第2話 地雷女

 次の日の昼。

 ロランとシンシアは街の公園で待ち合わせしていた。


 昨日、シンシアに用事があったのは本当だったようで、彼女は涙目になりながらロランと別れたのだった。だから、ロランは次の日何処かで待ち合わせしようとデートの提案をした。


 ロランが公園に着くとシンシアはもう待っていた。

 木の幹に背を預け空を見上げるその姿は、額縁に入れて飾りたい程、絵になっていた。


(やっぱ、コイツ滅茶苦茶美人だよなぁ。性格は糞だけどなぁッ!)


 未だロランはシンシアから受けた罵詈雑言の言葉とシゴキを忘れてはいない。


(とはいえ、こいつの財力と力は最強だ! 存分にヒモとして寄生してやるさ! そして俺のことを散々馬鹿にしてきやがった糞冒険者どもを粛正するのだ! こいつは『魅了剣』の力でオレの虜だから、そんな事も許してくれるだろう。まあ、オレの方がコイツなんかに惚れる事は決してないがな!)


「ん? んふふ。おはよ! ロラン!」


 ロランを見つけたシンシアは満面の笑みを浮かべる


「遅れてすまん、待たせたか」

「ううん、私も今来たところだから」


(あ、今の会話なんか良いな。ちょっとキュンと来た)


 数秒前に惚れることは決してないだろうがな!とか言っていた男の台詞とは思えない。


「ロラン、昨日はちゃんと眠れた?」

「ん? まあ、そこそこ快眠だったぞ? どうしたんだ?」

「いやあ、私の方はお恥ずかしながら眠れなくて」

「昨晩、そんなに忙しかったのか?」


 そんな会話をしていると、


「お姉さま! 本当にそんな男とお付き合いなさるんですか!? 認めません! ボクは認めませんよォォ!」


 何やら銀髪をポニーテールで纏めた13歳くらいの少年が激昂しながら近づいてきた。

 

「このちんちくりんは?」

 

 ロランは自分より背の低いもの対してはマウントをとる。


「ちんち……!?」


「ミハエちゃん。私の従者……のような子だね」


 ロランはミハエの服装を見る。

 白の基調にしたゆったりとした服に腰の銀の剣。


(『教会騎士』か? 確かシンシアも『教会』に所属してたよな)


 聖教と呼ばれるそれは大陸で最大の規模を誇る宗教であり、そこに仕える騎士は教会騎士と名乗っている。

 

「ごめんミハエちゃん。私、これからロランとデートなんだ」


「だからボクは認めませんよォォ! 『教会』だって黙ってない筈で――――」


 バキ!

「うぐっ」


(……こいつ自分を慕う子に対して何の戸惑いもなく手刀を放ちやがった……)


 気絶したミハエをベンチに寝かせるシンシア。


「さ、いこっか」

「お、おう」



 ロラン達は公園内にある湖のほとりに向かう。そこでシンシアが作った弁当を食べた。サンドイッチだが、具は中々に凝っていて、つくるのに結構な時間を要したのは想像できた。


「美味しい?」

「ああ、美味しい」

「ふふ、良かった!」

「昨晩は忙しかったんだろ? つくるの大変だったんじゃないか?」

「うーん。まあね、実はあんまり寝てなかったり……」

「なんか悪いな」

「気にしないで。どうせ寝れなかったから」

「?」

「ロランとやっと付き合えて、おまけに今日はデートだよ! 心臓ドキドキでねむれないよ!」


(……なんだよ。結構可愛いじゃねえか……)


 ロランの中でシンシアの好感度が上がった。


 ……ちなみにロランはモテない。


 一応フォローしておくが、彼の見た目自体は決して悪くない。


 むしろ、かなり整っているといっていい。

 

 エメラルド色の瞳は大きく、本物の宝石のように燦燦と輝いている。肌はきめ細かく、四方八方に飛び跳ねた薄茶色の癖っ毛は少年の面影を色濃く残す。


 ただ、背は男性の平均よりもかなり低く、脱げば筋肉質の鍛えられた身体が露になるものの、骨格のせいか着ぶくれしており、一見では細身に見える。



 つまり、ロランの見た目は実年齢よりもかなーり幼い。

 十代半ば、いや十代前半に見えることすらある。


 そのどこか影のある雰囲気も相まって、雨の降る日に街角の隅にでも立っていれば、仕事に疲れたやや行き遅れの独身女性が「……キミ、行くとこないならウチに来る?」なんて声をかける容姿だろう。


 しかし。

 生憎ロランが出会う異性の殆ど同業者である女冒険者やギルドの受付嬢などである。


 彼女たちが求めるのはそんな庇護欲を擽られる美少年ではなく、凶悪な魔物や盗賊を討伐できるような鋼の肉体を持った筋肉モリモリの豪傑である。


 おまけにロランは万年Dランクの落ちこぼれ。 

 これでは冒険者界隈でモテる筈もない。

 

 正しく需要と供給の不一致。


 そんな理由によりロランは産まれてこの方女性と縁がなく、また己すら知らぬ奥底の本心では女性との交流に飢えていた。


 とどのつまり。

 ロラン・オーギスタは結構チョロかった。


(性格は糞だと思ってたけど、案外好きな奴には尽くすタイプだったのな……)


 この短時間で、彼は殆ど攻略されかかっていた。

 ロランはバズケットを片付けるシンシアの顔を盗み見る。


(シンシアっておっぱい大きいし、美人だし、『剣聖』だし、おっぱい大きいし、何度も言うけど見た目は最高だよな。性格は軽く糞だけど、好きな奴に対してはそんなことないみたいだし……うん、最高だろっ!)


「さて、腹ごしらえもしたし、そろそろいこっか」


「行くってどこに? 散歩か?」


「んふふ。勿論ドラゴンの討伐だよ!」


「…………………あぁ、すまん。多分聞き間違いだわ。もう一回いってくれる?」


「だから、とりあえずドラゴンを倒しに行こ? ロラン」


「あぁ、やっぱ聞き間違いじゃなかったかぁーーー」


 すううう、はあああ。

 と、大きく息を吸って吐き、ロランは尋ねる。


「いや、なんで? ……なんで!?」


「決まってるよ。私は貴方を愛してる。アイラブユーだよ」


(何故異国の言葉で言いなおした)


「だけど……本当に悲しいことに、私とロランがこのままでは結ばれることはないと思うんだ。現状貴方は万年Dランクの味噌っカス冒険者だから。このままでは周りは私たちの恋仲を認めはしない筈」


「容赦ないですね……。お前ほんとにオレのこと好きなの?」


(ちゃんと『魅了』効いてる?)


 ロランは訝しむが、シンシアはそれに反論する。


「愛してるよ!……兎も角、ロランには実績が必要なんだ。私と釣り合うくらいの。だから、とりあえず!ドラゴンを狩りにいこう!」


「ドラゴンてそんなイチゴ狩りいくみたいな軽いノリで倒せるもんなの?」


「いけるよ。何せ! ロランは私が愛した男だからね!」


 自信満々にシンシアは言い切る。


 が、

「恋は盲目って言うけど、そこの審美眼はちゃんとして欲しいですね。オレの命に関わるんで」


 例えシンシアがロランのことを信じていても、ロラン自身は自分のことをこれっぽっちも信用できなかった。


「ふふ。さあじゃあ行こうか、ロラン。大丈夫、ギルドでの手続きはすませてるから! あと、新しい一軒家を買っておいたから。今日から私たちはそこに住むんだよ」


「おい! 待て! 家!? 初めて聞いたぞ!?」


「今初めて言ったからね。あ、ギルドに行く前にアパートの解約を済ませないとね!」


 けろりと言い切るシンシアにロランは戦慄する。

 と、同時に確信した。


(ああ、この女)


 間違いなく。


(地雷だ)


 シンシアはロランがヒモになる事を決して認めはしないだろう……どころの話ではない。


 彼女と一緒にいたら、間違いなく命がいくつあっても足りない。


 また、シンシアは己に何の相談する事なくドラゴンの討伐や家の購入ついて進めていた。そんなこと、ロランは全く望んでいないというのに。


 まるで、愛の押し売りだ。

 思い込んだら、一直線に突っ走る。こちらの都合もお構いなしに。


「―――――チェンジでッッ!!」


 いうや否や、ロランは『魅了剣』を抜き、シンシア目掛けて『雫』を飛ばす。しかし、シンシアはそれを難なく避ける。


「二度目は食らわないよ」


 シンシアは黄金の瞳でが『魅了剣』を捉える。

 薄い唇が弧を描いた。


「『魅了剣インキュバスソード』の『雫』に一度当たった者は持ち主の虜となる。だけど、二度『雫』に当たった者は元の状態にもどる、でしょ?」


(何ぃ!?)


 ロランは驚愕し、僅かに言葉に詰まる。


(シンシアは『魅了剣インキュバスソード』の事を知っていた!?)


 昨日の言動からして、『虜』になった時点で知っていたのはあり得ないだろう。ならば、別れた後に調べたのか。正解は分からない。


 どちらにせよ、


(『魅了』が解けた瞬間、オレはシンシアに殺されるかもしれない! しかし……しかし! このままだと、どっちにせよドラゴンに殺される! シンシアとドラゴン…。恐ろしいのは間違いなくシンシアの方だが……一応! 一応シンシアとて人だ! 誠心誠意謝罪しまくれば半殺しくらいで許してもらえるかもしれない。言葉の通じない魔物よりもこっちの方が生存の確率は上がる、か。ならばっ!)


 一瞬の長考。


「もう一度この『雫』に触れれば、『魅了』は解ける! 今のお前は正気じゃないんだ!」

「『魅了』を解く?………それは駄目だよ」


 シンシアの顔から笑みが抜けた。


 ロランは知った。

 人形のように整った彼女から相貌から感情が抜けると、まるで本物の人形ように不気味な顔になるのだと。


「ひっ!? お、お前オレのこと好きなんだろ!? だったらオレの言う事聞いておけよ!」

「好きだからこそ、ロランのことを考えているからこそ、その言葉には従えないね」

「うわあああ! 来るなああ!」


 ロランはダッシュで逃げるが、すぐに落いつかれる。手首を掴まれ、逃走は最早不可能だった。


「逃がさないよ」

 トン、首筋あたりに、ロランは衝撃を感じた。


「ちょっと、眠っててね」


 そして彼の意識は闇の中に消えていった。

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