詐欺とわめくのは簡単だが・・・

第18話 実は難しい、詐欺罪の立件

~ その日の居酒屋にて


「土田君、詐欺ってどんな犯罪か、わかるよな」

「ええ、人を欺罔して財物を取得する行為、財物でなくても利得であっても成立します。そこらは恐喝と同じです。法定刑は、10年以下の懲役です」


 ビールを飲みながら、ブランドスーツに身を包んだ元貧乏神を自任する社長が少し若い(ように見える)土田弁護士に尋ねる。土田弁護士は、いささかあの司法試験の最後に行われる口述試験で儲けているときのような受け答えをする。

「詐欺って、勉強しているときにどんな例を学んだ?」

「そうですね、無銭飲食とか不正乗車、いわゆるキセルとか、あとは釣銭詐欺とかですね、なんか、しょぼいとしか言いようのない実例が多かったかなと」

「だろうね。銀座や北新地のクラブならさすがに金額がしょぼいとは思えんけどねぇ(苦笑)、それはともあれ、なんだ、1万円札払って4千円のおつりが9千円返されてシメシメとばかり店を早々に退散するような、しょぼくさい話が例に出されていたと思うけど、実際の詐欺は、御存じと思うけど、立証難しいぞ。あ、立証難しいったってこの店で無銭飲食なんかする気はないけどな(爆笑)」

「そんなのはすぐ警察呼ばれてお縄、明日にはなんと、会社社長と弁護士が無銭飲食で新聞の格好の餌食ですよ(爆笑)。あとは同行の聖子ちゃんカットの会社役員の謎のおばさんも、とか何とか」

「いちいち気に入らないわねぇ、聖子ちゃんカットは、乙女の夢だったのに。それを謎のおばさんとは失礼な奴ね(大爆笑)」

 佐敷サンが大笑いを誘う。でも確かに、口の悪い若い女性が見たらそうも言いたくなるような雰囲気では、ある。

 さらに追加の注文を入れ、飲み干したビールのジョッキを店員に渡す。店内は冷房が効きわたっており、夏場だけあって皆さんビールが進んでいる。


「ともかく、この店に限らず無銭飲食なんて立証簡単だろ。だけど、通常の数百数千万、あるいは数億の取引なんて、そうそう簡単ではないし、ぼくらがどう見てもこれは詐欺だろと思っても、相手だってちゃんと言い訳できる余地がある」

 さすがに弁護士として独立しただけあって、土田氏もそこは理解している。

「これは民事の通常の取引の一つで、効果を保障したものではないとかですね」

「そうだ。そうなりゃ、民事ではともかく刑事では、さすがに人権云々があるから立証なんてめったにできたものではないと来ているよな。元貧乏神の視点からいうとだねぇ、一流の詐欺師なんて人のところは、入りにくい。そういうところはむしろ、ワラちゃんみたいな座敷わらしサンなんか入りやすいかもね」

「そうねぇ。うちの組合にも、そういう人のところに好んで行っている同業者さんもいらっしゃるわ。聞くと、品はいいって。例えばこの店でせいぜい3人盛大に飲み食いして2万円でおつりがくる程度の金でケチケチなんかしない。むしろ領収書はもらったとしてもおつりは要らないなんてこと言うくらいよ」

「残りの金はチップでどうぞ、って話ですね(苦笑)」

「そうね。領収書は経費をどうこうというより、行動の証拠を残すためにいただいています、ってところかしら」

「それなら、普通の会社の社長さんあたりと同じ感じですね」

「そうなるわね」

「でもなんで、そんな人が詐欺なんかを?」

「そこは、その手の人の行動に詳しい信濃大先生、どうぞ」


 追加の料理とビールが運ばれてきた。塩の焼鳥をつまみながら、ビールでその塩分を身体に流し込みつつ、信濃社長が話をつないでいく。


「その手の人はね、その「詐欺」というのが仕事だからだ。要は「プロ」だ。プロとアマチュアの違い、分かるかい? 野球で例えてみよう。アマチュアは、トーナメントの大会や都市対抗なんかを目標に練習を積んで望んでいくが、そもそも本業は別にある。その会社の営業だったり総務だったり経理だったり、あるいは現場の仕事だったり。それはいいとして、野球はあくまでも副業、というか、最大よく行ってライフワークみたいなものだ。それ自体で金を稼ぐことを想定していない。無論そこで活躍して特別ボーナスなどがあるかもしれないし、野球絡みで呼ばれて解説のような副業が入る場合もあるだろ。だがそれは本業ではない。

 これに対してプロは、1年を通して野球という名前の「興行」をする。だから仕事が野球そのものだ。休める時期もあるが、そうでない時期は、野球をすること自体が仕事だ。2月のキャンプもそうなら、オープン戦もそう。本番は公式戦。ここに向けて調整する。そして公式戦はお祭りのオールスターゲームを挟んで前半と後半、さらには日本シリーズに至るまでの一連のプレーオフ、その後の、あるいはその時期の合間も含めてのキャンプも、その仕事のうちと来ているね。

 さて、プロの詐欺師というのはどうかい?

 相手との関係性が始まりから終わりまで一連の行為全体で利益を上げなければならない。さすればどうだ。最初にカネをドカンと相手につぎ込むのは、初期投資みたいなものだ。土田君もあの事務所始めるにあたってそれなりにカネを使ったろ、それからそもそも弁護士になるために弁護士会に登録して会費を払う。あれだってその初期投資の一環だ。これが払えないで懲戒請求を食らう人もいらっしゃるようだけど、それはここでは除外しよう。

 ともかく、そういう投資を多かれ少なかれすることで、君は弁護士として活躍できている。初期投資は金だけではないぞ。様々な労力もそこには発生している。国選弁護人の登録にしてもそうだ。

 さあ、詐欺師の場合は、投資したらどこかで回収しないといけない。事件屋もこれと同じだ。もちろんそれは君以外の人間から回収していて、君自身はとくに彼らから金を搾取されないかもしれない。だがそれとて一緒。かくなれば、君は事件屋の片棒を担がされていることに、期せずしてなってしまうわけだ。まして1件やそこらのうちならともかく、あまりにカネをもらっては仕事してとなって、それで生活が膨張していけば、あとは推して知るべしだな。

 私はもう、そこまでの姿が見えていた。キミはあのままでは、岡山どころか神戸はじめ関西圏でも弁護士活動ができなくなるまで追い込まれる未来が、ね」


 信濃氏はそこまで一気にまくしたて、ビールを口にした。さらに目の前の塩焼鳥の串もつまむ。それをまた、ビールで体に流し込んでいく。土田氏、平静を装いながらビールを口にはするが、表情がいささか青ざめている。

 佐敷サンはというと、まったく平静のまま、淡々と飲食を続けている。

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