第4話 挑発と沈黙
魔導競技会――それは、新入生が初めて公式の場で魔法を披露する催しだった。
校内の力関係に影響することもあり、観客席には教師、上級生、生徒会役員までもが並ぶ。
その熱気の中心に置かれるのは、まだ十代の新入生たち。
静麻は、その人混みを見渡しながら思った。
「……まったく、面倒だ」
観客の声に期待と好奇心が混じる。
挑戦状を叩きつけたのは、もちろん白丹玻璃。
そしてその挑戦は、暗にこう言っている。
“努力以外の才能は許さない”
準備エリアで待機していると、玲花が静麻のそばに寄ってきた。
彼女は表情を崩さないが、声色に焦りが滲んでいた。
「御影くん。……さっきのこと、気にしてない?」
「気にしてない」
即答した。
気にしてはいない。興味がないだけだ。
玲花はわずかに目を細め、息を吸う。
「玻璃副会長の言葉、放っておけない。努力してきた人が、否定されるなんて――」
「それは君の問題であって、俺の問題じゃない」
冷たくも淡々とした返答。
玲花は一瞬言葉を失った。
だが静麻は続ける。
「けど、君が嫌そうなのは分かる。……だから、付き合うだけ」
玲花の表情が、わずかに揺れた。
怒りではなく、驚きでもなく――理解されたことへの微かな戸惑い。
「……ありがとう」
それは、努力の人間が、初めて“自分以外”に向けた感謝の言葉だった。
試合開始の合図が鳴る。
競技会の戦いは、魔力の制御と攻撃の精度、詠唱速度などを競う形式。
だが玻璃はルールの隙を巧妙に突く。
「御影くんの番は、天霧さんの後にしようか」
観客席にちょっとしたざわめき。
玲花の演技直後に静麻。
比較され、意図的に偽りの“格付け”を生む配置だ。
玲花は静麻を一瞬だけ見た。
静麻は目を逸らし、短く吐き出す。
「やりたいようにやれ」
玲花は静かに頷いた。
そして、玲花の番が来た。
「雷迅、展開。《蒼閃》」
雷が一閃し、青白い光がコロシアムに走る。
観客席がどよめき、成績表に“第六階梯:高精度”の文字が浮かび上がる。
彼女は確かに努力の天才だった。
やがて静麻の番。
先ほどの歓声が、重圧のように背にのしかかる。
彼は試験台へ立ち、心の奥で呟いた。
本当に、俺の人生はどこへ行くんだろう。
試験官が頷く。
「準備ができたら、開始してくれ」
静麻は、無属性の魔力を指先に纏わせた。
詠唱を短く、抑えて、抑えて――
「――《礫弾》」
淡い光弾が飛び、標的に直撃。
威力は抑えた。詠唱も短い。
それでも――石碑に刻まれた数値は、観衆の想定より遥かに高い。
「第四階梯……上限……!」
「また上限?」「え、これ第七階梯の威力……?」
試験官の眉がわずかに跳ねた。
静麻は思った。
抑えても抑えても、日常が遠ざかっていく。
その時、観客席の上段から声が響いた。
「御影静麻を疑うべきじゃないか?」
玻璃だった。
笑みは浮かべたまま、声だけが鋭かった。
「彼は、詠唱を“省略”している。
詠唱を省略できるのは、禁呪級の使い手だけだろ?」
ざわめきが広がる。
疑い、恐れ、不安。
人々の目が、静麻を探り始める。
玲花が席を立とうとする。
だが、静麻は動かない。
彼はただ、深く息を吐き、静かに呟いた。
「今さら疑われるのに慣れるしかないか……」
そして、苦笑するように、自嘲するように、ゆっくり顔を上げた。
「俺が詠唱を省略してるかどうか――確かめたいなら、戦えばいい」
玻璃の笑みが微かに揺れた。
「面白い。模擬戦を申し込むよ、御影静麻」
火種は、もはや炎だ。
そして、次の幕が上がる。
努力と嫉妬、才能と平穏。
静かに暮らしたい災禍と、努力で天に届く少女が、同じ舞台に立ち始める。
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