8 謝罪


 砂浜で座る浦島、乙姫、かめ吉のさんにんを、ひやりとした海風が撫でていく。

 夜も深まってくると空気は冷えてくる。

 そのうち、さらに冷や汗をかいて体を冷やしているのはかめ吉だった。


「うちのかめ利が本当にすまない……」


 浦島の昔話を聞いて、かめ利の過ちを知ったかめ吉は、申し訳なさから首を甲羅に引っ込めて浦島に詫びていた。

 かめ吉が人間だったならば、もっとわかりやすく頭を抱えた光景を見ることができただろう。


(なーにをしてるんだ、かめ利は!)


 親類のかめ利を脳内で叱咤する。


「まさかのる海流を間違えるなんてこと、小さな子どもじゃあるまいし、と思っておったから考えもしなかった……。てっきり、浦島殿は無事に家に帰ったのだとばかり……」

「まー、思わないよな」


 浦島も同意を返す。かめ利が浦島の見送りを任さたのは、大きな甲羅だけが理由じゃない。泳ぎ上手な一面も選抜された一因だと聞いていたのだ。

 ただ、泳ぎが得意なのと、道を間違えない能力は別だったというだけだ。


「あいつ、意気揚々と帰ってきたのにのう……」


 かめ吉は遠い目をして、あの日のかめ利の「無事送り届けた!」という報告を思い返す。かめ吉は、その報せをすっかり信じてしまい、かめ利を褒めたのだが……。

 まさか、目指すべき方角をまるっきり間違えているとは思わなかった。


「どう謝ればいいか……」

「本当に……太郎さん、改めてごめんなさい」


 かめ吉の横で乙姫も眉尻をさげて、浦島へ詫びる。


「もう散々聞いたからいいよ。かめ吉も、もう充分だから」


 浦島は乙姫の頭とかめ吉の甲羅をなだめる様に撫でた。


「ほら、弟と再会できたのもかめ利のおかげともいえるんだ。何事も結果次第ってやつだろ」

「そうは言っても、三郎太さんが太郎さんを見つけてくれなかった可能性のほうが高いわ。三郎太さんが仕事をしていた土地からこっちの浜辺に帰ってきてしまっていたら、二度と会えなかったじゃない」

「おと、いいんだよ」

「でも」


 乙姫は海の仲間の起こした失敗に、竜宮城の者として責任を感じているようだった。

 かめ吉が乙姫になんと声をかけるか迷っていると、浦島と目が合った。浦島が苦笑して、乙姫を指し示した。


「俺がどれだけもういいっていっても、おとは納得できないみたいだ。……こういうところ、頑固だよな?」

「ああ……」


 かめ吉は、本人を前にしていたため控えめに頷いた。

 夕方再会した際にかめ吉が熱弁した、乙姫の美点であり厄介なところである頑固な性質を浦島がよく理解していたのは、こういうやり取りを重ねていたからなようだ。


 しかし、乙姫自身はその評価を受け入れ難いようだ。わずかにふくらんだ頬が、不満を主張している。


「頑固って、なによ。頑固じゃないもん」

「その言い方がすでに頑固っぽい。……じゃなくて、あー、どこまで話したんだっけ?」


 浦島が逃げ道を探す。


「三郎太殿と村に帰ることにした辺りかの」

「そうだった。……ちと、ゆっくりすぎたな。長話になってしまった」

「構わんよ。話せることだけ話してくれればいいのだから」


 かめ吉は、疑問を投げかけた。


「浦島殿は三郎太殿以外の家族とも再会できたのか?」

「ああ」


 その言葉に、かめ吉は心のはしっこで安心する

「そうだ。乙姫さまとだって、いつ再会したんじゃ?」

「そろそろ出てくるわよ」


 乙姫も口をはさむ。


「じゃあ、続けようか。俺は三郎太の持つ船に乗せられて、海を渡った――」


 浦島の昔話は、別の陸から故郷の村に帰ってきたところから再開した。



 浦島は、三郎太と共にあまりに早く進む船に揺られて、ついに故郷に帰ってきた。


「おお……」


 自身の感覚としては一年ぶりの故郷を目にした浦島は、思わず声を漏らした。

 それは村の余りの発展ぶりに感嘆したからでもあり、あっけにとられてしまったからでもあった。


「兄さん、驚きすぎだよ」


 三郎太は浦島の反応に笑う。自身の荷物を迎えに来ていた使用人に預け、浦島の隣に並ぶ。

 再会から落ち着いたあと、三郎太は浦島のことを「兄さん」と呼ぶようになっていた。年相応の呼び方だが、浦島は少しだけ寂しく思った。


「ここが俺たちの村か?」

「そう。でも、今は町だけどね」


 三郎太の言う通り、ここはもはや村という規模ではなくなっていた。

 整備された海岸沿いは、大きな船が停泊している。陸も、労働者向けの施設らしい建物が並び、住民たちの住まいも浦島が暮らしていたころよりずいぶん立派だった。

 大きな屋敷が遠目に見える。三郎太に尋ねると、それが今の浦島の家らしい。


(これじゃあ、かめ利が送ってくれた土地のようなもんじゃないか)


 かめ利がきちんとこの浜に送り届けてくれていても、浦島は自分の故郷だと認識できただろうか。自問する。


(……いや、よく確認すれば大丈夫だっただろうな)


 海を背にして立ったときに見える双子の山は、合間の大樹も合わせて現存していた。あれをみれば、さすがの浦島も確信を持っただろう。


「一時期、あの山を勝手に自分たちのものにして、木を切り倒すだとか更地にするだとかいうやつらが来てね。僕らもたくさん抗って、なんとか守ったんだ。今は僕の会社のほうできちんと権利を持ったけど」

「よかった、無事で」

「そうだ」


 三郎太が思い出したことがあるといった風に声を上げた。


「兄さん、町の方を見に行く? 次一郎兄さんたちには、また予定を合わせて会いに行こう」

「そうだな。じゃあ今日は町を……いや、先におっとうたちの墓参りがしたい」


 浦島の言葉に、三郎太は心得たとばかりに頷いた。


「そっか。そうだよね。案内する。ちょっと待ってて」


 三郎太は、部下とみられる人間にいくつか指示を飛ばしてからまた浦島のもとに戻ってきた。


「じゃあ、行こうか」

「三郎太。お前、俺に話しかけてきたときはもっと年寄りらしいしゃべりをしていなかったか?」


 浦島が指摘すると三郎太はきょとんとした。

 初めて会ったときの老人然とした雰囲気とも、浦島と再会した際に昔の口調に引っ張られていた「にーちゃん」なんてしゃべり方とも違う。

 それを不思議に思ったからだったが、三郎太は特に気にすることもなく答えた。


「ああ、あれはわざとだよ。年を食った人間の言葉こそ、響くことがあるって、人の上に立つようになって理解したんだ。あのときの兄さんは本当に、海を投げてしまうんじゃないかって心配だったから」

「そういうものか」

「そうだよ。兄さんもそのうちわかるよ」


 浦島は三郎太に連れられて、両親の墓を参った。硬い石となってしまった二人を抱きしめる。


(挨拶もできず、姿を消してすまない。ただいま、かえりました)


 浦島は墓の前で、長い時間雲の上の両親たちに思いをささげた。


 それから浦島は弟妹にも再会できたし、変わってしまった村の様子も満足いくまで見まわった。


 三郎太の家に住まわせてもらったから、彼の妻や子、孫たちともたくさん言葉を交わした。みな、若い見た目で三郎太の兄を名乗る浦島のことを、すぐに受け入れてくれた。浦島の両親の気風や、三郎太の性根の影響からか、みなおおらかなやつらばかりだった。


 浦島も彼らにできることはないかと思い、海での話だったり、三郎太の昔の話を聞かせたりした。

 竜宮城という極楽を経たけれど、浦島にとってはこの時間も同じくらい幸せだった。


 そうして、浦島が故郷に戻ってからあっという間に二十年近い時が流れた。

 だが、浦島の体が成長する素振りは一切見せなかった。

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