8 蚊帳の外から見る騒ぎ

そこから一通りの概要を聞き終えるのにかかった時間は小一時間ほど、時計を見ると時刻は既に6時を指しており、夕食の時間が迫っていた。


「ここら辺で聴取は終了にしよう。腹減ったし」


「はー... おい哲郎てつろう、今度の任務は遅刻するなよ。あとまもる哲郎バカの手綱をちゃんと握っといてくれ」


「「あいあいさー!」」


バカの片割れ、先ほど急所を蹴り飛ばされていた”弥兵 哲郎やへい てつろうは、便利な異能を持っているくせに脳足りんなせいでその異能を使いこなせていないアホンダラだ。対する秤 守はかり まもるはというと、大人しそうな外見に反して哲郎と共鳴してよくバカなことをする奴だった。


しかし、哲郎ほどは頭のネジが外れていないので、一応の最後のストッパー的な役割は果たせているとおもう... というか、思っていた。


「よし、寮の食堂は一階の方だっけ?」


「そうだけど... なぁ、そろそろこの拘束を解いてくれよ」


「ん?」


「「え?」」


そんな懇願を華麗にスルーして、光輝と俺は入口のドアへと歩き出す。勿論だが、二人は服で縛られたままだった。


「おい! おいぃぃぃぃぃいい!」


「待てやぁああああッ!」






流石は上級生の部屋と言ったところか。ドアを閉じれば、先ほどまでの大音量のアニメも、二人の雄たけびも、きれいさっぱり聞こえなくなった。


「よし、金曜のバトロワに向けて情報収集をしとかなきゃな」


「そこは任せとけよ健人。

 取り敢えずEクラスとCクラスで厄介そうなやつをリストアップしとくから。いくらポイントを稼がなきゃいけないとは言えど、やり過ぎたら流石に悪目立ちするだろうし...

 健人は取り敢えず近接戦での戦いが成り立つ生徒に絞って倒してくべきだろうな。俺はまぁ、そこまで上位を狙う必要もないし、ほどほどに狩るとするよ」


「おう、でももしかしたら夕飯でも敵情視察が出来るんじゃないか? 全寮制だし」


「でも食堂は学年別だったはずだ」


「.....そっか~ 残念。Eクラスの高学年はお目にかかれそうにないな」


周囲に気を張りつつもそんな話しながら歩いていると、少し迷いつつも食堂にたどり着いた。


どうやらメニューの品数は少ないようで、列に並んで俺はうどんを、光輝がカレーをトレーに乗せて、自由席の端の方へと二人で座り込む。


周囲の席は全体の三割ほどが埋まっており、約四十人のクラスがAからEまで、五クラス分存在しているため、一年生の人数は約200人。今この食堂内には約60人くらいの人がいる計算だ。


その中で取り合えず注目するべきなのは、ある程度は強い異能を持っている、光輝が相手にするCクラスの生徒。そして将来に序列の席を取り合うことになる最上位帯の生徒もだろう。


周囲に気を配ってみると、気になる人物は何人かいるな。


なかなかに洗練された霊気を持っている生徒がチラホラと... 異能については推測も何もできないが、異能頼りで素の戦闘術が疎かなヤツは八剱を使いこなすことが出来ないので、取り敢えずの評価基準は霊気のコントロールを目安にしている。


霊気を無駄に垂れ流さずに、かつ体内で滞りなく循環させて、己の身体機能の全てを向上させていれば、単純な肉体強度だけに留まらず、免疫や瘴気に対する抵抗力も強化できる。

なので熟練者はその行為を無意識下で行っている者が多く、そんな境地に至っている生徒が一団が目に留まった。


「あそこら辺の集団... 結構やり手だな」


「あそこらへん? あぁ、Aクラスの中等部組だね」


「へー」


異能評価がB以上の者が入学することを許される異能学園中等部、大半の生徒とは違い三年前から専門的な指導を受けているのだろう。遠目から見ても洗練された霊気を纏っているのが伺える。


他大半の生徒は普通の中学校の授業で習っただけの戦闘術を扱うものが殆どのため、その突出した霊気はかなり浮いて見えた。


「....ん~ あの和服の娘、かなりの使い手っぽそうだ。斬り合ったら楽しそう」


「えーっと、あぁ。現八剱の一人娘だよ。士族の二代の名前は太刀風たちかぜ かえで。聞き覚えない?」


「あーね、あの腹黒メガネの娘か.... ほんとに!?」


「ホントだよ。そして後のメンツは、華族筆頭九条家のボンボンと、貧民出の異能Sランクと、憑き者が一人。随分とバラエティーが豊かだな」


そんな光輝の解説に、俺は少し驚いた。


根本的な話になるが、現在のこの国は、始まりの八人の子孫である”華族”と、八剱の所有者となった家が三代まで名乗ることを許される”士族”の二派閥が、二院制の政治体制。そして、その上に最終決定権を持つみかどなどの皇族が座するという構造で成り立っている。

ぶっちゃけて言うとその二派閥間の対立は根深く、子々孫々までバッチバチに睨み合っているのだが、あそこに見える二人の少女は随分と仲がよさそうなのが驚いた理由の一割ほど。


そして、かなりの割合を占める理由...

現在の社会階級を簡単に言えば、下民である貧民と平民、そして上流階級である士族と華族が上に立っているという構造なのだが、そんな上下がつるんでいる光景はとても奇妙に見えたのだ。


そして最後の憑き者とは、人の身で妖魔の特徴を発現した”非人”とも揶揄やゆされる者のことであり、高貴な者は勿論のこと、平民や貧民にすら見下されるような存在のことを指す。


俺はそこまで偏見のある方ではないがそんな人は少数派であり、人類の不倶戴天の仇である妖魔と似た特徴を持つことからも、常識ある人や身分の高い人ほど憑き者を蔑む場合が多い。が、その4人は女子会よろしく互いに食べ物を交換したりしていた。


そんな珍妙な集まりは、俺の目を引いた霊気の練度とは別の意味でも多くの視線を集めており、そのせいか周囲に距離を取られている。


「どんな異能を持ってるのかは知らないけど、ちょっと期待が高まるね」


「今年の新入生は黄金世代って呼ばれているが、そこに刀一本で切り込まなきゃいけない奴の感想がそれかよ」


「ああ、個人的にデカい目的もあるし、モチベーションも溢れてるからな」


目の前の健康的な夕飯をむさぼりつつも、そんな会話を繰り広げる。そうして麺が無くなりかけた所で事件は起きた。






パシャ... という水が弾ける音。

見ると先ほどの集団に居た憑き者の子が頭から水を被っており、その背後には空のコップを持った女子生徒が立っていた。


「穢らわしい... 

 憑き者風情が我ら華族と同じ席に座り、あまつさえAクラスに在籍するなど言語道断。今すぐにこの場、延いては学園からも去りなさい」


そんなセリフを口にすると、その後ろに控えていた女子がその発言を肯定するようにはやし立てる。


「アレは?」


「んぁ? あぁ華族の、しかも侯爵位の家柄だ」


その解説の間にも、さらに事態は加速していく。


「あんたッ! みーちゃんに何すんのよ! ココは実力で立場が決まる学校なのよ! アンタなんかよりもみーちゃんの方が強いんだから!」


「わ... 私は大丈夫だから... ね?」


四人組の反応は完全に二分しており、お嬢様二人は静かな怒りを持ちつつも、その感情を表に出してはいない。そんな所は海千山千の貴族階級の卵というべきだろうか。


そして、手に持っていた空のコップを背後に控える取り巻きに渡したお嬢様は、乱暴に椅子から立ち上がって大声で叫ぶ一人を差し置いて、その矛先を自身と対等に話すべき立場の者へと合わせた。


「九条さん、士族と関わる事については構いません。

 しかし、しかしですね。華族に名を連ねる者が憑き者と関わる事は華族の栄誉に泥を塗り、先祖に石を投げる行為です。貴方はもっと自身のお立場を理解した行動を心がけるべきでしょうに」


そして、その矛先に座る華族、九条家の嬢はその言葉に対して異議を口にする。


「.....交友関係にまで口を出す権利が貴方にあるとでも? 我々は華族に名を連ねるとは言えど、所詮は一令嬢に過ぎない。実権を持ちえないのにも関わらず、他家の者に忠言などとは... 少々厚かましいのではありませんか?」


「これは異なことをおっしゃって。

 私はあくまで一般論を提示したにすぎません。妖魔の穢れを身に宿す非人とは関わらない。ましてや交友などと... そこな貧民ですら理解できるであろう道理です。

 時のみかどによる恩赦によって人類圏で生きることを許されたとはいえど、身の程はわきまえなければなりません。そして、妖魔を誅する手本と成るべき貴族階級あなたがそんな体たらくでは示しがつかないのですよ」


「は!? どういうことだよ!」


「....人が話している中に割り込んでくるような方にかける言葉を、私は持ち合わせてはおりません。せめて常識や敬語を学んでから出直してきなさい」


「?」


そんな風に苛烈な舌戦が繰り広げられる中で、またも事態は急な展開を見せた。


一本の元結もとゆいが、先ほどまで有利を取っていた侯爵令嬢に向かって投げられる。そして、その実行者はテーブルを挟んで向かい側で上品に夕食をとっていた士族の令嬢、太刀風 楓だった。


現代において、自身の髪を結う元結を相手に投げる行為は、女性が決闘を相手に申し込むことを意味する。そんな濡れ羽色の髪をほどいた彼女は、堂々とした態度で言い放つ。


「友を侮辱されて黙っていられるほど、己の堪忍袋は広くない... 尋常に受け入れられよ」


静寂が辺りを支配する。そして、一呼吸を置いて凛とした声が響いた。


「良いでしょう。その決闘、受けさせていただきます」


その一言に、周囲は様々な声で沸き立った。

ある平民はその非現実的な光景に浮足立ち、周囲の同郷と興奮したように喋り合う。また高そうな服をしつらえた者は、その光景に驚愕したような、そして苦虫を嚙み潰したような目線を向ける。


そして、そんな光景を野次馬根性で覗いていた二人の男はというと....


「なぁ光輝、あれってどうなん?」


「まぁ決闘は学園でも存在しているらしいけど、まだ賭けるポイントも互いに持っていないんだし、先生が止めるんじゃない? 知らんけど」


「ふぅん? でも、こんな公の場で宣言したんじゃ、軽々しくナシには出来なそうだが...」


「ま、俺らには関係ないしな。精々酒のつまみになってもらおうか」


「お、あとで先輩二人にたからなきゃな!」




.....ちなみにこの二人、まだ未成年である。



________________________



〇 権力ランキング


    国守


~~~~超えられない壁~~~


華族

      士族


国防軍 - 士官階級


~~~~超えられない壁~~~


国防軍 - 平隊員


平民


貧民


~~~~超えられない壁~~~


非人

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