第2話 二人の不良刑事の嘆きと白狼姫の到着〈改〉

「報告書はおまえらが書いておけ。

出来れば事故がいいな。貴族が『殺された』というのはなにかとやっかいだ。」



上司であるマクドウェル警部はそれだけ言い残すと、背を向けて執務室の奥へ消えた。


イーライは背中を睨みつけた。


午前八時。

眠も取らず、冷めた血の匂いだけが鼻腔を支配する。

疲労の色はじっとりと二人の眼の下を濁らせ、怒りだけが起き続ける理由になっていた。


「……事故、だとよ。」

『墓掘り』イーライは唸るように言った。太い指に挟まれたペンが折れそうな音をたてていた。


彼のバディである『棺桶』ノアは鏡に向かって寝癖を直しながら肩をすくめた。

癖毛がどうにか収まると、今度はネクタイの結び目をきっちり揃える。


「“やっかいな死体は無かったことにしたい”。

あの人の政治観はいつも分かりやすいね。」


「冗談じゃねぇ。きれいに真っ二つにされた死体を“事故”にすんのか。

無理があるにも程がある。」


「腰から真っ二つ、だ。逆に言えば、そのくらいの大事故なら、若い吸血鬼になら十分致命傷だ。“大型扉に巻き込まれた”とか“機械の事故”とか、後付けしようと思えばできるだろう。

ほら、報告書を書くぼくらまが死ぬほど苦労するだけで。」


死体は――。

きれいに両断されていた。

丁度、腰の当たりだ。


死因は失血死。

歳をへた貴族ならば心臓さえ損傷しなければ、それは致命傷にならない。

だが亡くなった可哀想なジョン・バートン青年はまだ「なって」八年と六ヶ月。


不老不死を夢見て、貴族の仲間入りをしたものが、それだけの年月で命を失うというのはなんとも皮肉に感じられた。

いや。

そうでなくても成り立ての吸血鬼はよく死ぬ。


吸血鬼への生まれ変わりは、それまで培った理性や知識をいったんリセットしてしまうのだ。

残るのは温かな血液への渇望のみ。

何も分からずに陽光の下に飛び出せば、硬直ののち凄まじい苦痛の中での死だ。

そうならないために、ルクセイン学院では吸血鬼になったばかりの者には里親をつける。

理性を取り戻すまで、その者の行動をコントロールし、その後は吸血鬼に相応しい魔術、体術を教えこみ、血の吸い方をレクチャーし……。

そこまでいくには数十年はかかる作業だ。


単純に再び言葉をしゃべれるだけ三年はかかる。

家族との再会には十年か。


八年半でひとりでの外出を許されていたバートン君はかなり優秀な部類だった。


「……寒ぃな。朝霧まで血に染まって見えやがる」


太い腕を組んで立つ『墓掘り』イーライはようやく白んできた外を見ながら吐き捨てた。

声は地の底から響くように低く、不機嫌なのが丸わかりの濁った気配を帯びていた。


「報告者は任せるぜ、ノア。」


「その件はコーヒー飲んでから、あらためて相談しよう。」

二枚目半の青年は、陽気にそう言った。

「コーヒーを入れるから、すわってくれ。」


「随分と気が利くじゃねえか、『棺桶』ノア。」


「当たり前だよ。殺されたのはルクセイン学院の卒業生だ。あの学院長が事故死で済ませるわけがない。」

『棺桶』は肩をすくめる。

「誓ってもいいが、昨夜のうちに、我らが白狼姫と連絡をとっているだろう。

午前中には、かのお姫様が怒鳴り込んでくる、というのがぼくの予想だ。」


「そいつはハズレだな。」


ノアが眉を上げた。


「来ないのかい?」


「もう来たんだよ。たった今。」


駐車場のほうから怒号。

制服警官の慌てた声、ドアが乱暴に叩きつけられる音。


――金属が悲鳴をあげて止まるような急ブレーキ。


イーライとノアは視線を交わす。


ふたりが外に出ると、そこには錆びた外装の古いセダンが斜めに停まっていた。

駐車区画の線など完全に無視した角度、人間の倫理観とほぼ同じ扱いだ。


車から降り立った女がいた。

黒革のコート、白銀の髪、無表情の蒼い瞳。

怒ってはいない。ただし機嫌が良いとは誰も言わない――そんな顔。


制服警官が怒鳴り散らしてる。


「おい! ここは一般車両の――」


女は一切相手にせず、歩き出す。

警官は腕を掴もうとし――


その手は、瞬きをするより前に背後の地面へ叩き伏せられていた。

加減されている、だから骨は折れていない。

だが、誰も止められない。


静かに、冷たく、ひどく自然な動きだった。


イーライが割って入る。


「やめろ、そこまででいい。レリア。」


蒼い瞳がこちらを向いた。


どこかで冬が形を取って、人間の姿をしているのだと錯覚するほどの冷ややかさ。

それでも、イーライにはその奥の火を知っていた。


ノアは胸に手を当てて芝居がかった仕草を見せる。


「お姫様のご到着だ。朝から警察署の空気が澄むね。」


レリア・コヴァレットは、わずかに眉を動かしただけだった。


「昨夜の件。報告を。」


イーライとノアは沈黙し、周囲の視線が二人へ集まる。

上司の命令――“事故扱い”――が頭にこびり付く。


レリアは静かに言った。


「私は事故の調査に来たわけじゃない。

 ――殺した“何か”を、見つけに来た。」


凍り付く沈黙。

制服警官たちは言葉を失い、誰も目を合わせられない。


ノアが一歩進み、肩をすくめて笑った。


「だったら……ぼくらの仕事は、まだ続くってことだ。」


イーライは息を吐いた。


上司の命令より、政治の都合より、

――“真実を無かったことにしない誰か”がここに来た。


そして誰よりも分かっていた。


「ここからが地獄の始まりだ。」

つぶやいたイーライの肩を、ポンポンと叩きながら、レリアが笑った。


「ステキな地獄にようこそ! さあ、さっそく可哀想なバートンの里親のところに聞き込みにいくわよ。」


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