夢鏡の魔女(仮)~男の娘は魔女になりたい~

伊呂波

1章:男の娘、魔女見習いになる

001:ボク、魔女になりたいんです!

「ノエルちゃん、またねー!」


「うん、また!」


 ノエルは学校の友達に手を振り返し、そのまま家まで駆け出した。


 貴族や騎士、裕福な町人の子弟が学ぶ学校に籍を置くノエル・アルディーンは、下級騎士の家、アルディーン家の長男だ。今年で十三歳になる。


 ノエルは、十三歳の男の子にしては小柄。細い身体に、白い肌、大きな瞳、どこか幼さの残る丸い輪郭。ぱっと見はどう見ても女の子。男の子だと言っても、信じてもらえないことのほうが多かった。


 だからノエルは、普段は女の子のふりをして生きてきた。そのほうが落ち着く。なぜなら、ノエルは物心がついたときから、心は女の子だったからだ。


 家に着くなり、ノエルは玄関脇の手紙受けを開けた。


「……来た!」


 そこには、自分宛ての封筒が一通。ノエルはそれをぎゅっと握りしめると、自分の部屋へ駆け込む。


 ドアを閉めるなりベッドの上に腰を下ろし、震える指で封を破った。


 中から、一枚の便箋が滑り出る。


『 申し訳ないですけど、男の弟子は取っていません。 そもそも男は魔女になれません。人形の魔女 ギーア・アレキサンダー』


「……そっか、そうだよね」


 胸のあたりが、ゆっくり沈んでいく。


 ノエルはため息をひとつこぼし、便箋を机の上に置いた。


 可能な限り、片っ端から魔女へ弟子入り志願の手紙を出していた。これで八


 ノエルが暮らすロズハイト帝国では、魔女は、国によって認められた存在だ。彼女たちは各地を巡り、魔物を討伐したり、発生したダンジョンを不活性化したり、ときには個別の依頼を請け負う等して、人々の暮らしと国の安定を支えている。


 ノエルの部屋には、そんな魔女に関する本や資料が山のように積まれていた。魔女の系譜を書いた厚い本から、古びた戦記物語、学術書まで、机の上も本棚もほとんどそれで埋まっている。


 六歳のとき、ノエルの住む町は魔物の群れに襲われた。


 燃え上がる家々、泣き叫ぶ人々。その地獄のような光景の中に、ただ一人、夜空の炎を押し返すように立つ影があった。あの時、自分たちを救ってくれたのが魔女だった。


 それ以来。ノエルは、自分も魔女になりたいと思うようになった。


 学校では魔導学を専攻し、授業で使う教本はページの端がよれるほど読み返している。一方で、下級騎士の家の長男でもあるため、幼いころから剣術や騎士としての心得を父から叩き込まれてきている。


 ノエルは、とぼとぼとリビングへ向かった。


「ただいま、母上」


 テーブルで裁縫をしていた母が、顔を上げて微笑む。


「おかえりなさい、ノエル。……魔女様から、お返事は来たの?」


「うん。でも、断られた」


 母は一瞬だけ目を細め、それから静かにうなずいた。


「そう……残念だったわね」


 それ以上、何も言わない。


 ノエルの父と母は、ノエルが男の子でありながら女の子のように生きようとしていることも、魔女になりたいと言う事も、一度たりとも否定しなかった。


 否定どころか「ノエルがそうしたいなら」と応援すらしてくれる、周りから見れば少し変わっているくらいに、寛容な家だった。



 ***



 ノエルがリビングで母と一緒に夕食の支度をしていると、玄関の扉が開いた。

 今日の騎士の務めを終えて、父が帰ってきたのだ。


「戻ったぞ」


「おかえりなさい、父上!」


 ノエルは慌てて流し台から手を拭き、父のところへ駆け寄ると、上着を受け取って壁のフックに掛けた。


「ノエル、城の者が噂していたんだが、町に魔女が来ているらしくてな。名前は何と言ったかな……スラ? スラー……」


「幽水の魔女、スラーシャ・リナリエル?!」


「おお、そうだ、スラーシャだ」


「うそ……ほんとに、スラーシャが町に来てるの!?」


 ノエルの胸が一気に高鳴る。


 帝国内には、冒険者や騎士、魔導士たちを一括して評価する「統一級位制度」がある。一級から十級まで、その上に特級。


 登録者にはそれぞれ級位が与えられ、自分の級位に見合ったクエストを受けることができる。


 帝国公認の魔女は、魔女という肩書だけで、最低でも三級に位置づけられる。そこから先は、実績や扱う魔法等によって、個別に細かく格付けされていく。


 幽水の魔女スラーシャ・リナリエルは、帝国内にわずか四名しかいない特級魔女のひとりだった。


 ただ、その名が広く知れ渡っている理由は、特級であるからだけではない。帝国からの要請には滅多に応じず、そのくせ各地でたびたび厄介ごとを起こす、そんな噂まで含めて、有名だった。


 父は食卓に腰を下ろしながら、ぽつりとつぶやいた。


「魔女が、何の用だろうな」


「どこにいるの!」


 ノエルが身を乗り出す。


「城下の広場にいたって話だが……」


 最後まで聞く前に、ノエルの身体はもう動いていた。母の制止する声が背中越しに聞こえた気もするが、振り返っている暇はない。


(魔女、しかも特級に会えるチャンスなんて滅多にない!)


 薄暗くなり始めた街並みを、ノエルは息を切らしながら駆け抜ける。


 やがて、城下の広場が見えてきた。人だかりができている。まだ、スラーシャはいるらしい。


「この特級魔女スラーシャが、直々に魔力を込めた魔除けのチャーム! 一つ金貨十枚のところを、今日は特別に金貨五枚で譲ろう!」


「俺にもくれ!」「私も欲しい!」


 人だかりの向こうから、よく通る女の声が響いてくる。


 ノエルは人と人のあいだを縫うようにして前へ出た。


 そこにいたのは、とんがり帽子をかぶり、いかにも魔女といった格好をした女だった。


 四十代ほどに見える、ややがっしりとした体つき。だが、噂に聞く幽水の魔女スラーシャ・リナリエルは、水色の長い髪が印象的な、二十代前半ほどの見た目をした美しい女性だと伝わっている。


(……ん?)


 ノエルは首をかしげる。


 目の前の女は、ノエルが本で見てきたどの魔女の挿絵にも、ぴたりとは当てはまらない。けれど、魔女の中には、年齢不詳や不老の者も少なくない。その容姿が、世間に伝わっているものと実際が食い違うことはよくある事だ。


 ノエルは人だかりをかき分け、自分から一歩、また一歩と前へ出た。


 胸の奥がじりじりと焼ける。ここで言わなければ、一生後悔する、そう思った瞬間、口が勝手に動いていた。


「スラーシャさん!」


 自分でも信じられないほどの大きな声が出た。


 ざわ、と周囲の視線が一斉にノエルへと向くのがわかる。


「ん?」


 スラーシャがこちらを向いた。視線が合った瞬間、ノエルの心臓がどくりと跳ねる。


「ボ、ボクを弟子にしてください! ボク、魔女になりたいんです!」


 声は震えていたが、最後まで言い切った。


 人だかりが一段とざわめいた。


「弟子?」「あの子、魔女志望か?」


 そんな囁きが耳に入る。


 スラーシャはノエルをじろりと見た、上から下まで値踏みするように視線を滑らせている。


「お前、名前は何てんだい?」


「ノエル! ノエル・アルディーンです!」


 名乗りながら、背筋を伸ばした。せめて名前だけは、はっきりと。


「アルディーン、って、あのアルディーンか?」


 スラーシャの眉がわずかに動く。


 ノエルは小さくうなずいた。


「はい。といっても、分家の、そのまた分家ですけど……」


 スラーシャは、ふっと口元だけで笑った。


「わかった、ノエル。あんたを、今日からアタシの弟子にしよう」


「ほ、本当ですか! ボク、男──」


 本当は、「男だけど、魔女の弟子になってもいいんですか」と最後まで言うつもりだった。言い切る前に、ノエルの声は周囲の歓声にさらわれた。


「うおーっ! 幽水の魔女の弟子になったのか、お嬢ちゃん!」


「すげえ! 未来の魔女さまだ!」


 周りの人たちの熱気に押されるように、ノエルは口をつぐんだ。今ここで「自分は男だ」と告げることで、ようやく手に入れたチャンスを失ってしまうのが急に怖くなった。


 スラーシャが、パン、と手を打つ。


「さあ、今日は日が暮れてきたし、このへんにしておこうかね。ノエル、ついてきな」


 くるりと踵を返し、マントを揺らして歩きだす。 


 人だかりが自然と割れ、道ができる。


「は、はい」


 ノエルは返事をして、慌ててその背中を追った。


 不安も確かにあった。けれど、それ以上に胸の高鳴りのほうが大きかった。








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