第6話 夢の言葉

「……きっと皆さんは、この世界で何度も傷ついてきたはずです。

友達に馴染めなかったり、家族に理解されなかったり、仕事でうまくいかなかったり、努力しても報われない日々を過ごしてきたかもしれません」


 リゼはそっと自分の胸に手を当てた。

 そこにある温かな何かを確かめるように。

 

「でも──それを『弱さ』だと卑下しないでください。

 貴方が苦しんだのは、この世界が貴方の感性に合わなかったから。貴方の周りの上手く生きている人たちは、この世界に魂の波動が合っているだけ。

 だからずっと、皆さんも生きづらかったのでしょう。

 わかります。……私もずっと、ただ生きているだけで辛かった」


 奥歯が震え、表情筋が震えた。

 こんなに綺麗な人なのに、似たような痛みを持ちながら生きていたなんて。


「そして──異世界で目を覚まし、魔力を覚醒させ、騎士団長として戦うようになって初めて、私は気づいたのです。

 認めてくれる人がいる場所、居場所がある世界では、人はどこまでも強くなれる、ということを」


 リゼの声が、少しだけ大きくなった。

 強い意志を持った女性の、それを体現する重心のある声だった。


「ここに集まって下さった皆さんには共通点があります。

 私の騎士団の部下が日本で必死に探してくれた、強いマナコアを持つ者。

 その力がリューゲンヴェルトの魔力の源泉、マナフィールドと共鳴している者……そして私の魂の奥にあるマナコアと、同じ波動を持つ者。

 皆さんが今ここにいるのは必然なのです。必要とされ、導かれてここに来たのです」

 

 俺は鼻をすすった。気のせいか、会場内に少し甘い匂いが漂っているような気がする。


 かすかに分かる果物のような匂いを気にしながら、俺は耳を傾けた。


「皆さんが今日ここに来たのは偶然ではありません。私の中のマナが、貴方の魂の中にあるマナコアと共鳴し、呼び合ったのです。

 全人類の中でたった数十名の魂だけが、私のマナに反応したのです。

 それは、貴方にしかない「マナの波動」があるからです。だから選ばれたのです。

 私はあなたのことを知っています。あなたがどれほど傷ついてきたか。誰にも気づかれず、見捨てられてきたか。どれほどたくさんの大切なものを諦め、泣いてきたか……」


 甘い匂いが広がる中、俺は頬骨の奥がつんと痛むのを必死で耐えた。

 そうでなければ、涙で視界が滲んでしまいそうだった。


 こんなふうに、俺の苦しみを認めてくれる人なんて、これまでの人生でひとりもいなかった。

 痛みや苦しさや寂しさを吐露しても、大げさだ、みんなそうだ、かまってちゃん、と笑われることしかなかったから、いつしか痛みを黙って堪える癖ができていた。


 美しいリゼが客席をまっすぐに見ている。

 透き通った泉色の瞳が、こちらを見ている。


 理性では、これは自己啓発セミナーみたいなもんだ、現実味がない話で慰められたいるだけなんだ、と分かっていても、その青に惹かれてやまない。


 そして、新しい魂を祝福する聖母のように、ゆっくりと微笑んだ。


 まるで俺だけのことを見てくれているような錯覚に陥った。


「私はこうして、貴方の魂に隠された魔力を見つけることができました。

 貴方がこの世界で『負け組』『落ちこぼれ』と感じているのなら、それはこの世界が貴方の居場所ではなかっただけ。

 リューゲンヴェルトなら──貴方は戦えます。救えます。必要とされます。誰よりも、私が貴方を求めています。

 ……どうか、私と共に来てください。この世界よりも、貴方にふさわしい場所へ!」


 リゼは客席に手を伸ばし、叫んだ。

 壮大なシンフォニーが流れ、スタッフから拍手をし始める。


 俺含め参列者も、それにつられるように拍手をした。

 しかし、一部の人間は立ち上がり、笑いながら後ろの出入り口から去っていった。


 俺はリゼの言葉が肋骨のあたりに温かく染み入るのを感じて、唇を引き結んでいた。


 ──そんなふうに求められたことなんて、これまでの人生で一度もなかったから。


「……私の話は以上です。最後に、私がリューゲンヴェルトから日本へ持ってきた、騎士団長の聖剣を皆さんにお見せします」


 会場がさらに暗くなり、リゼの上下から淡いライトが当たる。

 そしてリゼは演台の横に立つと、その演台の下からすらりとした剣を取り出した。


 俺は一瞬、息をのんだ。

 客席からどよめきが起こる。

 

 彼女の瞳によく似た水色の装飾が施された柄に、ライトの光をギラリと鋭く反射する刀身。

 彼女の身長の三分の二くらいの長さがあり、光を受けて眩しいほどに輝いている。


 ──こんな、アニメや漫画でしか見ないような大きな剣が、目の前にあるなんて。

 しかも、同じ人間とは思えないほど美しい女性が、それを剣士さながら振りかざしている。


 俺はその光に、青に、輝きに、心を芯まで奪われた。

 その剣で幾度も戦いを切り抜け、誰かを守り、日本では得られなかった勝利や笑顔を勝ち取ってきたのかと思うと、ふいに泣きそうになってしまった。

 

 この世界で生きていた頃、失敗ばかりで、虐げられ、何も特別なものを持たなかったというリゼ。

 そんな彼女が今、青く輝く美しい剣を携え、剣士たちを従え、騎士団長として戦っている。

 

 世界のすべてをひれ伏してしまいそうな光を放つ剣。

 すらりと細いドレス姿のリゼに、それは不釣り合いな大きさだったが、不思議とよく似合っていた。

 

 リゼ。

 貴女は本当に──異世界から来たのですか?


 そう問いかけそうになって、何も声が出なかった。

 ぎらりと輝く剣の光にひるまず、リゼは勝ちどきの声をあげるように剣を頭上へ掲げた。


 そして、まっすぐに、俺を見た。

 ……俺の方を見てくれた気がしたんだ。


 誰からも見つけられなかった、俺のことを。


 リゼは強気な、しかし優しい笑顔で、ここにいる誰しもを戦場に呼ぶ騎士団長の声で、マイクを通さず叫んだ。

  

「貴方の人生は、ここから始まります。

 私は……『貴方』を待っています!」

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