第10話 刑事たちはメイドと再会する

「地味だな、相変らず。」

イーライがブツクサといった。


「ヴァルコバ伯爵家は、武闘派だからな。」


「それはレリアを見てればわかるが。」



運転してきた車を、駐車場に突っ込んでから、二人の刑事(有給休暇中)は、正門の前で立ち止まり、ノアが控えめに呼び鈴を鳴らす。


ほどなく、扉の向こうから足音が近づいた。


軋む音とともに門が開き、現れたのは、きっちりと背筋を伸ばした一人の女性だった。


まだ十代の少女。銀縁の眼鏡。

完璧に整えられたメイド服。

冷静で、やや鋭い視線。


「……」


ミラルカは二人の顔を見て、ほんの一瞬だけ瞬きをする。


すぐに無表情へ戻った。


「……珍しいお客様ですね」


淡々とした声だった。


「あなた方だけで、なぜここへ?

お嬢様は?」


「いま、ダンピールの殺人事件を追っかけてる。別行動だ。」


「なぜここへ?のほうの答えがないわね。」


「ダンカンに会いたい。ここにいるか?」


「会わせる道理がないわ。」


「まあまあ。

ぼくたちは、レリアの生命を救った言わば、ヴァルコバ伯爵家の恩人であって」


「レリアお嬢様を屋敷の外へ連れ出した――

 “厄介者”など」


ノアは苦笑する。

イーライは当然だろうと言わんばかりにその顔を見やった。


「犯人は“斬糸”の技を使うんだ。鋼糸を使うダンガンならなにか情報をもっているかと思ってね。」

「ダンカン様から、『事件から手を引くように』と言われたはずでしょ?」


「なんで、きみがそんなことを知ってるの?」


「わたしも実行部隊の一員なの!

ダンカン様はわたしの上司だ!」


美少女メイドの目はきりきりと吊り上がり、延びた犬歯が唇を割いた。


「それも疑問だったんだ。」

ノアは、イーライを見上げた。身長は(横幅もイーライのほうがだいぶデカイ。)

「なんで、執事のダンカン氏が、実行部隊を直接指揮してるのか。

おまけにメイド頭のミラルカまで。」


「あんたらのせいで、レリアお嬢様がヴァルコバ伯爵家を離れてしまったからでしょうがっ!!」


ああ。

なるほど。

『分断派』と『融和派』が暗闘を続ける中でも、たしかにヴァルコバ伯爵家は、武闘派の最右翼として全面にたっていた。

そしてその先頭にたつものは。


――白狼姫レリア。



「人材不足なんだな――ご苦労さん。」


「あなたに同情されるいわれはありません!」



ミラルカは一歩、前に出る。


「伯爵家にとって、あなた方は――

 招かれざる存在だ。」


空気が、わずかに張る。


イーライは両手を上げてみせた。


「今日は喧嘩しに来たわけじゃない」


「人間が貴族の館に足を踏み入れるのです。相応の“試し”は受けててもらう。」


二人の刑事は顔を見合わせた。

イーライはため息をついた。


「ぃぃぜ。ただし手短かにな。」


---------------


……落ち着け。


ミラルカは一度、肺の奥まで息を吸い込んだ。

吸血鬼としては意味の無い行動だとわかってはいた。だが昂った気を落ち着けるためには有効だ。


感情で牙をむくのは、メイドとしては三流だ。



「ヴァルコバ伯爵家の敷地に立ち入る資格があるかどうか――」


ミラルカ、眼鏡のブリッジをくいと指で押し上げた。


「わたしが確認します。」


二人の刑事は身構えもしなかった。


「伊達メガネかな?」

「レンズは入ってるけどたぶん魔術的な媒介に使用するものだね。

近視の吸血鬼なんてみたことないよ。」


勝手なことをくっちゃべっているのが聞こえて、ミラルカは頬が熱くなるのを感じた。


こいつら!

こいつらったら、もう!!


……正直に言えば。

この二人は、嫌いじゃない。


レリアお嬢様を救ったことも。

彼女が“外の世界”を知るきっかけを作ったことも。


でも――

それを認めることと、職務は別だ。


「庭へ」


ミラルカは背を向け、正門を開く。


石畳の中庭。

装飾は少ないが、動線は殺し合いのために最適化されている。


(……相変わらず、無茶な造り)


まず、鋼糸を三本。


指先の動きだけで、空気に張る。

視認できない高さ、呼吸の位置。


「言っておきますが」


振り返らずに言う。


「殺しません。

ただし、通れなければ不合格です」


「ずいぶん親切だな」


イーライ刑事が笑う。


……そう見えるなら、それでいい。


最初に動いたのは、ノア刑事だった。


静か。

音を立てず、空気の揺れも最小限。


(……なるほど)


視えていない。

でも、感じている。


一歩、二歩――

鋼糸の“間”を正確に踏む。


「っ!」


ミラルカは即座に糸を一本、下げる。


床から立ち上がる鋼糸。

足首を絡め取る軌道。


だが、彼は躊躇なく後退した。


転がるように距離を取る判断の速さ。


(切り札なしで、これ……)


イーライ刑事は、正反対だった。


真正面。


力任せでもなく、慎重すぎることもなく。


“切られる前提”で踏み込んでくる。


袖が裂ける。

皮膚には届かない。


「……ちっ」


舌打ち。


(それでいい)


ほんの一瞬だけ糸を緩めた。


二人は、同時に止まる。


――ここまで。


「合格。」


自分でも驚くほど、あっさり言葉が出た。


「ダンカン様に、お取次ぎします」


二人が、目を見合わせる。


ノア刑事が、穏やかに言った。


「いやダメだな。」

「うむ。一張羅のジャケットを切り裂かれてしまった。これは俺たちの負けだ。」

「残念だな。帰るしかないか。」


ち、ちょっと待ってよおっ!


「取り次ぐって言っるじゃない。」


「いやよくよく考えたんだが、下賎な人の身であって貴族の屋敷を尋ねるなど無礼極まりない。」

「そうだな。ここは失礼してあらためて、レリアかミルドレッドと一緒に」


「だ、ダメだから! 帰っちゃダメだから。」


ミラルカはあわてて、帰ろうとするノアとイーライの前に立ち塞がり、両手を広げた。


二人の刑事は。


笑っている。


からかわれたのだ。


「ほんとに。もう!! あなたたちは。」



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