

第1話 お財布の人

 木枯らし1号も吹き暫くした冬のある平日の朝、ダッシュで走って来る男性が。

 戸田燈とだあかり、40才は(通勤の人ね、遅刻しそうなのかしら、大変ね。え? でもこの人、夜の仕事の人じゃないの?)

 彼はとっても派手な雰囲気だった。髪の毛ツンツン、アクセじゃらじゃら。

 その男性は城乃暁斗きのあきと。友人の結婚式へ行く途中だった。


 慌てているらしい彼と燈がすれ違った、と、その瞬間だ!

(あ! お財布!)

 大慌てで燈は拾い、振り向き、男性に向かって大声で「落としましたよ!」とお財布を高く掲げる。

「あ!」と走り寄って来る男性。

「すみません、ありがとうございます!」相当急いでいるのだろう。彼は風のように立ち去った。


 燈は電車に乗らずとも、西口からクリニックのある東口へ抜けるためによく駅構内を通る。


 ある日、駅で男性に声を掛けられた。(なに? またナンパ?)振り向くと、『お財布の人』だった。でも今日はスーツではない。

「あのぅ……突然、すみません。憶えていらっしゃいますかね? 先日はお財布、ありがとうございました」

「あ、ああっ! いえ、どういたしまして」

(あたしのこと、憶えててくれたんだ~!)嬉しくなる燈。だって色気のあるステキな男性だもん。


 でも左手の薬指を見ると指輪。少しショックを受ける燈。

「先日は慌てていたもので『ありがとう』としか言えなかった、申し訳ありません。本当に助かりました。ありがとうございました」

「あ……あの、お仕事ですか? これから」勇気を出して尋ねた燈。

「はい、こないだは寝坊し友達の結婚式に遅れそうで慌てていました。出勤は余裕を持って行っていますんで、財布、落とすようなことないですよ」

「ウフフ、男性の方っておしりのポケットに入れますよね、危ないですよ」

「あ、それね、意外にも大丈夫なんですよ」

「フーン」

「では、いってまいります、失礼します」

「あ、ああ、いってらっしゃい」

 彼は改札をくぐらずに西口へと歩いて行った。

「職場がここらへんなのかな? それともお休み? ご近所?」興味がますますわく燈。


 暁斗に声を掛けられた数日後、ずっと気になっていたパンプスをやっとネットで探し当てた修理店へ持って行くことにした燈。


「ここだわ」自転車を止め、と小さな店内へ入って行った。

「こんにちは~」「はーい」奥から出てきたのは、なんとエプロン姿の暁斗だった。

「あ!」互いに驚くふたり。

 お財布を落とした人とそのお財布を拾った人で。

「くつ職人さんでいらしたんですね!」

「あ、はい」笑顔の暁斗。


 パンプスは6000~7000円かかるとネットには掲載されていた。

 が、暁斗は「4000円ジャストで良いですよ」

「え! そんなにお安く?」

「お財布のお礼です」

「そんなぁ、フツーに料金取ってください」

「いえいえ、麗しいレディには紳士でありたいですから」

「あ……」

「3時間ぐらいかかるかな、あ、ここに電話番号をよろしくお願いいたします」(うむ、中には靴をほったらかして取りに来ない人もいるのかしらね? お店は靴箱じゃないんだからねー)だなんて思いつつ燈は電話番号を書く欄に記した。

「じゃ、あたし出掛けてきます」

「はい」


 暁斗と時間を共に過ごしたい燈はわざと、1時間早めに店へ行った。

「ああ、すみません。もうちょっとかかります」

「良いんです、わかっててわざと早く来たんです。お邪魔でなければ」そして燈は勇気を出して付け加える「お兄さんと一緒にいたくて」

「ぁ、ああ」顔が赤くなる暁斗。

「ぼ、僕は……あ、そうだ」ゴソゴソ。「ハイ」名刺を燈に渡し「城乃暁斗と申します」

 名刺には暁斗の名前の隣に『靴修理店 靴歓ぶ』と書いてある。

「可愛らしい店名ですね!」少し照れる暁斗。


 やはり邪魔をしてはいけないと、ジーっと見ることはやめておき、燈は壁際の長椅子に腰かけ静かに待った。


「はい! できました」

「わーピッカピカ! 嬉しいっ」

「エヘヘ」恥ずかしそうにする暁斗。

(見た目は凄く派手なのに、寡黙なムードをかもす男性なんだな)暁斗さんは結婚しているみたいだけど……諦めきれないな、こんなにあたしときめいちゃって。

 燈は実際にはそんなことをしないが、家じゅうのバッグや靴を壊して『靴歓ぶ』に毎日のように持ってきたいぐらいだ。


「あたし、ここから自転車で10分の所なんです」

「あ、お近くですね! 僕は、店はここだけど、隣の駅から通っています」

(そういうことだったのか~ あれ? でも結婚式って?)

「あ、財布を落とした日は、前の日に実家に泊まったんです」

「あ。ご実家があの駅のお近くなのですね、暁斗さん?」

「あ、暁斗……なんかくすぐったいな」

「ンフフ♪あたしは戸田燈って言うの。扉の『戸』に田んぼの『田』燈は、左が『燃える火』の右が『登る』わかるかしら? 漢字はそうよ」

「うん、わかるよ。燈……さん、綺麗なお名前ですね。燈さんにピッタリ、あ、オレ、なんかお客さんに向かってセクハラですよね。ごめんなさい。あ、その上『オレ』とか言っちゃった」

「いえ、暁斗さんに褒められて嬉しいです! 『オレ』って親しみやすくて良いな」

「そ、そうですか」照れ隠しする暁斗。

(まるで少年のようね)


「お店のお休みは何曜日ですか?」

「ああ、木曜日ですよ。それ以外は年末年始以外ずっと開けています」

「そうですか、心強いお店を見つけられて嬉しい!」

「ありがとうございます」

「それに……素敵なリペアマイスターさんだから、なお嬉しいです」モジモジ……。

「あ、あの、靴やバッグ以外にも傘や時計も修理しますんで、よろしかったらいつでもいらしてください!」

「わぁ! 頼もしい。ありがとうございます」

「はい」


 ドキドキしつつも、ガンガン攻めて行っちゃう燈である。

「あのぉ……」

「はい」

「あたしの電話番号、取っておいてほしいです、暁斗さんに」ドキドキ……。

「あ」

「ご結婚されているのでしょう? 指輪をされていますもの。いきなりこんなお話をして引かれちゃいそうだけど、あたし……暁斗さんとお友だちになりたいの」

 またまた顔を赤らめる暁斗。

「オ、オレみたいな冴えない男に」

「いいえ、職人さんってカッコいい、それに……」

「それに?(生つばゴクリ)」

「あの時、お財布の時、あたし……暁斗さんを好きになっちゃったの!」


「こんにちは~」そこへ中年男性が袋から革靴を取り出しながら入って来た。

「あ……いらっしゃい、ませ」

「どしたの、アッ君? お、美人に見惚れていたの?」チラッ。その中年男性は嫌味な感じは全くせず、とても朗らかな雰囲気だった。(常連さんなんだな……『アッ君』ですって)


 燈は可愛らしくお辞儀をしてお店を出て去った。


 帰宅しときめきと胸の高鳴りが止まらない。


 翌日のお昼間、電話が鳴った(知らない番号だわ。もしかして?!)

 期待通り、電話を掛けてきたのは暁斗だった。

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