ギター狂いだった元ギタリストの限界OLが昔曲を提供した恋愛ゲームの悪役令嬢に転生しました~第二の人生だし好き勝手にギターを弾きます!弾かせて…~
江土木浪漫
第1話
草木も舟をこぐ午後4時前、私は目を覚ますと同時に勢いよくベッドから抜け出た。
餌を入れる音を聞き分けた犬もかくやという走り具合で急いで向かったのはトイレ。流れるように便器の蓋を開け、喉奥からこみあげてくるものを躊躇うことなく吐き出す。酸っぱい味と臭いが二つの感覚を支配する。
胃液に至るまで胃袋の中身を残らず吐き終えたところで、吐しゃ物で満たされたトイレを流し、洗面台で口をゆすぐ。ついでに顔も洗ってしまおう。
冷たい水が朝からゲボぶちまけた私の気持ちをシャキッとさせ、タオルでこするように顔の水分をふき取る。
……相変わらず酷い顔だなあ、今の永井みちる・・・・・・・は。
ぼさぼさに伸ばしっぱなしの髪はまるでモミの木のようで、三白眼というんだろうか。本来であればこう、ヅカ系っていうのかな? ああいう格好いい感じの目の筈なのに、今の私ときたら濃い隈がくっきりと浮かんでいる。ここ数年連日で吐いているせいか歯も尖ってきたような……ギザ歯ってやつだね、うん。
「……ごめんね、私なんかが入ってしまって」
私、永井みちるは、鏡の中にいる自分に──本来の永井みちるに謝っていた。
私が今いるこの世界、元はゲームの世界で、鏡に映っているこの姿に恋愛ゲーム『ラブソングを止まらせない』に出てくるライバルキャラ、永井みちるであり、今や思い出せない本当の私とは似ても似つかないようなキャラなのである。
確か……主人公がバンドを組んで武道館目指すルートか、ハーレムルートとして逆ハ―部室内イチャコラした時に立ちふさがるキャラで、いわゆる超えるべき壁というか、主人公の部を取り壊そうとするキャラなのだ。
正直言ってること全部正論すぎてアンチが少ないという、悪役令嬢キャラにあるまじきキャラクターなのである。しかも文武両道、主人公の所属する軽音部を真正面から潰す為に1からギター練習するという努力の方向音痴っぷり。
もちろん今の私とは中身が全く違う。自分の意見を言うどころか人と目を合わせることすらできないし、本当の永井みちるはこんな髪の毛ぼさぼさ目の下隈だらけ吐いてばかりのギザ歯じゃないし、友達の数だって比べ物にならない。月とスッポンどころか月と天狗の麦飯だ。
「どうしてこうなったんだろ……」
まあどうしてこうなったのかというと、いわゆる前世がいわゆるブラック企業で、かといって前世で理不尽な目に遭ったからそういうのに対して我慢強くなったとかもなく、というか下手に時間が空いてしまったせいでPTSDってやつかな、それになってしまった訳で…………なんか気が付いたら3才くらいのこの体になっていて、教育的指導(軽い体罰的なの、される前に手を挙げられただけで吐いたのでされなかったけど)も全く受けられなかったせいで習い事どころかマナーすらも全く身についてない。うん、本当にごめんなさい永井みちる。
もう吐き気は収まった……かな? まだあるかもしれないが、飲み込める程度しか残っていない。多分大丈夫だろう。私はいつものようにベッドに座り、立てかけてあったギターへと手を伸ばす。
ヘッドホンを付け、ペグを回して音をチューニング。最適な状態にしてあげられたら、弦をかき鳴らす。
基礎的な練習から応用的なものまで、見ていた夢を忘れる為に練習を続ける。何事も基礎こそが一番大事、って誰かが言っていた気がするし、多分これで間違ってはいない筈……いや、前世からこういう練習方法やってるんだけどね。
「お嬢、寝てる……訳ないっすよねぇ」
いつものように夢を忘れるように練習をしていると、ノックもせずお付きのメイド、足立山さんが入ってきた。ギターからは手を離さず、視線だけで彼女を見る。足立山さんは私の姿を見るや相変わらずとでも言いたげに頭をかいていた。
「毎日毎日、本当練習熱心っすねお嬢は」
足立山さんは私の顎に指をかけて上を向かせると、私の頬を両手で包み込んだ。
「何時から練習してたっすか?」
じとーっと私の目を見つめてくる足立山さん。あっ、ちょっとこの距離は……顔はそらせないので目線をそらす私。
いっ、陰キャににらみつけるは効果抜群なんですよ足立山さん……あれっ、もしかして怒ってます? 怒ってますねこれは……。
「え、えと……ごっ、5時くらいかな……?」
ちょっ、ちょっとサバを読んだ。このくらいの時間ならまあ、寝ると約束した時間よりちょっと早いけどそこまで怒られないだろうと踏んだんだけど……ううっ、疑ってる。この目はすっごい疑ってる……!!
「ふ~ん……本当は?」
「よっ、4時前からです」
私の言葉を聞くと、足立山さんの両手が私の頬をぐりぐりと刺激してきた。ああっ、なんかこう、唾液がっ! 唾液が出てくるところが刺激されるっ!
「ウチと! 約束!! したでしょう!!! 毎日6時まではちゃんと寝るって!!」
「ごごごごめんにゃしゃああああああ!!」
揺れる頬肉、刺激される唾液腺。ああっ口の中が大洪水。しばらくされるがままにされていたお仕置きから解放された私は力なく床へと倒れ込んだ。足立山さんはなんか感触を確かめるように虚空を揉んでいる。
「相変わらず骨ばってるっすねえお嬢……それはともかく、約束したっすよね? 必ず6時までは布団の中で寝るって。なんでそんな早く起き続けるんスか」
「ねっ、寝るのが怖くて……また夢見ると思うとですね、はい。はっ、吐くもん吐いたら、眠気も吐き出されてしまって、怖いのだけ残ってですね……」
私が起きてしまう理由を離すと、足立山さんがすっごい深いため息をした。心底呆れたって感じのため息、前世でよく上司がしてたのを思い出すなあ……ううっ、思い出したらまた辛くなってきた。いや呆れのため息の時は殴られたりとかはなかったから、まだマシだったかな? わかんなくなってきた。
私が頭の中をぐるぐるさせていると、足立山さんが、へたり込んでいる私にしゃがんで目線を合わせて、私の頬に手を当てて口を開いた。
「いつも言ってるでしょ、怖くなったらウチの部屋来て良いって。大丈夫っすよ、お嬢が怖い時は昔みたいに手を握ってあげるっすから。ねっ?」
そう言って足立山さんは、そっと私のことを抱きしめてくれる。ほのかに香る煙草の匂い……そう言ってくれるのは本当嬉しいんだけどね足立山さん、流石にゲロ吐き女と添い寝させるのは申し訳なさが勝つんだよ。
あと、あの……純粋に誰かが隣にいると私寝られないので、はい。寝られないんならギター練習に時間充てた方がいいんじゃないかと思うんですよはい。
「……ところでお嬢、昨日は何時頃に寝たんすか?」
「えっと、9時半にバイトから帰ってきて、ギター練習2時間して、1時間ベースの練習して……、大体2時くらい?」
「……お仕置き再開っす」
この後私の頬めちゃくちゃにされた。
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