第11話 刑事たちは執事と再会する


ミラルカは、二人を地下へと導いたが――最後の扉の前で足を止めた。


「……ここから先は、声を低く」


それだけ言って、扉を開く。


部屋は暗い。

照明は落とされ、魔術灯も最低限しか点いていない。


中央に据えられた棺は、完全に閉じられていた。外界を拒むように、蓋は厳重に封じられている。


イーライが、眉をひそめる。


「……おい、まさか。」


「ダンガン様は重傷です。

このようか状態であなたたちの前に出たくはなかったのは分かるでしょう?」


「わかる…が。だったら素直にそう言ってくれればいいものを。」

お人好しのところがあるイーライが言った。


「会わなくてはならない理由ができたのです!」


「だったら素直に会われせばいいのに。 」

皮肉屋のノアがつぶやいた。


クックック。


暗い暗い地下室に笑い声が響いた。


「ミラルカを虐めてくれるな。そいつはお主らのことをかなり好んでいるのだぞ。」


「ダンカン!」

タン、と踵を鳴らして、ミラルカは棺に近づいた。

「それ以上、戯言をいうようなら、ズタボロになったあなたの姿をこいつらに晒しますよ!」


「…おお、怖いな。」

戯けたように、棺の主はそう言った。


「ダンカン。」

ミラルカはため息をついた。

「あなたこそ、こいつらをずいぶんと高く評価しているはず。」


「もちろんだ。そうでなければ、とっくに喉笛をかききっている。」



「一体なにがあったんです?」

ノアが尋ねる。

「この前、事件から手を引けと忠告を受けてから、まだ何日もたっていない。

棺にとじこもらなければならないほどのダメージを誰が負わせたんです?」


「おお。そんな事もあったな」


自分の生まれた土地の土をなかに敷き詰めた棺桶。

そこは、吸血鬼にとっては、これ以上快適なベッドはありえない。だが、泥に塗れた衣服は彼らにとってあまり快適で無かったらしく。


棺桶を寝所に使うのは、心身ともにその存在の継続にかかわるダメージをうけたときに限られる。


「……いったいなにが」


「斬糸使いだ。」


ほんのわずか、声が揺れる。


「再生がきかぬ。」


その言葉が、空気を変えた。

ノアは、棺を見据えたまま言う。


「普通の斬糸なら、吸血鬼は数時間で回復する」

「ばかにしないで数秒よ。」


ミラルカが言った。


「だから――斬糸の技は歴史から忘れられた。」


棺の中から、低い声が響いた。


「だから、これは普通ではない」


音を立てずに、棺がわずかに震える。

苦しそうな呻き声と。


「彼が傷を負ったのは3日前よ。」

ミラルカが続けた。

「158日ぶりのオフで、彼は一人で街に出かけたの。戻ってきた時はこの状態だった。」


「ちょっと待て。」

イーライが突っ込む。

「なんだ、158日ぶりの休暇っていうのは。」


「休暇というのは、仕事から解放されて自由になにをしてもよい時間って意味よ。」


「そっちじゃねえ! なんだ158日ぶりってのは?」


「わたしたちは忙しいのよ。」


「そうは言ってもだな。」


「誰かさんたちのせいで“白狼姫”がお屋敷を出てしまったからね。

おかげで、執事やメイドまで実行部隊に駆り出されているの。」


「ミラルカ。

それはイーライたちを責めるのは筋違いだ。お嬢様は自分の意志で屋敷をでたのだから。」


「吸血鬼が人間に八つ当たりをしては行けない、という法律はありませんわ。」


「してもよい、という法もない。」


ミラルカは不満そうに押し黙った。


「なるほど。やられたのはどこですかい?」

イーライはメモ帳とペンを取り出した。


「東街区フォレム通り…」


「ジョン・バートンが被害にあった場所だ。」

ノアが顔を顰めた。

「せっかくの休日に、調査ですか?」


「そうだな。せめてゆっくりと眠っていればよかった。我々は脆弱な人間とは違って必ずしも睡眠を必要とはしないが、158日ともなると」


「ちょっと待て。それってつまり158日、寝食なしで働いていたということか?」


「何を言う。食事はちゃんととったぞ。」


吸血鬼の「食事」についてふかく突っ込む気もない二人の刑事である。


「場所について。もう少しくわしく。」

イーライが棺の脇にかがみこんだ。

「フオレム通りのどこです?」


「わしはあの辺りをよくは知らんのだ。

確かにジョン・バートンのことを調べてはいたのだが、わしが追っていたのは斬糸の気配そのものだ。」


「そんな事出来るんですか?」


「まあ、『過去視』の応用よ。」

ミラルカが口をはさむ。

「斬糸は極めて特殊な技よ。その痕跡を辿るのは、『過去視』の使い手ならば不可能じゃないの。」


「で場所も分からずに路地裏をうろうろしてて、バッサリやられた、と。」

ノアの非情なまでに容赦のない要約に、イーライのほうが困った顔をした。


「そう訳がわからなくもない。正確な番地は分からんが、リックドムドムバーガーの店を過ぎて直ぐだった。」


「上等だ。そのチェーン店はフォレム通りに2軒だけだからだいぶ場所が絞れる。

で? 相手はなにものだ? どんなヤツだ。」


「ふむ。」

ダンカンの声は、静かだった。

「わしは相手の姿を見ていないのだ。」

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