第6話 両津中学校、職員室1
職員室の出入り口には二名ずつ歩哨が配置されていた。鈴木三佐に腕を絡ませたエレーナに歩哨が敬礼した。彼女らの一人、長身で金髪の隊員が敬礼しながらエレーナにロシア語で尋ねた。
「エレーナ少佐殿、一つ質問してよろしいでしょうか?」
「許可します、アンナ軍曹ね」とエレーナが名札を見て言った。さすがに千名の女性兵士すべての氏名と階級をエレーナは覚えられない。
「あの、この作戦はどういった意味があるのでしょうか?自由に交流というのは、なんなのですか?どこまでなんでしょうか?何を交流するのでしょうか?命令書には書いてありますが、抽象的な命令書で、具体的に何をするものか、よくわからないものであります」
「アンナ、文字通り自由にすればいいのよ。監視任務についていない、ピンクのリボンをつけた隊員は自由に日本の方とお話をしていいですし、彼と何をしても構いません。常識の範囲内ですが。軍規違反に問われたりしません。両者が合意するなら、この職員室や教室に設けられた交流所を使うのも自由です」
「エレーナ少佐、あの、その、その日本の自衛隊の方や一般人とこの部屋で……」
「そうよ。まずは上官の私が手本を示さなければあなた方もやりにくいでしょう?だから、この人と」と鈴木を見て「交流しに来たのよ」と言った。
「え~、小官はどうしたらよいのでしょうか?つまりですね、職員室のここに突っ立っているとですね、いろいろと聞こえてしまったり……」
「このまま、この出入り口で歩哨任務についていなさい。まあ、出入り口にピッタリはマズイかな?アンナ、ちょっと、1メートルくらい離れてくださらない?」
「それでも聞こえてしまうと思うのですが……エレーナ少佐、私も監視任務を離れたら、その、あれ、交流行為をしてもよろしいのですか?」
「あなたの上官に聞いて、非番のスケジュールを調べてちょうだい。日本人の方々とお話してね。それで彼が合意すれば交流行為でもなんでもご自由にどうぞ。しなくてもいいけど。じゃあ、歩哨任務、よろしくね。耳は塞いでおいてね」
エレーナに腕を強引に引っ張られて、鈴木三佐は職員室に連れ込まれた。中学校の職員室だから、机が整然とならぶ光景を彼は想像したが、机は片隅に積み重ねられて片付けられていた。そして、保健室のようにアルミのレールのカーテンで仕切られたベッドがコの字に8つ並んでいた。真ん中にはソファーセットが置かれていた。
「エレーナ、ここは君たちの宿舎なのか?」
「いいえ、宿舎はあなたたちのテントの横よ」
「じゃあ、ここは何なのだ?」
「え~、私たちと日本人の方が愛をむすぶ場所……」
「え?なんだって?」
「だから、エッチする場所じゃん!」と急に横浜弁が出る。
「エレーナ、体育館の時の日本語のたどたどしい発音じゃないじゃないか?」
「まあね、ああいう日本語の方が臨場感がでると思ったのよ。ほら、ヒロシ、まずは座んなよ」とソファーを指差す。鈴木三佐が座ると、エレーナがその横に座った。キャパクラみたいに密着して。
「体育館のスピーチは苦労したわ。なんとか、ロシア人の女性の話す日本語に似せて話したの。うまくいった?どうだった?」と普通の日本人の女性と変わらない訛のない日本語で話すエレーナ。
「確かに、ロシア訛の日本語って、ロシアンパブの女の子が喋る日本語みたいだった」
「ふ~ん、ヒロシはロシアンパブに行ったことがあるの?」
「北海道に赴任していた時に、ススキノのパブに連れて行かれたことがある」
「あら、どうだった?」
「ぶっちゃけ、ロシア人女性はキレイだと思ったよ。エリーナほどじゃないけど」
「あら?私を気に入ってくれたみたいね?」
「ちょ、ちょっと待った!今は戦時でそういう場合ではないじゃないか?」
「体育館で言ったでしょう?交流は自由だって」
「それって、本当の話なのか?」
「今だってそうでしょ?嘘はないわよ」
「なんか、目をつぶっていれば、日本人の女の子と話しているみたいだけど……」
「だってさ、私は半分、日本人の血が入っているもの」
「うそ?」
「ママが日本人だったの。7年前に亡くなったけど。父は当時連邦陸軍の准将。幼稚園と小学校は日本人学校に通っていたの。日本人の友だちも多いの。日本人の女の子なのよ、私」
「いや、容貌が白系ロシア人そのものだからなあ。金髪碧眼、典型的なロシア美人じゃないか!」
「ママの血が容姿に出なかったのね。でも、お尻に蒙古斑もあるのよ。青あざの。見たい?」
「いやいや、展開に追いついていけない」
「確かにそうでしょうね」
「君たちの司令官の……」
「ジトコ大将よ」
「そのジトコ大将は何を目論んで、こんな、う~ん、ハニートラップみたいなことを考えたんだ?」
「私もよく知らないわ」
「君たちはハニートラップの訓練でも受けているのか?」
「え~っ、忍者のくノ一みたいな?冗談でしょ。スパイじゃないわよ、私たちは。私は通信士官よ。山頂にあるあなた方のアクティブレーダーの操作なんかが専門なの。私も命令を受けた時はてっきりレーダー操作と思ったの。それが、監視部隊の指揮官なんて、失礼しちゃうわよね。ジトコに呼び出されて、この作戦の命令を受けた時はクラクラしちゃったわよ。私も彼に聞いたの。独身の日本人を監視して、自由恋愛もオッケーって何の目論見なんですかって。彼が言うには、戦後の印象とか言っていたわよ。もしかしたら、ロシア連邦の東西分裂を画策していて、東ロシア共和国をでっち上げて、戦後はプーチンの欧州ロシア連邦と袂を分かとうとしているのかな?ってさ」
「エリーナ、ちょっと待って。なんだい?その東西ロシアの話は?」
「あら、知りたい?教えて上げてもいいわよ。私を抱いてくれるなら。結婚してくれれば、全部教えちゃうけど」
「ちょっと、待ってくれ!」
「いいこと、自由恋愛とか、冗談の作戦じゃないの。佐渡市役所の職員も残してあるから、婚姻届も提出できる。私の部隊をはじめ、全員で監視役の女性隊員が千人いるけど、日本人の外国人との婚姻に必要な書類は全員所持させられているのよ。それで、残された二千人の日本人の男性は、全員独身で、50歳未満を選別してある。ジトコの目論見では、10%くらいの女性兵士が日本人と結婚してもかまわん、と言っていた。それって百人よ。わけわかんないわ」
「で、エリーナは俺、なのか?」
「ええ、最上官同士でちょうどいいじゃない?もちろん、あなたと私が結婚したら、日本の公安がスパイ容疑で監視するでしょうけど。軍人同士ですもの。って、まずは、体の相性をチェックしないと。ロシアじゃあ普通です。結婚後、インポなのがわかったりしたら嫌だもの」
「信じられない!」
「信じる、信じないは、私を抱いてから言ってみたら?ほぉら、体は正直ね。ヒロシ、もう反応してるぞ。寝物語で、ロシア軍の機密情報を囁いてあげてもいいのよ。例えば、佐渡ヶ島に持ち込んだスカッドとS300の数とスペックとか、地対空、地対艦ミサイルの話とか。知ったとしても市ヶ谷(防衛省)に知らせようがないし、市ヶ谷が知ったところで、その頃には我が軍は撤収してるけどね。でも、ヒロシがうんと言えば、私は除隊してヒロシの元に残るわ。それが本作戦の命令ですもの。もちろん、命令だからやるわけじゃなくて、私の部下全員が個人の意志で志願したのよ。さあ、ロシア人女性を抱いてみない?ヒロシに私のお尻の蒙古斑を見せてあげるわ」とエレーナはヒロシの手を取ってベッドの方に誘い込んだ。
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