第2話
私の通う顕花高校はゲームの舞台らしく、制服もかなり可愛らしくデザインされている。まあ私のような喪女と呼ぶのもおこがましい女には全く似合っていないけど……。
そんな可愛らしい制服に身を包み、ギターを背負いながら私は教室へと向かっていた。すれ違う生徒が私の方へと一瞬視線を向けるけれど、多分これギターを背負っているせいだなと自覚している。でも仕方ないの、これ私の精神安定に必須なの。
そんな誰にするでもない言い訳を頭の中で繰り広げていたら、いつの間にか教室へとたどり着いていた。教室へと入る私。時刻はしっかりと間に合う時間、教室に入ると視線が一斉に向けられるけれど、すぐに友達同士の会話を再開し始める。
「オハヨウゴザイマス」
私はもう半ば虚空に向かって挨拶しているつもりで声を出す。まあもちろん教室の喧騒にかき消されるわけだけれど。
誰に話しかけられるでもなく自分の机に座り、音楽情報誌を開く。内容が頭の中に入ってこなくてもいい、読んでいるフリでいい。ただ孤独なぼっちではないとだけ思われたい……あっ、私がバイトに行ってるライブハウス特集されてる。こういうの見るとついにやってしちゃうなあ。
……んっ? んんっ!?
「ヴぇっ!?」
「うわっびっくりしたぁ!? 何々どうしたの永井さん?」
「あっあっいやすみませんなんでもないですごめんなさい」
「いやそこまで謝らなくても……」
前の席のクラスメイトを驚かせてしまった……いや、いやでもね、でもね! 仕方ないと思うのよ!
ライブハウスのバイトで私は接客の他にギターとベースの代役トラもしているんだけど、なんかそれが特集されてる……何さ謎多き天才ギタリストって! 何さこの
私そんな特集されるようなギタリストじゃないよ……前世の経験でちょっとギター弾ける程度だし、それもブランクあってで全然だしで……なにこのすっごい高評価、怖い。すっごい怖い。でもすっごい嬉しい。
「えへっ、えへへへっ、えへへへへへっ」
(永井さんすっごい顔にやけてる……怖い……)
私褒められるのに慣れてないから自然と顔がにやけちゃう……前世の企業がなあ、飴も全くない状態だったからなあ。うん、バンド現役時代に鍛えられていた褒められ耐性が0どころかマイナスなったからなあ。
うがっ、思い出したらメンタルが……メンタルがぁ……。
(今度はなんかすっごい顔色悪くなった……というか泣きそうになってる。情緒不安定すぎて怖い……!!)
(情緒の不安定さにあの痩せ具合……やっぱ薬とかやってるのかしら……)
……よし、今日は良い感じのテンションでバイトに挑めそうだ! 朝から採るには過剰すぎる肯定感が私に全能感を与えてくれる!!
さあ来い、今の私ならきっとどんな難問も、大きな壁だって乗り越えられるはずだ!!
この時私は浮かれポンチ状態になっていたので忘れていた──前世で身に着けた学校で学ぶような知識は大体大人の時代を過ごすうちに忘れており、そして私はそもそも頭が悪い子供だったということを──全然授業内容わからない……わからないからノートを綺麗に取っておこう……。
かくして授業は無事轟沈し、私は朝の元気の良さもどこへやら、どこへともなくふらふらと校内を歩き回る幽霊となっていた……へへっ、ライブハウスで幽霊ゴーストの異名を持つ私ですよ、まさにその異名がお似合いだわ。お昼休みに徘徊する幽霊とかいるのかな。そもそも幽霊が夜にしか出ないなんて道理はないからいいか。
私がいなくても教室内は何の支障もなく、なんなら私がいなくなったことにすら気づかずに回り続けるんだろうなあ……なんて考えながら、自然と私の足は屋上へと伸びていた。
鍵の壊れた扉を開けて、ふらふらと手すりにもたれかかる。態々登らないといけないような大きなものではなく、上半身をすっと持ち上げたら簡単に乗り越えられるような手すり。私はそこから身を少し乗り出して、景色を眺めていた。
「……はぁ」
外の景色を視界の端に納めながら……私はギター雑誌の表紙を見る。楽しそうにバンドをしている写真、その写真にため息が止まらない。
ライブしている一瞬を切り抜いたであろう写真、否が応でも前世の……楽しかった記憶を思い出してしまう。
前世で組んでいたバンド『クロコダイル』は、自分で言うのもあれだけどかなり有名なバンドだった。親の世間体が云々の説教と嫌がらせを受け私が抜けた後も、その勢いは──まあちょっと落ちたけど、それでも十分、社畜として働いて搾取されていた私の耳にも届くくらいだった。
掛け値なしに、良いバンドだった……。抜けてからずっと、クロコダイルのことを恋しく思い続けて、今になっても思い続けて……我ながら重い元カノみたいだなあ、なんて自嘲気味に笑ったりもしたり。
それがこの世界じゃクロコダイルなんてバンドは存在せず、もうあいつらの声すらも聴くことができない。前世のブラック企業スパイラルから抜け出せたのは蜘蛛の糸って感じだったが、こればっかりが……どうしても恋しい。
「寂しいなあ……」
「ねえ、そこのあんた」
ぼうっと遠くを眺めていると、不意に後ろから声をかけられた。
……私に何の用だろう。不良? これから煙草とかシンナーとかそういうの吸うからどっか行け的な? それともまさかのカツアゲ!?
ヤバい、怖いなあ、と思いながら振り返ると、そこには……万人が万人まず可愛いと評するような、びっくりするくらい可愛い女の子がいた。ショートカットの淡い色の髪を揺らした、くりくりとしたまんまるお目目の女の子。そして、その子はギターを持っていた。
どこかで見たような……なんて思い出そうとすると、少女は不意にピックを弾いた。足元に置いてあるアンプから駆け巡るような音が鳴り響く。
そのまま少女はギターと共に歌を奏で始めた。アップテンポで、どこか叫んでいるような嘆いているような歌詞を……でもギターの音が、彼女の明るさを私にぶつけてくる。どこかで聞いたことのある曲。彼女の歌を聴きながら何の曲か思い出そうとしていると、不意に彼女の目が光ったような気がした。
「~~~~今だっ!!」
「仕方ねえな!」
曲に夢中になってると、急に横から飛び出してきた何かに私の身体が捕まえられる。両脇に手を入れられ持ち上げられた。
手すりから放され、私を抱えていた男の人がゆっくりと私を床へと下す。少女は額に浮いた汗を腕で拭っていた。
「チッ、手間かけさせやがって」
「そう言わないの健司、人助け面倒くさがっちゃ駄目だよ?」
「えっあのっ……えっ?」
人助け……? えっ、どういうこと……?
床にへたり込んで混乱していると、少女がしゃがんで私に目線を合わせてきた。少女は私の肩を掴み、真剣な面持ちで口を開く。
「君っ! 何があったか知らないけどさ、命を粗末にしちゃ駄目だよ!! 死んじゃったら何もかもおしまいなんだから!!」
「えっ、あのっ……死ぬ? えっ誰が」
「誰がってそんなの決まって……えっ?」
私が首を傾げると、私の前でギターを弾いていた少女も首を傾げる。死ぬ……? 誰が……誰って、私しかいないか……私が?
私が!?
「……君、死のうとか考えてたんじゃないの?」
「えっと、ちょっ、ちょっと遠くを見てただけですけど……死のうと思ってたら手すり超えてると思います」
「あの
私の隣ですっごいこう、悪そうなワイルドって感じのイケメンがそう言ってきた。そう言われても私死のうとなんて……
目不足と過去のトラウマで控えめに言って最悪な顔→手すりから体の半分以上乗り出していた状態→「寂しいなあ」って言葉→導き出される結論は──これ勘違いされても仕方ないわ。
「あっ、いっいや大丈夫! 大丈夫です!! 死のうとなんて思っていません、はい!! ほら腕、腕見てください!! リスカ傷も痕もない!! ほら!!」
「うっ、うん、そうだね……」
私は冷静に袖をめくって腕を出して傷一つないとアピールすると、ギター弾いてた少女が少し引き気味になった。心の距離感がすっごい可視化されてるようでメンタルにダメージが……男の人の方は口に手を当てて笑うのをこらえているみたいだ。
とりあえず私の冷静で的確な判断力のお陰で誤解は解けたようだ。うんよかった、いやまあ病んでるのに関しては否定できないけれども言及されてないからヨシ!
「……連絡先、教えてくれるかな? 別に定期的に送ってとかそういうのじゃなくて、なんか悩みとかあったら私に相談してくれると嬉しいな」
あっこれ解けてないわ。未だに警戒してるわ。さっきみたいに切羽詰まった表情じゃなくて優しい笑顔な感じだけど、これ警戒心バリバリの人を安心させるための笑顔だわ。
もしやリスカ云々言ったの悪手だった?
……まあいいか。別に私普通に病んでるし。病んでる言ってもメンヘラというよりはPTSD方面だけど。多分。
まあ交換しても連絡しないけどもね……だって人間との会話怖いもん。ネット越しでも怖いものは怖いんです!!
「よし交換オッケー! 君、名前なんていうの?」
「えっと、なっ永井みちっ、みちるです……」
「永井みちる……永井みちるかあ」
「……えっと?」
「……みちるちゃんね。うん覚えた」
おずおずと名前を言うと、彼女は笑顔で頷いてくれた。私の名前を憶えてくれた……! いや教室のクラスメイトも多分私の名前覚えてくれているけど。さっきも名前呼ばれたし。でも、初めてクラスメイト以外の人と顔見知りができた……!!
なんて笑っていると、彼女の口から衝撃的な名前が出てきた。
「私の名前は古川くろこ! よろしくね、みちるちゃん!!」
あっ、原作主人公のデフォネーム……!!
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