スラスト→トラスト ~最強騎士、なぜか白黒の女に憑かれています~

@D6K1

プロローグ

「主文。"王女暗殺未遂事件"事件の主犯、ジルバ=ストラトスに王都、内環部からの追放刑を命ずる。また、全ての身分、権限、霊器オベリスクの剥奪、及び全ての財産を没収とし……」


 裁判官が全文を読み上げるのを待たずに、弁護側から歓声が上がる。

 逆側の審議官たちからは怒声と不満の声。

 そして両者の中央に位置する被告人席に両手両脚を縛られた状態で立たされていたジルバ=ストラトス――つまり俺は、未だに状況が飲み込めずにいた。


 この国で最も身分の高い王族の暗殺未遂。通常であれば国家反逆の罪で死刑は確定、あとは縛り首か、あるいは斬首か、はたまた八つ裂きか。まあ、要は"俺をどう殺すか"だけを言い渡すだけの場だったはず……なのだが――判決はまさかの死刑回避である。

 裁判中に罪状を聞かされ、自分がここに立っている理由を初めて知った俺でも、審議官側の怒りは理解できた。


 裁判官に詰め寄る審議官。それに立ちはだかる弁護側。

 それぞれ信じたものが異なる二つの陣営。傍聴席ではつかみ合いのケンカも始まっていた。

 そして、証人席では会うどころか見たことすらもない『共謀者』が立ち上がり、俺を指差し「あいつを死刑にしろ!」と叫んでいる。


 *


 数日後、俺はどこかよく分からない場所で解放された。

 前を向いても後ろを振り返っても、視界に広がるのは赤茶けてひび割れた大地だけ。申し訳程度に灰色の岩だの石塊だのが何の法則性もなくただ地面に転がっていて、植物の緑や水場の青――という、生きていくのに必要そうな色は全く目に入ってこない、そんな場所だった。

 

「やっぱり死刑じゃねーか」


 そして、"そんな場所"を丸二日間歩き回った俺の出した結論が、独り言として乾燥した空気へと吐き出されていく。

 着ていた服以外何も持たされず、その上、ご丁寧に≪魔力吸収≫でなけなしの魔力をマイナスになるまで奪う、という念の入れよう。要は、見ず知らずの土地で当てずっぽうにライフラインを見つけろ(ただし確実に在るとは限らない)、ということだ。


「……ま、俺が死んだところで悲しむニンゲンなんていねーだろうけど」


 両親の顔を知らず、故郷も無い、天涯孤独の身。だから俺には何が何でも生きなければならない理由はないし、そんな俺が人知れず野垂れ死んだところで悲しむ"人間"もほとんどいないと思う。


「でも、あいつらを喜ばせたくもねーし」


 思考が弱気に流れた瞬間、俺の脳裏に俺を罪人扱いした連中の顔が思い浮かんだ。

 ここまで来たら最早意地だ。絶対に死んでやんねー、その一念で必死に足を動かす。

 人間が水分を取らずに活動できるのは精々3日が限度。残された時間は少ない。だが、もし、まだ俺にみんなの――精霊達の加護がわずかにでも残っているのなら、きっと何かがあるはず。

 自分自身をそう信じ込ませて再び顔を上げた瞬間、赤茶けた風景に――ほんのわずかではあったが、何か変化があった気がした。


「――あれは」


 遥か遠くの地平線を映す俺の目に映っていたのは、明らかに人の手で作った建造物のシルエットだった。


「……っしゃあ!」


 "あれ"が何かだなんて、どうでも良い。つい先ほどまでやさぐれてこの世への恨み言で一杯だった頭の中は歓喜に沸き、同時に俺の足は仄見えた希望へと向かって自然と駆け出していた。


 *


 文字通り死ぬ思いで掴んだ貴重なチャンス。もしかしたらこれが最後のチャンスかもしれない。

 なのに、俺の足は建物に到着する遙か手前で速度が鈍りはじめていく。そして、全容を視認したときには完全に止まってしまっていた。


「なんだよ、これ……」


 希望に見えたそれは、古い遺跡のような建物だった。確かに人間が建てた物には違いないのだろう。だが、中に人がいる気配などは微塵も感じられなかった。

 石材を積み上げられて作られたソレは、あちこちがひび割れていて、今にも崩落しそうなほどボロボロに朽ちている。きっと、長年にわたって放置されていたに違いない。


「ちくしょう……でも、まだ諦めねえぞ……」


 こんな場所に水があるはずがない。だが、それでもまだ分からない。可能性はゼロじゃない。そう、自分の目で確かめるまでは認めない。

 俺は一度萎えかけた心を強引に立ち上がらせ、ぽっかりと口を開けた遺跡の中へと身を滑り込ませる。


「世界統一前の古代遺跡、ってやつかな……」


 中はあちこちのひび割れから光が射し込んでいるようで、思ったよりは明るかった。

 早速、中を調査しようと思ったのだが――念入りに見るまでも無く、その必要が無いことを本能的に感じ取ってしまった。

 音、色、匂い……静寂と乾燥に支配された空間。ここには水も食料も存在しない、と。

 ただ、だからといって何も無いというわけでもなかった。


「何だ、あれ」


 部屋の中央にはぽつんと台座のようなものがあり、その上には拳ほどの黒い球体が浮かんでいた。


 ――今にして思うと、正気を失う寸前だったのだと思う。空腹よりも、乾きよりも、きっと、孤独のせいで。

 俺は何の気もなしにその黒い球に触れてしまったのだ。


 ――瞬間。

 凄まじい魔力の奔流が遺跡の中で荒れ狂った。黒い光が、辺り一面を眩く照らす。


「な、な、何だこれ!」


 とっさに、俺は身を屈めて防御態勢を取る。

 そんな俺の背後から、声がした。


(お主と、”≪≪結合≫≫”したぞ。約束通り、儂を満足させるのじゃ)

「誰だっ!」


 振り向きながらスウェーバックで距離を取ろうとした――が、疲労のためか足がもつれて尻もちを付いてしまう。


 ――万事、休す。


 と、思ったのだが……、何の攻撃も来ない。

 怪訝に思いながらも防御を少し緩めた俺は、ここでようやく声の正体の全貌を視界に捉えたのだった。


(なあ、お主は誰じゃ? 約束とは何じゃ? 何も……何も思い出せんぞ?)


 それは、この世のものとは思えないほど美しい女性。

 彼女は呆然とした表情で見下ろし、俺に何かを話しかけている。だが、耳には入ってこない。


 スリットの入った黒いドレス、透き通るような白い肌、吸い込まれそうな赤い瞳。

 前髪を揃え、腰まで伸びた銀髪。紅の宝石が輝くネックレス。


 命の危機な状況のはずなのに、自分でもどうかとは思う。

 でも、人生の中でこれほど”美しい”と思えた存在は初めてだった。

 あと……まあ、アイツには絶対に秘密なんだけど、完全に一目惚れしてた。



 そして、このとき完全に呆けてしまっていた俺には、想像もできなかった。

 この女性――ダリアが、俺の……いや、世界のすべてを変えてしまうことになるとは――

 



 これは、甘ったるい恋愛劇でも、怨霊に取り憑かれた恐怖を語る怪談でも、刺激的で爽快感満載の冒険譚でもない。

 力を失った男と、肉体のない女が藻掻いて絡まって躓いて、それでも少しずつ前に進んでいくだけの、何の捻りもない、平坦で退屈なお話。

 色で言ったら灰色がかった白、といったところだ。

 もし、それでも良い、っていうなら是非聞いていってくれ。


 ――赤ん坊が起きるまでの間なら、時間があるからさ。

 


======プロローグ 了

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