9 夢境にて

食堂での事件を見届けた後、俺たち二人は一年生の階まで戻ってきていた。


「えーと... この後は、風呂かな?」


「浴場はまだやってないらしいぞ。今週いっぱいは自室のシャワーだけだ」


「....はぁ、まぁいいか」


少々落胆地つつも、俺たち2人はそれぞれの部屋へと戻った。今日は予定もあるので、早めに寝ておきたい。まだルームメイトは帰ってきていないらしく、軽いシャワーだけを浴びた後に着替えて布団に入る。


そのまま、俺は夢の世界に旅立った。



◇◇◇◇◇





周囲からはごうごうと燃え盛るような音が聞こえ、手にはひび割れたような傷と凍傷のような跡が痛々しい。


見慣れた家々は瓦礫と化し、いつもの通学路は踏み均されそこら中に血溜まりの斑点ができている。手の中の亡骸はすでに冷め切っていた。


地上に現れた地獄としか形容できないこの惨状が、ほんの少し前まではのどかな日常風景だったといわれて誰が信じるだろうか。


怒り、悲しみ、恐怖、喪失感。混沌とした感情によって濁った心から一つの産声が上がり、ただ霊気の濁流に吞まれていた小さな体は、その手に余る程の鋭利な光沢で包まれていった。


しかし、俺はそんな一人の少年の背後に、呆然と立ち尽くしている。








.....................最悪な目覚めだ。



動くようになった体を起こすと、そこは無限に広がるような暗闇だった。指をコキリと鳴らすが痛みはない。


周囲には人影はおろか、光源すらもない完全な闇の中。しかし、俺はここにいる奴を知っている。


「全知、さっさと出てきてくれ」


虚空へと投げかけられた声。少しの間をおいて、どこからともなく返答が返ってくる。


「あら、どうして分かったのかしら?」


「ただの予定通りだろ」


「んもう、いけずぅ。そういう時は、もっとロマンチックな理由を口にするものよ?」


「いいから、早く案内してくれ」


「はいはい」


そう言って俺に前に姿を現したのは、華奢な体にメイド服を着こなした少女だった。色素が病的なまでに薄い肌はいつも通りに綺麗で、同じく色素が抜けて真っ白な髪がこの暗い空間内では輝いて見える気がした。


そして、碧の双眸がこちらを見つめている。俺はこの目を前にすると、自分の全てを暴かれるような感覚に陥る事があった。今もそうだ。まるで、獲物を狙う捕食者のような視線を、俺はこの碧眼に感じている。


コードネーム『全知』


この組織内で最も外部に秘匿された戦力であり、夢を司る異能を持つ少女。ちなみに、コイツが守にパンツを盗まれた被害者であり、組織の折檻係だったりもする。


彼女が背を向けて歩を進めると、俺もその後について進んでいく。そうして、五分程で目的の場所までやってきた。


「揃ったか。では、会議を始めよう」


重低音の声を聞き、俺はすぐに円卓の一席に腰掛ける。ここは組織の会議室であり、全知の異能によってメンバーの共有意識内に設置された空間だ。天上に瞬く現実味のない群星がそれを物語っている。


円卓の席は全部で十二、それがこの組織を構成する全メンバーだ。揃ったと言う声の通り、二つの席が空いているのはいつもの事だった。


「まず、一昨日の任務は無事に完遂された。偽剱、天使、鍵屋はご苦労だった」


1人サボり魔が混じっているが、わざわざ口を挟むようなことではない。


「そして次。鍵屋と均衡に続き、偽剱と天使が最重要任務に今日から就いた。大きな問題はあったか?」


「……ありません」


「同じく」


毅然とした光輝の声に続いて、俺も以下同文と述べておく。光輝は悔しがってるだろうな。大きな、という枕詞をつけられてしまったので、バカ2人を摘発できなかったし。


「よろしい。では、作戦の実行日、並びに作戦の概要を説明する」


俺たちが学園に潜入した理由の一つ。ここで、最重要任務の詳細が語られた。


「以前から話していた通り、対象は学園の地下に封じられた神妖のむくろの奪取。実行役は4人全員だ。指揮は天使が、移送は鍵屋。封界ほうかいの対処と封印の解除は均衡が担い、他に八剱がいた場合は偽剱が足止めを行う。そして、決行日は来週の金曜日の深夜とする。異論や質問はあるか?」


入学する前から事前に計画は立て終わっており、ここで行われているのは最終確認に過ぎない。しかし、とうとうこの時が来たか… という感傷もある。異能学園は八剱や国防軍を育て上げる学舎であると共に、妖魔を研究する研究所としての側面も持ち合わせている場所だ。


そして、その研究が盛んな理由こそが、学園に安置されている神妖の骸だった。それはかの「始まりの異能者達」が打ち倒した神妖のうちの一柱。死後もその瘴気は衰えず、八剱の内の一振りである封界の片割れによって封じられているらしい。


俺が学園に潜入した理由の半分が、その作戦の決行日に果たされようとしているのだ。意気込むのも無理のない話だろう。


そうして、細かい打ち合わせは後日に実行役の4人で話し合う事が決定し、メンバーは徐々に解散していった。そして、俺が席を立とうとすると声をかけられる。


「偽剱、今回の任務だが、十中八九は封界以外に八剱が出張ってくるだろう。気張れよ」


その声の主は、この会議における進行役を務めていた偉丈夫だった。そして、俺はこんな言葉を返す。


「もちろんです」


そんな言葉の裏で、俺は彼の言わんとしていることを理解していた。彼にとっての至上命題、その人が姿を現したならば、それは自分の獲物だと。そう、暗に伝えているのだろう。


それ以降の言葉は交わさずに、俺は彼に背を向けて歩く。流石に、一昨日の今日で遅刻するわけにもいかない。そのまま、俺の体は周囲の闇に溶けて消えていった。

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2025年12月9日 17:00

【新作】異能者の学園に潜入したので、異能を使わずに学園最強を目指します @Sei10-Ver2

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