第5話 静かな夜は、誰も静かではない

模擬戦は明日。

それが発表されると、学院中がざわついた。


対戦カード:御影静麻 vs 白丹玻璃


掲示板にその文字が刻まれた瞬間、視線のすべてが静麻に向けられた。

期待、疑惑、恐れ。

それらが混ざり合い、彼の背にまとわりつく。


静麻は、無言で教室を出た。

誰とも話すつもりはなかった。

戦う理由も、勝ちたい理由もない。

ただ、やらなければ終わらないという、それだけだった。


夕暮れの校庭。

風が木々を鳴らし、赤い影が地面に伸びる。


静麻は校舎裏に身を寄せ、空を見上げた。


「……本当に、何をやってるんだろうな、俺」


勝てば目立つ。

負けても目立つ。

どちらにしても平穏は遠ざかる。


「逃げるって選択肢はないの?」


不意に声が降ってきた。

振り返ると、制服の裾を揺らしながら、玲花が立っていた。


夕焼けに照らされた銀色の髪は、どこか鋭い。

だがその瞳には、今だけは静けさがあった。


「逃げても、同じことが繰り返される。あなたが“出来る”限り」


言葉は淡々とした事実に過ぎないのに、妙に深く刺さった。


「才能は、隠せないの?」


玲花の問いは、ただ純粋な疑問だった。

馬鹿にしているわけではなく、羨望でもない。

ただ“知りたい”だけの言葉。


静麻は少し考え、苦く笑った。


「隠せるなら、隠してるよ。俺は……最強になりたくない」


「なりたくない?」


「成るつもりがないのに、勝手にそうなるのが嫌なんだ」


沈黙。


玲花の瞳がわずかに揺れた。

彼女は、努力して強くなる道しか知らなかった。

“望まない強さ”があるなんて、理解できない。


理解できないのに――彼の言葉に、何故か痛みを感じた。


「それ、羨ましいなんて思わない」


玲花は静かに告げた。


「努力して届かない強さなんて、私には“価値がない”」


言い切ったはずなのに、胸の奥では何かが軋む。


羨ましくない。

認めたくない。

でも、彼が嫌っているものを、自分は追い求めてる。


玲花は目を逸らし、小さく息を吐いた。


「だから、明日は……全力で来て。中途半端は嫌」


静麻は目を見開いた。


玲花は、彼を倒したいのではない。

ただ、努力を侮らせたくない。

努力が“弱さ”と思われたくない。

そのために戦うのだ。


「努力を守るために、戦うのか」


静麻がそう呟くと、玲花は短く頷いた。


「私は努力して強くなる。あなたみたいに“持ってるだけ”じゃない」


しかしその言葉には、もう嫉妬や敵意はなかった。

むしろ――彼に、認めさせたいという意地。

そして、自分も彼を理解したいという僅かな願い。


夕日が、二人の影を長く伸ばす。


一方、その頃。

生徒会室では、白丹玻璃が椅子にもたれ、ひとり笑っていた。


「努力は、優秀を証明するためのものだ。

そして優秀じゃない者は――排除されるべきだ」


その瞳には、玲花への執着が宿っていた。


努力でしか立てない舞台に、努力以外の者が立っていては困る。


だから、静麻を排除する。

玲花のためではない。

自分のために。


静かに、確かに、炎が広がっていた。


そして夜が訪れた。

明日の模擬戦――


静かに生きたい災禍と、努力で生きる雷迅が、真正面から衝突する。


誰も、静かな夜など過ごしていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る