先生と禁断の恋、始めません。
五月雨恋
第1話 転任してきた先生①
「付き合ってください!!」
声が響いた瞬間、空気が止まった気がした。
ここは学校の進路指導室。
私の目の前には、退職届をラブレターのように差し出す男が、腰を90度に折ってお辞儀している。
……いや待って、何その姿勢。なにその勢い。
しかもそれ、マジで辞表じゃないの?え、マジで?
私の淡い恋心は出会って五秒で、変な方向に行ってしまったのかもしれない。
――ちょっとだけ、時間を巻き戻そう。
* * *
真っ青な空。少しだけ開いた窓から吹き込むのは、生ぬるい風だった。
まだまだ全力で鳴き続ける蝉の声が、「夏は終わってないぞ!」としつこく主張してくる。
私はというと。
夏休み前になんとなくで付き合った彼氏と夏に入ってすぐ、なんとなくで別れた。
特に泣くでもなく、寂しいわけでもなく。
そのあと友達と遊び惚けて、寝て起きて、気づけば休みは終わっていた。
今日から二学期。前の席に座るミカがさっそく振り返ってきた。
「へい!葉月ー!」
「はいはいなんでしょー?」
「代わりの担任って誰だろうね?」
「あー、知ってる先生なの?」
「いや、なんか転任で入ってきた人らしいよ! しかも男!」
「ふーん。興味ないなぁ」
ミカは「イケメンかもよ!?運命の出会いとかさー」とか騒いでいたけど、私はそっと窓の外を見た。
普通の高校生らしく、恋や部活や勉強に一生懸命になって青春するものだと思ってた。
部活と勉強はピンとこないし、特に恋愛とか……マジ面倒くさい。期待されるのも、気を使うのも、しんどくなるだけだった。
ましてや教師との恋なんて……そんなの、映画やドラマの世界じゃない?
ないない。絶対にありえない。
――はず、だった。
チャイムが鳴って、教室のドアが開いた。入ってきたのは、ひょろっと背の高い男の人。
軽くセンター分けしたくせ毛、銀縁の眼鏡。白い肌に、眠そうな目。
服装も、姿勢も、なんとなく真面目そうというか、やわらかそうというか……ここだけの話、地味にタイプだった。
「おはようございます。北浜高校から、白井先生の代わりに来ました、
教室がふっと笑いに包まれた。
文学青年にしては、ずいぶんニュルッとしたテンション。でもなぜか、その不思議な温度感に惹かれてしまう。
そのまま出席が始まる。
「
名前を呼ばれた瞬間、少しだけ、背筋が伸びた。
「……はい」
なるべく普通のトーンで返したつもりだったけど、目が合った瞬間、胸の奥に麻酔を打たれたみたいな痺れが広がった。
その眠たげな目を前に、私は慌てて視線を逸らした。一から十まで数えきる前に……落ちてはかなわない。
……誠に不本意ながら前言を撤回しよう。私はあろうことか、先生に一目惚れしてしまったのである。
前方に座るミカの金髪ツーサイドアップを見つめつつ、私はこっそりと
あーでもでも。ガチ恋か? って言われると微妙。よく分かんない。
――それから数日後。
私は放課後、「進路について相談したいです」と進路指導室を訪れたわけなんだけど。
「付き合ってください!!」
目の前では、ちょっと素敵な先生
始まってすらいない私の恋は、ガラガラと音を立てて崩れたのだ。そしてその残骸は、面倒くさく固まっていく気配しかしなかった。
……で、なんで退職届持ってるの??
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます