第3話 とりあえずドラゴンを

「はッ!? ここはッ!?」


 意識を覚醒させたロランは周りを見渡す。眼前にはどこまで続く岩の壁。

 自分は谷の底で寝ていたのだと気づく。

 グルル、と背後で唸り声が響いた。


「はあああああああ………嫌だぁ。後ろを見たくねえよぉ……」


 悲鳴のような情けない声を出す。

 それでも、振り返なければ背中からガブリ、だ。

 恐る恐る身体の向きを変える。


 真っ赤なドラゴンがそこにいた。


「ご機嫌いかがですか?」


 『良い訳ないだろ』とドラゴンが吠える。

 ドラゴンの翼は根元からどういう訳か切り落とされていた。谷の底は血で黒々と染まっている。滅茶苦茶痛そうだ。


「大丈夫! 翼は前もって潰しておいたから空に逃げることはないよ! ロランはまだ斬撃を飛ばせないもんね!」

 

 谷の上から声が響く。シンシアだった。


「テメエの仕業か! ドラゴン愛護協会の奴らに襲われちまえ!」


 ドラゴン愛護協会とは、『ドラゴンを保護し友達になりましょう』という理念の元に活動する組織だ。


「あの意味不明な主張をほざく邪教集団なら昨晩壊滅させたよ!」


 シンシアがロランと昨夜別れた後、何をやっていたか明らかになった。


「糞! だったらオレアイツらの意志を継ぐ! だから、オレを食べないで下さいよ、ドラゴンさん。オレはあの女の仲間じゃないんですぅ。むしろ被害者! ドラゴンさんと同じ! だから手を組んで一緒にあの女をブチ殺しましょうよ! へへっ、どうです!?」

「グガァァァァァ!!!」


 ドラゴンが牙を剥き出しにして咆哮した。当然というか、言葉は通じていない。


「畜生が!」


 和解は無理そうだった。

 ドラゴンと人との種族の垣根を超えた友情は成立しそうにない。


「こんな人語を解さない獣畜生と分かり合えるか! ドラゴン愛護協会の奴らは馬鹿だな、滅んじまえ! あ、滅んでた! ざまあねえぜ! ははっ!」


「頑張ってー!! 晩御飯はロランの好きなの作ってあげるからー!!」


「死ねっ!! テメエ後で覚えてろよっっ!!」


 中指を立てた後、ロランは『魅了剣インキュバスソード』ではない、普通の鉄の剣を鞘から引き抜く。その鈍い輝きはドラゴン相手ではあまりに頼りなく見えた。


 しかし、それでもやらねばならない。


「クソがぁぁぁぁ!!!」


 絶叫しながら、ロランはドラゴン目掛けて駆け出した。




「――――いや、マジかよ。はは……勝っちまったよ。人間死ぬ気になれば……なんとかなるもんだな……」


 ロランはドラゴンの亡骸をマジマジと見る。


 勝った。生き残った。


 これで自分もドラゴンスレイヤーの仲間入りだ。ギルドの冒険者たちにもこれで自分を一目置くようになるだろう。


 ただ、実感は全くない。


 我武者羅だった。

 間一髪で牙を避け、迫る爪を剣で弾き、ウロコの薄い部分をひたすら斬りつけた。


 途中からは記憶も朧気だ。

 気づけば、ドラゴンは息絶えていた。


 シンシアが自分を膝枕して、頭を撫でる。


「よく頑張ったね。よしよし」


「オレはガキじゃねえやい」


 パチン、と手を払いのける。


「んーー、ごめん。正直同年代との接触は余りなかったからね。距離感がよく分からないのです。初恋だし」

「そうかい」


 『魅了剣』の影響下にあるのだ。その記憶も何処まで正しいのか。


「まあ、このドラゴンは子どもだったしね」

「これで子供なのかよ」

「大人のドラゴンはもっと大きいし、固いよ。ブレスも吐かなかったでしょ?」

「そういえばそうだな」


 ドラゴンと言えばブレスだ。なるほど、まだ子供で身体が出来上がっていなかったのだろう。

 ………この女ならいつか大人のドラゴンが住む谷にもロランを突き落としそうでる。

 

「そろそろ陽もくれるし、帰ろっか。私たちの家に」


「それ冗談じゃなかったんですね……はあ。そうだな。帰るか…。流石に疲れた。お前にキレる体力も、もうねえよ」

  

 ロランには、もうどうでもいい。ただ、疲れた。

 ロランは立ち上がる。

 シンシアは近くに自生していた木に目を止めた。小さな赤い実がなっている。


「あ、ハッスルグミの実だ。疲労回復に効果があるんだ。待ってて、採ってくるよ」


 シンシアはハッスルグミの木に向かう。


 ロランに背を向ける格好。

 途端、彼の内に巣食う悪魔が囁いた。


 ―――――あの女、油断してるぜ?と。


「まあ、剣を振るう体力はあるけどなぁッッ!!」


 『魅了剣インキュバスソード』を引き抜ぬく。


「いたぁいッッ!!」


 ―――ことすらできなかった。


 シンシアがハッスルグミの実を、『魅了剣インキュバスソード』の柄を握ったロランの手目掛けて勢いよく飛ばしたからだ。


「それは許さない」


 真顔だった。


(わ、笑えよシンシア……)


 帰るロランの足が生まれたての小鹿のように震えていたのは、疲労とは余り関係がない。



 それから。


 ロランはシンシアと共に様々なクエストに駆り出されることになる。

 数多の強敵と(無理やり)戦いを重ねていく。


 それは例えば。

 人里に時折降りる様になったマンティコア。


「はッ…!? またこれかよ! 今日は………マンティコアか!? ………いやまて、こいつは人語を話せるって昔聞いたことが――。オレ、お前の、仲間! 一緒に、あの女、ぶっ殺す! OK?」


「オレ、オマエノ、ナカーマ!」


「おお! 分かってくれたか!? ははは! 見たかシンシア! モンスターと人! 種族の垣根を超えた友情が成立した瞬間を!」


「……盛り上がってるとこ悪いけど、ロラン。マンティコアは確かに人語を話せるよ。でも――――」


「ふははは! いけぇ! マンティコア! オレたちの友情パワーでアイツを倒そう!」


「ナカーマ! ナカーマ! ナカーマ! イッショニ、ブッコロス! 」


「おい、待て。なんでオレの方を向いてる? 待て待てまてよ!? ちくしょうおおおお!」


「マタコレカヨ。モンスタートヒト! ユウジョウパワー! モリアガッテル、マンティコア!」


「――――話せるだけで意味は全く分かってないんだよね。インコみたいに直前に聞いた言葉を繰り返してるだけ」


「ああああああああ! 糞がァァァァ!」


「お、良い太刀筋!」


 それは例えば。

 近隣の村々を襲う強大なオーガ。


「あー、今日はなんだ? 成程、オーガか。この気絶からの今日のモンスターとのご対面、なんだか最近は慣れてきたな。……糞がァ!!」


「人型だけど、人間と同じように戦うと痛い目を見るよ! パワーは兎も角、リーチが全然違うからね!」


「パワーもちげえよ! 人間やめてるお前と一緒にするな!」


 それは例えば。

 数百年に渡り数多の冒険者を返り討ちにした古城の吸血鬼。


「ふん、また来たのか、人間どもよ。人間の愚かさは500年経っても変わらんな。武勇欲しさ、財宝欲しさで、我が眠りを幾度も幾度も妨げる。さあ、何人たりとも容赦せね。物言わぬ屍となるがいい」


「いや、来たというか、連れてこられたというか………この鎖グルグル巻きで地面を転がって連れてこられたオレの姿を姿を見て、よくもまあ動じませんね。年長者なだけはある。まさか、500年前にもこんな奇天烈な格好をした奴がいたんですか?」


「んふふ。最近は首チョップでも気絶しなくなってきたからね。順調に成長してるよロラン!」


 それは例えば。


 ゴブリンの群れ。山を根城にして騎士団でも手を焼く山賊たち。光のささない迷宮に住まうミノタウロス。空から舞い降りるワイバーンの群れ。突然変異で通常の数倍に膨れ上がったスライム。集落一つを生贄にして怪しげな実験をしていた老呪術師。と、彼が呼び出したスケルトンの王、リッチー。


 そして。


 第7迷宮の隠し階段。

 それを降りた先に存在した閉ざされた霊廟。


 それは例えば。

 既に何者かに荒らされた古代の墓を、未だに守り続けていた仮面の魔剣士。


「姫……漸く…漸くまた会えた…!」


 仮面の魔剣士は青白い、恐らく血の通っていない唇を動かす。

 腰に佩いた『永遠剣エターナルソード』により死人と生者の狭間を永劫さ迷う彼は、どういう訳かシンシアの事を『姫』と呼んだ。


「うーん、姫? それ人違いだね」


「まさか。そんな嘘だ! 貴方は姫だ! 見間違えようもない!」


「……それにしても、空間ごと別の迷宮に飛んだってきてたけど、まさか第7迷宮だったとは。期せずして、身体だけ里帰りだね…。うん、笑えない……」


「姫! 姫ぇぇぇ!!」


「だから人違いだって。流石に怒るよ。まあ、貴方もそんなに劣化してたたら、見分けなんかつかない、か…。哀れだね……」


「なんかオレ蚊帳の外っぽいんで帰っていいですか? 後は当事者同士しっぽりどうぞっと……」


「大丈夫、古代の魔剣士さん。貴方の苦しみは今日終わる。ここにいる、ロランが、『私の』恋人が終わらせる」


「き、き、き、貴様かあああああっ! 貴様が俺から姫を奪ったのかああああ! 許さん! 許さんっ!」


「えっ? なんで?」


 それら全てとロランは戦い、それら全てで生き残った。気づけば一か月が経過していた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る