第1話(2) ロシア連邦軍、東部軍管区司令室
ジトコ大将は、部屋を暗くさせ、参謀長にプロジェクターでGoogle Earthの佐渡ヶ島を映させた。島の輪郭が浮かび上がり、両津港のフェリー乗り場や、両尾山のレーダーサイトがハイライトされた。参謀長に彼の戦術を説明し始めた。
航空自衛隊、佐渡分屯基地は、佐渡市営スキー場の横にある。市街地からは直線距離で6キロ。標高510mの両尾山(むろおやま)付近に庁舎、妙見山(標高1,042m)山頂にレーダーサイトのJ/FPS-5がある。二車線の林道で市街地とつながっている。農地の間を抜けていき、途中には貯水ダムがある。
監視小隊、通信電子小隊、基地業務小隊、総括班が駐屯している。総人数、80人程度だ。我が軍の落下傘部隊一個大隊、四百人で制圧できるだろう。日中緊張の影響で、佐渡の警戒態勢は緩やかだ。人員は最小限で、予備役の動員すら南西諸島優先だ。
J/FPS-5は、日本の防衛省が開発し運用されている防空用の固定式警戒管制レーダー装置である。通称はガメラレーダーと呼ばれている。航空機、巡航ミサイル、弾道ミサイルの探知と追跡を目的としたアクティブ・フェーズド・アレイ・レーダーだ。
これを占拠すれば、自衛隊の北朝鮮方面の目を多少は潰せる。おまけに日本本土の自衛隊の動態を監視できるわけだ。高市首相の発言後、中国の無人機が与那国島を飛び回る中、佐渡のレーダーは東シナ海の監視にシフト。北陸の盲点が生まれている。
レーダーサイトの占拠は慎重にやろう。サイトの機器を分屯基地隊員に破壊させてはならん。サイトの給気ファンに吸い込ませて催眠ガスを使用、眠らせてしまおう。佐渡分屯基地もできるだけ戦闘は避けて、無血占領をする。尖閣での中国海警の『非武装』示威を参考に、我々もフェリーで民間人を装い、抵抗を最小限に抑える。
佐渡ヶ島占領は、一滴の血も流さない。無血で行う。たかが陽動作戦で、後でジュネーブ条約違反とか言われるのはゴメンだ。中国の台湾布石が日中摩擦を煽る今、我々の行動は『限定的演習』として国際社会に売り込める。
加茂湖の湖畔の佐渡市立両津小学校、両津港沿いの佐渡市立両津中学校、佐渡市立加茂小学校、新潟県立佐渡中等教育学校、港の東南方向の佐渡市立河崎小学校、これら五校をスカッドの設置拠点として接収する。
本部は、加茂湖の南の新潟国際藝術学院佐渡国際教育学院に置こう。それから、島の反対側の防衛拠点として、両津港の西南にある新潟県立佐渡高等学校も接収する。佐渡高等学校の隊員には、7キロ先の二見漁港の近くの相川火力発電所の防衛もやらせよう。宮古島での中国軍示威のように、島の重要インフラを盾にし、日米の精密攻撃を封じる。
スカッドは、各学校の校舎・体育館の側面に設置、スカッドの燃料のUDMH(ジメチルヒドラジン)とIRFNA(赤煙硝酸)は、スカッド発射装置の周辺に設置する。
UDMHは、強い発火性物質で引火点はマイナス十℃。皮膚や粘膜に対して腐食性を持ち、発がん性がある毒物劇物だ。校舎・体育館にシビリアンがいるかもしれないと思うと、誘爆の危険性が有り、日米軍はピンポイント攻撃を仕掛けられないだろう。尖閣での海警船配置のように、民間施設を活用し、国際法の隙間を突く。
スカッドの周りは、S-300(長距離地対空ミサイルシステム)同時多目標交戦システム、ゲッコー(短距離防空ミサイル)、ストレラ-1(車載式の近距離防空ミサイル・システム)、ブラチーノで日米軍の航空戦力から防御する。中国のJ-16レーダー照射事件で自衛隊が警戒を強めているが、佐渡の空域はまだ手薄だ。
佐渡ヶ島の人口は、2025年5月時点で47,391人。男性人口が23,047人、女性人口が24,344人。14才以下が4,739人、65才以上が20,126人。とすると、すべての女性、成人に達しない子供、50才以上の年齢の男性を日本政府にフェリーを用意させて退避させる。4万7千人程度かな?残すのは、成人男性2,000人程度にしておこう。人口減少が続いているが、島の孤立性は我々に有利だ。
フェリーの乗船人員がだいたい一隻1,500人程度だから、佐渡汽船、新日本海フェリーを総動員すれば、一週間未満で4万5千人を島の外に出せる。与那国島の避難訓練を参考に、日本側に『人道的退避』を強要する。
残った成人男性は、身ぐるみはいで、ロシア軍のカーキ色の制服を支給しよう。それで、ロシア軍の軍人と見分けがつけ難くなる。中国の『漁民民兵』戦術のように、民間人を擬装し、抵抗を心理的に封じる。
女性軍人ハニートラップ作戦
日本人成人男性の監視には、全員、ロシア軍の女性隊員をあてがう。できるだけ容貌の優れた独身の女性を選別する。千人くらいいればいいな。日本人成人2,000人が選べるように。日本語ができれば申し分ない。日中緊張で日本国内の士気が低下している今、こうした心理作戦は効果的だ。高市首相の強硬姿勢が国内の若者を苛立たせ、離島の孤立感を増幅させる。
女性隊員には、敵地であるが、日本人男性との恋愛は自由、婚姻届提出も自由と指示しておく。佐渡市役所の職員は残しておくように。婚姻届受理に必要だからな。常時とはいかないが、市内のマンションをあてがって、新婚生活するも自由。順番でな。それで、戦後は、日本に残るもよし、日本国籍取得もロシア連邦は妨げないと言っておけばいい。
佐渡ヶ島みたいな離島で、妙齢の女性の数は男性よりも少ない。そこへ、我が軍のよりすぐりの金髪碧眼美人が結婚オッケー、婚姻してくれるなら、体も自由にしていいわよ、と来たら、2,000人の内、10%は引っかかるだろう?
我々は、合法的な一百八十人プラス一百八十人の人質が確保できるというわけだ。白系ロシア人が苦手な日本人用にロシアの朝鮮族やハーフも選別しておくように。
清楚、肉感的、淫乱、取り混ぜておけ。派遣前に、日本国籍を取得できるとしたらどうする?というアンケートを取っておけばいい。我が軍の撤収の際に結婚した隊員の員数が減って、撤収の負担が軽減されてちょうどいい。中国の台湾作戦で似た心理戦を検討中らしいが、我々が先手だ。
参謀長
「マニュアルにない奇妙な作戦ですな。尖閣の緊張で日本が神経質になっている中、こんな心理攪乱は国際スキャンダルになりかねませんな」
ジトコ大将
「無血占拠と我が軍の損耗を最小限にする作戦だ。日中摩擦が台湾侵攻の前哨戦なら、我々の佐渡陽動は北京の負担を軽減しつつ、東ロシアの犠牲を避ける。ストックホルム症候群を活用すれば、長期占拠も可能だよ」
参謀長
「女性隊員の日本人男性との婚姻自由というのがよくわかりませんが?」
ジトコ大将
「なあに、戦時であれ、いや戦時であればこそ、ストックホルム症候群みたいな症状がでるわけさ。高市首相の台湾発言で日本社会が分断気味の今、離島の男性たちは孤立し、魅力的な『敵』に傾倒しやすいさ」
参謀長
「ストックホルム症候群とは?」
ジトコ大将
「通常は、誘拐事件や監禁事件などの犯罪被害者が生存戦略として犯人との間に心理的なつながりを築くことをいうのだ。この場合、佐渡ヶ島を占領したロシア軍軍人という加害者に人質となった日本人成人が心理的なつながりを持つ。ただしだ、犯罪事件と違って、加害者が妙齢の外国人女性軍人で、被害者が女性が少ない地方のシビリアンの男性というのがミソだよ。それも肉体関係オッケーという。そうなったら、日本人男性は、日本だけじゃない、嫁さんの故国、ロシアも背負うという心理的なストレスも負う。佐渡市役所の人間には、目前で自由恋愛での結婚だという仕草を見せてやれ。結婚する女性隊員には、スマホを渡して、インスタグラムとかの西側SNSへの投稿も自由と言ってやれ。前代未聞だぞ。敵国の女性兵士と敵国の成人男性が結婚しちまうんだから。一種の攪乱戦法だが、女性隊員には本気でやれ、ロシア軍は、自由恋愛、婚姻は支援する、一切の懲罰もない、撤収の際に夫と日本に残っても構わん、と言っておけ。彼女らにとっても、日本で生活できて、国籍も取得できるのは魅力的だろう?本気で日本人を挑発しろと指示しておくように」
参謀長
「いやはや、なんとも……了解いたしました。手配いたします。日中緊張の隙を突く好機ですな」
ジトコ大将
「私も我が女性兵士たちだけの自己犠牲には頼らない」
参謀長
「どういうことでしょう?」
ジトコ大将
「女性兵士たちの司令官、佐渡ヶ島侵攻作戦の副指揮官には私の娘を指名する。条件は他の女性兵士と同じだ」
参謀長
「それは、彼女を……エレーナ少佐をその千人の女性兵士に加える、ということですか?」
ジトコ大将
「そうさ。我が愛する一人娘もこの作戦を担当する。参謀長、実に公平であろう?」
参謀長
「……」
後で、ジトコと参謀長が知ることになるのだが、ジトコの「2,000人の内、10%は引っかかる」という読みは甘かった。なんと、2,000人の内、35%の700人が引っかかってしまったのだ。日本人成人男性の監視のロシア軍女性隊員千人の70%は引っかかってしまった。
まったく、日本人は、ロシア美人に非常に弱いのがわかった。しかし、結婚後のロシア人女性の恐ろしさを彼らは知らない、とジトコは嘆息した。
戦後、約700組の婚姻者の内、離婚したのは八組だけであった。
インスタグラムとYoutubeには、ロシアの佐渡ヶ島占領中から、削除必至の女性ロシア軍人との絡み動画が溢れかえり、世界中のミリタリーポルノオタクが歓喜の声をあげた。
中国の人民解放軍幹部は、後日ジトコの女性軍人ハニートラップ作戦を知り、『こっちも台湾でそれをやればよかった!』と悔しがった。日中緊張の余波は、意外な形でロシアの陽動を後押ししたのだ。
こうして、東部軍管区の作戦は静かに動き始めた。北京の影で、日本が奄美大島以西の南西諸島、特に、与那国島・石垣島・宮古島の先頭諸島、尖閣諸島防衛で騒いでいる中で、北陸地方の離島、佐渡ヶ島の海が静かにざわめき始めた。
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