003:つまり、君の姉弟子になるね

 ノエルがさらわれた騒動の、翌日。


 ノエルは家のリビングで、父と母の前に背筋を伸ばして座っていた。


 魔女スラーシャの弟子となり、この家を出て彼女のもとで魔女見習いすることになった、そのことを伝えるためだ。


 帝国公認の魔女は、身分制度の上でも特別な存在だ。一級以上の魔女は、帝国から男爵位に相当する待遇を与えられている。地方の下級騎士にすぎないノエルの家が、「弟子入りするのは認めません」と首を振れる立場ではない。


 けれど、父と母は、ただ位の高い魔女にそう言われたから同意したわけではなかった。ノエルが小さなころから魔女に憧れ、こつこつと魔法の勉強を積み重ねてきた姿を、一番近くで見てきたからだ。


 話を聞き終えた二人は、驚きより先に、心の底からうれしそうな笑みを浮かべてくれた。


 「スラーシャさまの言うこと、ちゃんと聞くのよ」


 母はそう言いながら、目元を真っ赤にしていた。こぼれそうになった涙を、慌てて指先でぬぐっている。


 続いて、父が低い声で口を開く。


「……立派な魔女になってこい」


 それだけ告げると、父は戸棚の奥から一本の剣を取り出した。アルディーン本家から下賜されたという、家にとって大切な家宝の剣だ。


 磨き上げられた鞘が、窓から差し込む光を受けて静かにきらめく。父はその柄をノエルの方へ向けて差し出した。


 ノエルは差し出された剣の柄を握った。ずしりと重い。その重さが、そのまま父の期待の大きさのように思えてくる。今のノエルには、一振りするのも苦労しそうな、大きな剣だった。


 ノエルは両親にしばしの別れを告げ、「立派な魔女になる」ことを約束して、実家をあとにした。


 振り返ると、父と母が小さくなるまで見送ってくれている。胸の奥がきゅっと痛んだが、それでも足は前に進んでいく。


 ノエルの隣には、スラーシャの姿があった。


 向かう先は、ルシディア地方の中心都市ルシディア。そこに、スラーシャの住まいがあるという。


 ノエルが生まれ育ったアナストリア地方も、これから向かうルシディア地方も、どちらもロズハイト帝国の領内だ。


 大陸中央部に広がるアナストリア地方から南西へ街道を辿れば、やがて潮の匂いが混じる。そこにあるのが、海に面したルシディア地方、交易港が栄え、漁業とワイン造りが盛んだ。


 主要都市どうしの移動には、帝国が管理する転移石が利用できる。莫大な魔素と維持費がかかるうえ、運べる人数や荷物にも制限があるため、庶民が気軽に使える代物ではない。


 アナストリアからルシディアまで、正規料金で利用すれば片道金貨二十枚。庶民の月給にほぼ等しい額だ。


 だが、魔女として帝国に登録されているスラーシャの移動は、公務扱いにできるらしい。ノエルも彼女の同行者として、転移石を利用できる。


 眩い光に包まれる直前、ノエルは腰の剣の柄にそっと触れた。ここから先は、もう「騎士の家の長男」ではなく、「魔女見習いのノエル」だ、そう自分に言い聞かせる。



 ***



 転移の眩い光が晴れると、ノエルとスラーシャは、ルシディアの転移石が据えられた転移施設のホールに立っていた。


 魔方陣の縁をまたいで外へ出ると、入り口のそばでひとりの少女が待っているのが見える。


「おかえりなさい、先生」


 少女がぱっと表情を明るくして、スラーシャに駆け寄った。


「ただいま、エルミナくん」


 エルミナと呼ばれた少女は、肩より少し上で切りそろえた白い髪に、動きやすそうなミニスカートとスパッツという格好をしていた。ノエルより年上で、少し背が高く、十五、六歳くらいに見える。


 彼女の視線が、スラーシャの隣に立つノエルへと移った。


「先生、その子は、まさか……」


「うん、新しい弟子のノエルくんだ」


 スラーシャがあっさりと告げると、エルミナの目がみるみるうちに驚きと喜びの色に変わっていく。少女はゆっくりと、けれど勢いを隠しきれない足取りでノエルとの距離を詰めてきた。


「エルミナくんも君と同じ、私の弟子の魔女見習い。つまり、君の姉弟子になるね」


 紹介を受け、ノエルは慌てて背筋を伸ばす。


「は、初めまして。ノエル・アルディーンといいます」


 名乗り終えるより早く、エルミナの両腕がノエルの体をとらえた。


「あたし、エルミナ! よろしくね!  はぁ〜、ずっと妹が欲しかったんだー、あたし!」


「えっ──」


 言葉を継ぐ間もなく、ノエルの顔が彼女の体にぐいっと引き寄せられる。


 柔らかい感触と、彼女の体温。それらが一気に押し寄せてきて、ノエルの視界がエルミナの胸元でいっぱいになった。


「ちょ、ちょっと、痛いです……!」


 エルミナはノエルを自分の胸に押しつけるように、これでもかというほど強く抱きしめていた。


 不意打ちの歓迎に、耳の先まで熱くなるのを自覚しながら、ノエルはどうしていいのかわからず、その場で固まってしまう。


 「おっと、もうこんな時間だね」


 スラーシャは施設の壁に掛かった大きな時計を見上げて、軽く息をついた。


「じゃあ、私はこれから、とても重要な任務があるからね。ノエルくんのことは、エルミナくんに任せるよ」


「はい、先生!」


 エルミナが元気よく返事をする。


 スラーシャは二人に片手をひらひらと振ると、そのまま足早に転移施設をあとにした。


 とんがり帽子が人混みの向こうに消えていく。


(特級魔女の重要な任務って……どんなのだろう)


 帝国から命じられた国の存亡に関わる極秘任務かもしれない、とノエルの想像はふくらむ。


「それじゃあ、ノエルちゃん」


 横から、明るい声がかかる。


「あたしがルシディアの街、案内してあげるからね」


「は、はい、よろしくお願いします」


 頭を下げるより先に、エルミナの手がノエルの手をパシッとつかんだ。


「よーし、行こ!」


 ぐいぐいと引っ張られるまま、ノエルは転移施設から出ていく。


 ルシディアの街は、ノエルの暮らしていたアナストリアとは空気からして違っていた。

 

 鼻をくすぐる潮の匂い、通りの向こうには無数のマストが並ぶ港が見える。石畳の通りには、魚や貝を並べた露店や、見たこともない雑貨を売る行商人たちが声を張り上げていた。


「こっちが市場通りね。あっちの方が港で、夕方になるともっと人でいっぱいになるの。あとは……あの高い塔が見えるでしょ? あれが灯台」


 エルミナはノエルの手を引いたまま、次々と指さして説明していく。


 アナストリアの落ち着いた城下町とはまるで違う、ざわめきと喧騒に満ちた港町。


 初めて見る景色。エルミナが隣で楽しそうに話してくれるからか、次第にノエルも緊張よりもわくわくの方が勝っていった。


 ふと、通りの先に目を向けたノエルは、見覚えのあるとんがり帽子を見つけて足を止める。


 公園のベンチに、スラーシャが腰かけていた。背もたれにもたれ、じっと遠くを眺めている。


「エルミナさん、あそこ……スラーシャさんが」


 ノエルがエルミナの袖を軽く引く。


 下校途中らしい子どもたちの列を、スラーシャがじっと目で追っているようだった。


「ああ、あれね」


 エルミナは、特に気にした様子もなく笑った。


「あれは先生の日課よ。町の子どもたちの安全を見守りつつ、将来有望な魔女とか騎士になりそうな子がいないか、チェックしてるの」


「そ、そうなんですか……」


 本当にそれだけなのだろうか、とノエルは少しだけ首をかしげる。


 少し離れたところから、町の人たちのひそひそ声が耳に入ってきた。


「またスラーシャ様が子どもを眺めてるわよ。ほんと、やめてほしいわねえ」


「この前なんて、うちの子、家まで連れて行かれそうになったんだから」


「怖いわよね〜」


 ノエルは、公園のベンチに座るスラーシャと、その視線の先の子どもたちを交互に見た。


(……どう見ても、スラーシャさんが不審者にしか見えない)


 胸の内でそうつぶやきながら、さすがに口には出せず、ノエルは視線だけそっと逸らした。



「さあ、次はあたしたちのおうちに行きましょ!」


 エルミナが、ぱっとノエルの手を握り直した。


「おうち……?」


「そう! 先生とあたしと、ノエルちゃんがこれから住むおうち!」


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