第26話 試練の間
カミーユが戦士ブルガに案内された部屋は、簡素で清潔なものだった。
寝台と、書き物をするための椅子と机があり、水桶も窓も備えられている。
しかし、当然のことながら、全てが巨人用の大きさである。カミーユは剣帯を外した後、背の高い寝台に飛び乗り、横たわった。
部屋が高所にあるためか、涼しい風が吹く。
瞳を閉じて、今日の出来事を思い出す。
フローラたちは安全に休めているだろうか。
そのように思いながら、カミーユは眠りについた。
翌朝、カミーユは日が昇る前に目を覚ました。
床の上に座り、自らの剣帯を脇に置き、瞑想する。
しばし、自らと自らの外の世界を同一化させるように目を閉じる。部屋の外で足音がしたので、瞑想を終えた。
剣帯を手繰り寄せ、身につける。
髪は編み上げたままだったので、水桶の水で顔を洗い、朝の支度は簡単に済む。
「人間の騎士カミーユ。起きているか。食事の時間だ」
戦士ブルガの声が聞こえる。
「起きています。戦士ブルガ。食事を用意していただけるのですね。ありがとうございます」
カミーユは、頭上のドアノブを回し、戦士ブルガに相対する。
巨人の戦士は、カミーユに付いてくるように促す。
廊下に出ると、動物の脂の焼ける良い匂いが漂ってくる。
カミーユは戦士ブルガに付いて歩く。匂いのもとにどんどんと近づいている。
「ここだ。人間の騎士カミーユ」
戦士ブルガは扉を開け、振り返る。
部屋の中は食堂になっており、獣肉の焼ける良い匂いが押し寄せてきた。大勢の戦士たちが食卓に座り、肉を頬張っている。
戦士ブルガはカミーユを席に案内する。
「ちょっと待っていてくれ」
カミーユは用意された椅子が高く、そこに飛び乗る。
その仕草が、我ながら少しはしたないように感じた。
ブルガは片手に二枚の皿、片手にジョッキを持ち、人混みをかき分けながらカミーユの席にたどり着く。
「芋と肉とエールだ。人間は食べるか」
すべてが多かった。
人間であれば、一家族分はあるだろう。
「美味しそうです。ありがとうございます。あの、つかぬことをお尋ねしますが、戦士と、戦士ではない方で、食べる量に差はありますか」
戦士ブルガは頭を捻る。
「確かに戦士はよく食べる。そうでない者の倍は食べる」
カミーユの邸宅ではこれの四分の一ほどの量しか出していなかった。
無理をさせてしまっただろうか。カミーユはエトナ姫に申し訳なく思う。
次に会った時、謝罪しなければならない。
カミーユはエトナ姫のことを思いながら、改めて食卓を見る。
それはやはり高く、丁度カミーユの目線に天板が来ている。
戦士ブルガに相談し、カミーユの席は、木材を付け加えて座席を高くしてもらった。
周囲を見ると、どうやら、焼いた肉も蒸した芋も手づかみで食べるようだ。
神に感謝を捧げた後、カミーユも骨のついた肉を掴み、噛みついた。
それは思ったよりも柔らかく、口の中で脂が溶け、旨味が広がっていった。
カミーユの食欲は高まり、骨だけを残して一本平らげてしまった。
しかし、食卓にはこの肉がまだ、四十本は残っている。
カミーユは気を取り直し、蒸した大きな芋を手に取り、かぶり付く。
塩で薄く味付けされているようで、先程の肉の後味と良く合い、口の中でホクホクと踊った。
カミーユはこれを食べたが、やはり皿の上には芋が四十個は残っている。
続いてカミーユはエールの入ったジョッキを手に取る。小さめの樽ほどの大きさのジョッキは、その縁も分厚く、カミーユは大きく口を開け、エールを口に含んだ。
麦の香りが口の中に広がり、パンの味を思い起こさせた。
これもまた、大味ではあるが美味であった。
カミーユは食事を続けた。
皿の上の半分を食べたあたりで、流石に限界となり、戦士ブルガに食事を終えることを伝える。
戦士ブルガはカミーユの少食を気にしたが、無理に勧めることはなかった。
周囲の戦士たちもカミーユの少食を笑ったが、そこに悪意はなく、ただただ人間の騎士が珍しい様子だった。
カミーユは、気持ちの良い戦士たちと良い食事を取れたことを、改めて神に感謝した。
カミーユは部屋の隅の手桶で手と口元を洗い、戦士ブルガを見やる。
「戦士ブルガ、約束の戦いはいつ頃になりますか」
戦士ブルガも食事を終え、カミーユの隣で手を洗っていた。
「そうだな。皆の食事が終わった頃になるだろう。人間の騎士カミーユ。一度部屋に戻るか」
戦士ブルガはカミーユに尋ねる。カミーユは自らの意思を伝える。
「良ければ、戦いの場に行きたいと思います。案内してくださいますか」
戦士ブルガは喜び答える。
「人間の騎士カミーユ。早くも戦いの顔になっているな」
カミーユは自らの顔を手で触る。戦士たちの気に当てられてしまったのだろうか。
「付いてこい。案内する」
戦士ブルガは食堂の扉を開け、廊下へ出た。カミーユもそれに続いた。
廊下を暫く進むと、汗と血が香ってくる。
通路の先には無骨な木の扉があった。扉の上には、試練の間と、巨人語で書かれていた。
「ここだ。人間の騎士カミーユ。ここで今日、お前は戦士と戦うこととなる」
戦士ブルガは扉を開く。
ここは大樹の中ではあったが、土が叩かれた床があり、巨人の戦士たちが十分に駆け回れる広さがあった。
窓からは日が差し込み、明かりの柱が床と空気を照らしていた。壁際には大小様々な木剣が置かれていた。
それらには、血汗で滑らないよう、鍔元に布が巻かれていた。ここは明らかに、戦士の為の場所であった。
「戦士ブルガ。ここで待たせてもらってもよろしいですか」
カミーユは戦士ブルガを見上げた。
「構わんが、少し待つ事になるぞ」
戦士ブルガはカミーユを見下ろし答えた。
「問題ありません。木剣を見せていただいてもよろしいですか」
カミーユは試練の間の隅にある棚に掛けられた、木剣たちを指差す。
「構わないさ。じゃあ、俺は百人戦士を呼んでくる。ちょっと時間がかかるだろうが、待っていてくれ」
そう言うと、戦士ブルガは歩み去った。
カミーユはそれを見送ると、一礼して、試練の間に入る。試練の間の土間を踏むと、心身が引き締まる思いがした。
カミーユは試練の間の隅に行き、棚の前に立ち、木剣を手に取る。
巨人たちの為の剣であるため、皆太く、長い。
握ることはできるが、手の内にしっくりとはしない。
どうしたものかと思うが、これからの戦いに木剣を使うかどうかはわからないため、カミーユは木剣から手を離し、壁の前に座った。
時間がありそうだったので、瞑想を行うことにしたのだ。
一時間ほど瞑想を続けていると、試練の間に向かって、大勢の足音が向かって来た。
カミーユは目を開け、そちらを見る。
戦士ブルガと多くの巨人を引き連れて、一人の巨人が歩いてくる。
カミーユは立ち上がり、その巨人に礼をする。
「騎士カミーユです。あなたが百人戦士の方でしょうか」
巨人の戦士は、カミーユを見下ろし、尋ねる。
「お前が十人戦士なのか。歓迎を無傷で通り抜けたなど信じられぬな。奴らめ、酒にでも呑まれていたのではあるまいな」
その言葉は、カミーユを嘲るものであった。
「もう一度問います。あなたが百人戦士の方でしょうか」
巨人は煩わしそうに答える。
「そうだ。百人戦士グルド。人間、木剣を取れ、最もその矮小な体で持てる剣など、ここにはないかも知れぬがな」
そう言うと、戦士グルドは辺りを震わせる声で笑った。
「わかりました。戦士ブルガ、申し訳ありませんが、あの棚をいただいてもよろしいでしょうか」
武器棚を指差し、カミーユは戦士ブルガに頼む。
「構わないが、棚で戦うのか」
戦士ブルガは不思議そうにカミーユを見た。
「ありがとうございます。では、失礼いたします」
カミーユは瞬く間に抜刀し、棚の柱の上下を断った。
断たれた柱の長さはカミーユの片腕ほどの長さで、断面は丸く、カミーユの手によく収まった。
「私はこれでお相手いたします」
戦士グルドはうってかわって、静かに怒りの声を発する。バラけた棚から、ひときわ長い木剣を手にする。
「人間よ。木剣で打たれたとて、死ぬことはある。墓石に刻むゆえ、改めて名を聞こう」
「カミーユ。騎士カミーユ。お相手いたします」
カミーユの言葉が終わらぬうちに、戦士グルドは木剣を打ち下ろした。
それは、得物の長さを活かし、カミーユの間合いのはるか外からのものであった。
カミーユは右手に自作の木剣を持ったまま、左手に躱す。
グルドの木剣はカミーユがいた空間を打ち抜くと思われた。
その刹那、木剣が跳ね上がり、カミーユを追い、横薙ぎに振られた。
戦士グルドの剣がカミーユをとらえ、跳ね飛ばした。
人間は打ち据えられ、戦士グルドが勝利を宣言する。周囲の戦士は誰もがそう思った。
しかし、カミーユは空中で体勢を整え、着地した。
足元はしっかりとしており、木剣のダメージは感じられなかった。
戦士グルドの木剣がカミーユを打つ瞬間、カミーユは跳躍し、木剣の衝撃を受け流したのだ。
戦士グルドは着地したカミーユに向き直り、構えを取った。
木剣を持った利き腕を前にし、剣をやや下方に向ける。
ある巨人が呟く。グルドのやつ、本気になりやがったぞ。
「無礼を詫びる。人間の騎士カミーユ。全力をもって相手となろう」
「戦士グルド、よろしくお願いいたします」
戦士と騎士は互いに視線を交わした。
戦士グルドが動く。
切っ先で鋭くカミーユを突き、間合いに入ることを許さない。
カミーユの眼前に、幾度も突きが繰り出され、カミーユは頭を振ってこれを躱す。それは速さを重視した突きであり、カミーユに近づく隙を与えなかった。
何度も繰り返される突きは、そのタイミングをカミーユに覚えさせる。
カミーユは突きの伸び切った点をとらえ、自らの木剣で上方に打ち払う。そして、そのまま前方に踏み込んだ。
戦士グルドはそれを狙っていた。
後方の蹴り足を一気に突き出し、カミーユの胴に向かって蹴りを放ったのだ。
カミーユは戦士グルドの殺気を読んでいた。
剣士ローレンとの稽古のたまものである。
カミーユは身を屈ませる。戦士グルドの足先が髪をかすめた。
カミーユは先程の突きと同じように、戦士グルドの蹴り足を、膝裏から打ち上げた。
バランスを失った戦士グルドの巨体が後方へ回転する。強かに背を打ち付ける戦士グルド。
カミーユは倒れたグルドの頭部を両足で挟み、その鼻先に木剣を突きつける。
「まだ続けますか。戦士グルド」
「いや、俺の負けだ。人間の騎士カミーユ」
こうして、カミーユは勝利し、巨人族の百人戦士の位を得た。
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