灰は灰色
江戸川雷兎
000 Pon De Replay(再生してね)
再生ボタンを押す。映像が動き出した。
最初に映っていたのは、黒い革靴。そしてその下には火山灰にまみれたコンクリート。革靴を履いた足が足踏みをすると、積もり積もった火山灰が乱れ、足跡がついた。
『すごい灰だ』と動画の撮影主の声が入った。
カメラが上を向き、階段が映し出される。全体像が映り、そこが二階建てのアパートの階段だということがわかる。
視線は再び足元へ。階段の一段一段が映され、そこにも大量の灰が積もっているのがはっきりと確認できた。足跡は確認できない。
『何かがおかしい。だから、僕はこうやって撮影している。事件だ。「助けて」って連絡があった。ここに女の子がいるに違いない。走り回って、最後にここに辿り着いたんだ。何者かに襲われている可能性がある。僕は武器を持っていない。このスマホのカメラだけが犯人を追い詰める唯一の武器――』
撮影主は説明口調でそう言って、階段に積もる処女灰を踏みしめて昇っていった。真ん中くらいまでは足元が映され、それからカメラは上に振られ、階段の上部、そして二階の廊下が映された。足元の灰には乱れた痕跡はない。
『優乃がいるのは、二階、202号室――』
撮影主は周囲を確認したのか、それに合わせてスマートフォンも照準がずれ、目まぐるしく映像が切り替わる。
廊下に到達し、再び映像は足元を向く。足跡のない中を、撮影主は歩いていく。
二部屋目、202号室。撮影主の手許。おそるおそるドアノブへ手が伸びる映像。
ドアノブをひねる。しかしノブは回らなかった。ガチャガチャと揺らすも、扉が開く気配はない。
『鍵がかかってる』
開かない扉の映像がしばらく続いたあと、撮影主は踵を返し、映像が元来た道――廊下と階段へと向いた。
『窓から中の様子が伺えるかも』
階段をそっと降りる撮影主。そのまま映像はアパートを回り込み、今度はアパート全体の外観がはっきりと映された。
『――開いてる』
離れたところから撮られた映像。アパートの二階、202号室は窓が開け放たれており、カーテンが風ではためいていた。カーテンをはためかせる風でアスファルトの上の灰も巻き上げられ、撮影主は灰を吸い込んだのか、大きく咳き込んだ。
『部屋の中から人の気配はない。ベランダからよじ登れば、中に入れるかも――』
映像が大きくぶれ、画面が真っ暗になった。スマートフォンが撮影主のポケットに入れられたのだ。撮影主が灰を踏む音だけが響いてくる。
暗闇の中で光がかすかに揺れる。
『――おい、嘘だろ』
そんな呟きのあと、再び映像が光に晒された。
最初に映ったのは、開け放たれたサッシ窓と、揺れるカーテンだった。
揺れるカーテンの向こうに、投げ出された足があった。白い靴下を履いており、下半身はスカート姿。そのスカートは、既視感のある天文館高校の制服だった。
『優乃!』
撮影主は叫び、ベランダの手すりを乗り越えようとする。そのとき、ベランダのコンクリートも映像に収められていた。そこにも灰がしっかりと積もっており、そして足跡の類はなかった。
撮影主は革靴のまま、灰まみれの部屋に飛び込んだ。
映像は部屋の中へ。八畳程度の広さの畳部屋。
その部屋の中央に、天文館高校の制服を着た女子生徒が映っていた。
部屋は灰まみれで、やはり踏み荒らされた形跡などどこにもない。
女子生徒は畳の床と同じく灰にまみれていた。
そして両手両足を無様に投げ出し、目を見開き、動く気配はまったくなかった。
明らかに死んでいた。
『――灰密室』
撮影主の呟くような声が、かすかに入っていた。
映像はそこで終わっていた。
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