冬 天鵞絨 4
椿は大急ぎで私服に着替えた。
時間がないのでメイクはそのままだ。
樹神の学生マンションのエントランスで部屋番号を入力してチャイムを押すと、すぐに扉が開いた。
樹神の部屋は三階だ。
エレベーターで三階に到着すると、樹神が部屋の扉を開けて待ち構えていた。
「誰かに見られる前に早く入って。」
と急かされる。
部屋に入ると、
「なんで化粧も落とさないで来たんですか。目立つじゃないですか。」
と怒られた。
「だって時間なかったし。時間に遅れたら開けてくれないじゃないですか。ライン教えてくださいって何度も言ってるのに、教えてくれないから遅れるって連絡もできないし。」
と言い返すと
「ライン教えたら、偶然会ったとき以外もうちに来ようとするでしょ。迷惑なんですよ。そもそも、そうまでして来なくていいじゃないですか。お金持ちなんだから、ゲームくらいいくらでも買えるでしょう。」
椿の親は教育熱心でスパルタだ。
椿の教育にはお金を惜しまないが、ゲームや漫画といったものにお金と時間を費やすのはやめなさい、と申し渡されていた。
投資の練習に多額の金を与える一方で、椿のお小遣いの使途は家令が目を光らせていた。
少額ならなんとかなるが、ゲームのような高額のものを買うとカード履歴からすぐにばれて親に通報されてしまう。
椿はゲームをやってみたい気持ちを抱えながら、YouTubeの実況動画を見ることで心を慰めていた。
周りの友人に頼むと、どこかのルートから親の耳に入る可能性があってできなかった。
半年ほど前に樹神とトワフの撮影で初めて会ったとき、樹神と若いアシスタントがゲーム実況の話をしているのがたまたま耳に入ってきた。
聞いていると、どうやら樹神は実況主らしい。
このチャンスを逃すまじと思った椿は、強引に樹神の家まで付いていき、ゲームをさせてもらった。
初めて実際にプレイするゲームは楽しかったが、実況動画のようにはうまくいかなかった。
椿が下手くそすぎるのだ、ということに気付き、なんとか上達したいと樹神に会うたびに家に上がり込んでゲームをした。
樹神の部屋には、他にも興味を惹かれるものがたくさんあった。
人形のようなものがたくさんあるなと思っていたのだが、それらは樹神が作ったプラモデルらしい。
樹神はゲーム動画の他に、プラモデルの作成過程も動画にしていた。
樹神の動画はけっこう人気があるらしい。
ゲーム攻略の参考になるので、椿も暇さえあれば、こっそり見ている。
樹神は文句を言いながらも、椿のためにティーバッグの紅茶を淹れ、ゲームをセッティングして起動させてくれた。
自分はパソコンに向かってコーヒーを飲みながら編集作業を始める。
樹神は、なぜかいつも椿に紅茶を淹れてくれる。
椿は本当はコーヒーの方が好きなのだが、樹神の女の子には紅茶という思い込みが面白くてそのままにしている。
椿は黙々とお目当てだったアクションホラーゲームをプレイした。
実況動画を見ているので、クリア方法は知っているが、どうしてもラスボスが倒せない。
何度めかのゲームオーバーを迎え、疲れてしまった椿はゲームを中断し、樹神のパソコンを覗きこんだ。
パソコンの画面には、レモン柄のノースリーブのワンピースを着て動く椿が写っている。
編集により余分な部分がカットされ、様々な衣裳に次々と切り替わる。
「素人の無愛想なモデルって感じ。」
椿が思わず漏らすと、
「火生さんの無表情でクールなイメージが、服のフォーマルな感じとか華やかな感じとうまく対比されてると思いますけどね。」
と樹神が言った。
意外な感想だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます