第3話 対抗兵器
「あの宇宙人から情報を引き出さないのですか」
テントの外で待機していた兵士がラムズィに問う。
「拷問は最終手段だ。彼は自分から口を開いている」
宇宙人の青年は友好的で、捕獲直後も怪我はしていたが落ち着いた様子だった。映画でよくある人語を解さない化物とは違い、ずいぶんと地球人に近いエイリアンだ。
だが一つだけ、ラムズィを困らせている問題があった。
「地球の王と話がしたい」と難題を要求しているのだ。
地球は一つの国ではない。どうやら彼は予想していなかったようだが。
さらにこのムスタファン共和国を独裁していた統治者は、先日の攻撃により首都で行方不明になっている。おそらく死んでいるだろう。
仮に生きていたとして、要人警護の観点から捕虜であるイストレクスを会わせるわけにはいかない。
現在は議員や軍上層部が国の執政を務めているが、新たなる独裁者を輩出しないよう慎重になっている。宇宙人の襲撃によって生じた、微妙な時期に直面していた。
営倉代わりのテントをでたラムズィの後方に、もう一人若い下士官が並んだ。
「天火カイカ博士の書類を入手しました」
もう一つの悩みの種だ。
「何故あれほど若い少女が、我々の駐屯地に滞在している? 名前からすると日本人のようだが、本名か? スパイではないだろうな」
「日本からきたという証言は事実のようです。航空便と学会の名簿に名前がありました。首都で開かれていた機械工学系の学会に参加するためこの国へ来たと。所属は日本の研究所、専門は人工筋肉を用いた強化外骨格スーツと身体拡張アーム。一部は軍内で試験採用されています」
「優秀さに間違いはないようだな」
「それから……彼女を釈放するよう、上から通達がありました」
「なんだと、誰の命令だ?」
「タニア・ハキーム長官です」
少将は空を仰ぎたくなる気分を堪え、下士官に戻るよう告げた。
簡易宿舎の駐屯地にあの女長官はまだ滞在中のはずだ。
部下の報告を聞き終えたラムズィは、真っ直ぐに長官のいるテントへ足を伸ばした。
会議を終えたばかりの女長官は、悠々とした笑みを湛え彼を待っていた。
彼女は話を聞き終える間、はるばる荒野まで用意させた高級グラスに水を注ぎ、ゆっくりと口にしていた。そしてグラスを簡易机に置き、頷いた。
「私が許可したのよ。宇宙人を憎む工学者、いいじゃない」
「長官!」
「ご不満のようね。私たちの身を守るには対抗できる兵器が必要なのよ」
共和国の上空に留まっているあの母艦は、首都上空十キロまで降下し攻撃を行った。
空から降ってきたイストレクス青年と、母艦内にいる異星人との間に仲間割れがあったため、首都は大規模な攻撃に巻き込まれたと衛星画像の解析結果から結論づけられている。
「宇宙船は上空五十キロ。隣国が我が国の上空へ向かって発射した弾道ミサイルは全弾、撃ち落とされたと報告を受けたわ」
国防を担っていた元首、首相や長官の行方は依然として知れない。
このベージュのスーツに身を包んだハキームは国防省長官の職にある。
前任の彼らが生きていれば、もっと別の手段があっただろう。しかし残念ながらラムズィの眼前に座っているのは、以前の政府なら重用されなかったであろう強かな女長官、タニア・ハキームだった。
「空まで兵器を運ぶ方法は考えるとして、他にアイデアがあるのかしら?」
「……彼女の精神状態には問題があります。成人して間もない、未熟な若者です」
「あの娘を侮っているわね、あなた。天火カイカがどう自分を売り込んだか知っている?」
どうやらタニア・ハキームは少女の能力を買っているらしい。
「熱傷を負いながら病院のベッドから這いでてこういったのよ。『私に兵器を作らせろ、宇宙人から守ってやる』」
烈火のように燃えあがる炎が彼女には宿っている。
その片鱗はつい先ほど目にした。病床を這いだそうとする姿は容易に想像がつく。
「きっと素晴らしい兵器を開発してくれるわ。彼女にはそれだけの理由があるのですもの。それに……使えなければ送り返せばいい」
芝居がかった仕草でグラスを持った腕をゆったりと振ると、長官は笑みを消した。
「少将、私たちの国に研究者を派遣してくれる国がどれだけあると思っているの? 彼女だって、日本から退避要請がくる前に、病院へ人をやって、麻酔で朦朧としているところを口説かせたのよ」
何も国外に優秀な技術者がいないわけではない。
ほんの少し前まで確かにいたのだ。彼らが首都の砂塵になるまでは。
「どうかしら。貴方に彼女以上の人材が用意できて?」
この会話から一日と経たず、天火カイカ博士は営倉から戻されることとなった。
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