第27話 騎士と戦士

 試練の間は騒ぎになった。


 人間が、巨人族の猛者である百人戦士を倒したのだ。


 カミーユは巨人の戦士たちに囲まれる。


「人間よ。人間は皆そのように強いのか」

「そのような武芸、どこで身につけた」

「そのように小さな体で、何故戦士ブルガを打ち倒せたのだ」

「人間の中にも、我らのように大きなものはいるのか」

「人間よ。そなたは何故我々の言葉がわかるのだ」


 カミーユは丁寧に答える。


「人の強さはそれぞれ違います。私は国王陛下に王国一と評されましたが、まだまだ未熟者であると感じています」

「剣士ローレンという武芸者に教えを請うております。彼に指導していただきました」

「剣術を使わせていただきました。私が勝てたのは時の運かと思います」

「人間の中にも体の大きなものはおりますが、あなた達ほどの大きさの方は見たことがありません」

「私の師、ゴダールより、言葉を教えられました。あなた方とお話できて光栄です」


 戦士たちは驚く。


「ゴダール。あの伝説の」


 カミーユは戦士たちに問う。

「私の師、ゴダールは、巨人族の国で何かを行ったのでしょうか」


 すると、戦士の群れの中から、ひときわ大きな体を持つ戦士が現れた。

 カミーユが最初に出会った巨人、戦士ダノンであった。


「ゴダールの伝説は俺が話そう」


 戦士ダノンは足元の土間に胡座をかいた。

 騎士カミーユもそれに倣い、座禅を組んだ。


「はるか昔、我々、そなたらの言う巨人族は、地上で暮らしていた。我々の体は今よりも小さく、森の中で獣に追われ、危険な日々を送っていた」


 いつの間にか、戦士ダノンとカミーユのもとには、茶の入った湯呑みが置かれていた。


「戦士たちは狩りに出るのも一苦労で、里を守りながらの生活は、一向に豊かになることはなかった。しかし、かの方、伝説の大魔導師ゴダールが、我らを救ってくれた」


 周囲の戦士たちも胡座をかいて座り、戦士たちの輪ができていた。


「大魔導師ゴダールは、魔法を使った。それは豆の木の魔法であった。森の大樹の周りに次々と豆の木が生え、これに巻き付いた。我々はそれを足場とし、大樹に登ることができるようになった」


 戦士ダノンは一度言葉を区切った。

 大魔導師ゴダールに感謝の祈りを捧げていた。

 周囲の戦士たちもそれに倣った。


「我々は、大樹という安住の地を手に入れた。それからは、狩りに専念できるようになり、豊かな食料が手に入るようになった。我らの力は増し、体もより大きくなった。我らが支配する領域も増え、それはやがて人間の国と接するようになった」


 戦士ダノンはお茶を一口飲んだ。


「人間たちとは、時に争い、時に手を取った。やがて、普段は離れているものの、危機あるときは互いに助け合う。と言う、同盟ができた。それが今の我々と人間の状況だ。人間よ。お前の師、大魔導師ゴダールが人間の国にいるというのであれば、我々はいずれ恩義を返さねばならない」


 戦士ダノンはお茶を飲み干した。


「人間の騎士カミーユよ。何か聞くことはあるか」


 カミーユは尋ねる。

「戦士ダノン。あなたのお考えは、父王ゾンネ陛下のご意思とも、一致しますでしょうか」


 戦士ダノンは頷き答える。

「我々はそう思っている。父王ゾンネも、大魔導師ゴダールには、恩義を返したいと思われているはずだ」

 戦士ダノンはそう言うと、立ち上がった。


「さあ、人間の騎士カミーユよ。語り合いはここまでとしよう。戦士グルドを倒し、百人戦士となったお前は、この俺、千人戦士であるダノンと立ち会わねばならない」


 カミーユも立ち上がった。

「私は来訪者です。あなたがたの御流儀に従いましょう。戦士ダノン。よろしくお願いいたします」


 カミーユは自らの木剣を手に取ると、戦士ダノンと距離を取った。


 戦士ダノンも木剣を握った。

 それは大樹から切り出された巨剣であり、太く、長く、分厚かった。


 どちらともなく、戦いは始まった。



 戦士ダノンは長さを活かして、カミーユに向けて打突を放つ。


 カミーユはその巨剣を躱すことしかできない。

 カミーユの持つか細い木剣では、巨剣を打ち払った瞬間に弾け折られてしまうだろう。


 カミーユは躱し続けるが、幾つかの打突がカミーユをとらえる。

 その衝撃でカミーユの体がぐらつき、更に打突が当たる。

 カミーユの体には痣が増えていった。


 人間の矮小な体躯では、戦士ダノンに敵うわけがない。

 周囲の戦士たちは哀れな人間を見つめた。

 いずれ吹き飛ばされることが目に見えていた。


 カミーユは、巨剣で体を突かれつつも、戦士ダノンの殺気をはかっていた。


 今。


 カミーユは低い体勢で駆け出した。巨剣がカミーユの頭をかすめたが、髪を数本吹き飛ばすにとどまった。


 戦士ダノンは慌てず、横薙ぎに木剣をふるった。

 それはとても低い軌道で、カミーユの胴を狙ったものであった。

 カミーユは鋭く低く飛ぶ。

 カミーユの足先を掠めて、木剣は過ぎ去った。


 間合いはまだ遠い。


 カミーユに向かって、今度は突きが繰り出された。

 上方から迫る突きを、カミーユは横転して躱す。

 転んでもカミーユの勢いは止まらず、そのまま足を前に出し、駆け続けた。


 距離は近づいた。


 戦士ダノンは両手で木剣を持ち、カミーユに向かって振り下ろす。

 今までで最速の攻撃。音よりも疾く、剣がカミーユの頭上に迫る。

 この殺気を感知したカミーユは、自らの木剣でそれを打ち払った。


 カミーユの木剣が弾けるように折れた。

 だが、その打ち払いにより、戦士ダノンの木剣は僅かに逸らされ、カミーユの右側面を通り抜けた。


 カミーユはついに間合いに入った。

 されど、カミーユの手に武器はなかった。


 武器を失ったカミーユから離れようと、戦士ダノンは飛び退く。

 これで、遠間から攻め続ければ容易く倒せる。


 しかし、カミーユの体は更に加速し、それを許さなかった。


 カミーユは戦士ダノンの片膝に抱きつき、これを引いた。

 カミーユは巨人に力比べを挑んだのだ。


 戦士ダノンは木刀の柄をカミーユに打ち付けた。

 カミーユはその打撃に耐え、更に戦士ダノンを引きつける。


 たたらを踏んだ巨人は、木剣を手放し、カミーユに上から覆いかぶさった。

 上方から力を込め、押しつぶそうというのだ。


 カミーユは、自らの体に流れる竜の血から魔力を汲み上げ、全身に行き渡らせた。

 カミーユの背筋が隆起し、戦士ダノンを支え、押し返した。


 戦士ダノンも負けずに更に押しつぶそうとする。

 カミーユはそれを支え抗い、戦士ダノンの膝を引きつける。


 力比べは一分ほど続いた。

 周囲の戦士たちは、固唾を呑んで見守った。


 徐々に、戦士ダノンの膝が手前に引かれた。

 カミーユの引き付けが、戦士ダノンを制し始めていたのだ。

 十分に距離を詰めたと判断したカミーユは、戦士ダノンの片膝を思い切り引き寄せた。


 巨人の足が浮いた。


 カミーユはそのまま戦士ダノンを引き倒し、胸の上に跨った。

 両足を突っ張り、足元を固める。


 そして、眼下にある戦士ダノンの顔面を拳で打ち抜いた。


 ここに勝機を見たカミーユは、左右の拳を連続して叩きつけた。

 巨人の歯が折れ、血が吹き出した。


 しかし、戦士ダノンもそのままではいなかった。


 下から拳を振り上げ、カミーユの顔を打った。

 鋼の剣でも傷がつかないカミーユの皮膚が腫れ上がり、鼻から出血した。

 戦士ダノンも、拳を振り上げ続けた。


 この殴り合いもまた、一分ほど続いた。

 戦士ダノンと騎士カミーユの血が飛び散り、鉄臭い匂いが辺りに漂った。


 やがて、下から上への拳の勢いは弱まり、上から下への拳の勢いがそれを勝るようになった。

 カミーユは拳を振り下ろし続けた。


 戦士ダノンの体は伸び、動かなくなった。


 カミーユは両肩を上下させ、呼吸を整えた。

 戦いの中で息を切らしたのは、生まれて初めてのことだった。


 カミーユは、戦士ダノンが気を失ったことを十分に確認すると、跨った胸の上から降り、周囲を見渡した。

 視界の半分は塞がれていた。

 戦士ダノンの拳がカミーユのまぶたを腫れさせたのだ。


 巨人の戦士たちは、その激しい戦いに呼吸も忘れて見入っていた。

 カミーユが周囲の者に声を掛ける。


「戦いは終わりでよろしいでしょうか。戦士ダノンは参ったを言えぬ状況です」


 戦士たちは湧いた。


 そして、新たな勇者。千人戦士の誕生を祝った。


 こうして、人間の騎士カミーユと、巨人の戦士ダノンの戦いは終わった。

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