ページを超えた少女 ー無名勇者の黙示録ー

セモピヨ

文学少女、戦場へ

 私は、高野灯里。

 地味で、目の前に落ちた髪がよく邪魔をする文学少女。

 クラスでは空気のような存在で、誰かが騒いでいても本を読んでいれば、世界と自分がまるごと切り離される。


 ――本の世界に“入り込む”のが、昔から得意だった。


 子供の頃からそうだ。

 主人公が泣けば胸が痛むし、主人公が怒れば鼓動が熱くなる。

 ページをめくるたび、自分が物語の中に滑り込んでいく感覚があった。


 だから、私は物語が好きだった。


 最近、気になっている“ある都市伝説”がある。


 ――『絶筆になった小説。最後の一行が書かれないまま作者が消えた本。読んだ者の人生が変わる――』


 ネットの片隅で見つけた噂に、私は一瞬で惹きつけられた。


 その小説の題名は《無名勇者の黙示録》。

 誰も最後まで読んだことがない。

 近隣の図書館にもない、出版記録すら不明。

 それでも、どうしても読みたくなった。


 数日かけて図書館や古本屋を巡り、最後は骨董品屋の埃だらけの棚に――それはあった。


 店主は、何故かタダで譲ってくれた。

 家に帰り、机の上で本を開く。


 黒い表紙。

 金で描かれた奇妙な紋様。


 開いた瞬間、ページが一瞬だけ光った気がした。


 ――あ、私この物語に“入る”。


 文字を見た瞬間、頭が本の中に吸い込まれるような感覚に襲われ、世界が裏返った。


 次に気づいたとき、私は荒れ果てた草原に立っていた。


 大地は砕け、遺跡は原型を失った瓦礫の山。

 砕けた岩盤に風が抜けるたび、砂塵が舞い上がる。


 上空には暗雲。地面には焦げ跡。

 前方では――一体の龍人が、雷を纏いながら五人の敵幹部と戦っていた。


 「……光る龍……?」


 龍人のライゼルは全身に裂傷を負い、体力は半分。

 呼吸だけで痛む肋骨を押さえつつ、視線だけは敵幹部から離さない。


 勇者クロガネは膝をつき、呼吸が荒い。

 敵幹部、光使いのガルドに舐められ続けている理由が、今の姿でよくわかる。

 勝ったことがない。仲間を殺され、逃げた記憶だけが胸に刺さったままだ。


 魔法使いルリは震える手で杖を構え、必死にクロガネと自分にバフ魔法を重ねる。

 魔力は底をつき、喉には血の味。

 命を魔力に変えてでも一撃を放つ覚悟は――すでに決まっていた。


 そのとき、周囲を裂くように岩の雨が降り注ぐ。

 敵幹部、岩使いのミーナが地形そのものを飛ばす「岩砲撃」。

 瓦礫が弾丸のように飛び交い、炎や氷、光の破片も戦場を覆う。


 戦場は原型を失い、五人の敵幹部、ヴァルター(氷)、ラヴィア(炎)、ミーナ(岩)、フェリクス(拳)、グラム(大剣)がライゼルに猛攻を続けていた。



 手の中には、あの黒い本。

 今日は、2ページだけ読むことにする。


 1ページ目――ライゼルは敗北し死亡、ルリはクロガネを逃すために命を魔力に変えて自壊する未来。

 2ページ目――クロガネが絶望に飲まれ、無力さに押し潰される感情。


 「……冒頭からこんな暗い物語は初めてだ!」


 本を閉じ、深く息を吸う。

 痛みも疲れも追体験だから、私にできることを探す――迷いはない。


 瓦礫の陰から飛び出し、岩弾を弾き返しながら、クロガネの元へ駆ける。


 「クロガネ!ルリ!逃げて!」


 二人は驚き、足を止める。

 ライゼルは一瞬視線をアカリに向け、状況を冷静に判断。


 ガルドの光の礫も、アカリの体で弾かれ標的には届かない。

 ヴァルターとラヴィアも攻撃を中断し、敵幹部の間に一瞬の沈黙が訪れる。


 アカリは無自覚ながらオートバリアで攻撃を受け流し、クロガネ達の元に到達する。



 ライゼルは決断する。

 体を雷に変え、アカリ・クロガネ・ルリを抱え込む。

 閃光とともに瞬間移動――敵幹部には追えぬ速度で、三人は安全圏へ運ばれる。


 体にかかる負荷は凄まじい。肋骨や内臓は痛みを伴う。

 しかし、全滅するはずだった未来は書き換えられた。


 ――未来は、変わった。


 廃教会にたどり着き、ルリはライゼルの治療を始める。

 バフ魔法しか使えない彼女は、キズ薬でできる範囲の応急処置を行う。


 私は息を整え、本を抱きしめる。

 クロガネは半信半疑で、ルリは驚きと安堵、ライゼルは横で休む。


「……君、本当に大丈夫か?ケガは?」

 クロガネが心配そうに私を見る。


「ええ、大丈夫……でも、あなたたち、無事で良かった」

 私は微笑む。


「これで一息つけるね……」

 ルリも小さく笑った。


 ページを開くと、先ほど読んだ内容が光を帯びて変化していた。

 そして気づく――


「……あれ?私の名前が……書かれてる!」

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