昭和・平成飲料異聞録  ~激マズ飲料の肖像~ 

黒冬如庵

第一夜 許されざるもの、その名は──

 思わずクトゥルーな比喩ひゆをくどくど連打するほどの衝撃──そういえば伝わるでしょうか?


 頭髪を鷲掴みにされ振り回された挙げ句、後頭部から混沌の海に加速をつけて強制ダイブされた気分です。

 数分──魂を深淵に引き込まんとする名状しがたい何か、汚泥のような恐怖に抗いました。

 

 恐怖─混乱─絶望。

 理解できない『モノ』への根源的な畏怖いふ

 それは容易く崇拝に取って代わりかねない、圧倒的な何かでした。

 口に出すこともはばかる深淵の邪神。

 その真なる御名みなを唱えんとするもの、等しく永劫の呪いあれ!

 

 其の名──『ブルボン ルマンドドリンク』


 いやー、本当にびっくりしました。

 千葉県某市某所の住宅街──本当になにもない、住宅が立ちならぶ通りからずれた路地にその自販機は魔界への入口よろしく佇んでいました。

 

 虚ろな蛍光灯(LEDではない!)と格安ドリンクというPOPがどうしょうもない郷愁と場末感をこれでもかと押し付けてきます。


 なんと申しますか、臆病のもの好きなのでこの手の自販機は大好物です。

 闇夜の篝火かがりびに誘われて、炎に焼かれるガのごとくフラフラと吸い寄せられました。

 

 そこで、出会ってしまいました。

 運命の出会い──できれば一生知りたくなかった悪魔との。

 

 その自販機がまた、大変『インチキ』臭い仕様で、もの好きの心を擽ります。何が出てくるか分からないランダムボタンのサンプルには、見たこともない謎のコーヒー缶が魅惑の笑みを鈍く湛えて並んでいます。

 

──こんなデザインの缶、あったっけか?


 ふと視線を巡らせた先にそれはありました。


 高貴な色──紫をベースまとい、憂いさえ帯びながらそっと手招く魔王。

 

 闇の中で白い光にぼうっと浮かび上がる缶にはココア飲料と『ブルボン ルマンド』のロゴがあります。

 ブルボン──皆様ご存知の、非常にコストとテイストのバランスが素晴らしいお菓子屋さんです。

 

 結構を超えてかなり好きなので、しばしばホワイトロリータ(今の窮屈なご時世、なかなか攻めた商品名)を買って食しています。

 もちろんルマンドだって買います。あと、アルフォートも。

 ルマンドのサクサクッとした生地は美味しく、ココアクリームやコーティングとの相性もなかなかと思っています。アルフォートのミルク感たっぷり滑らかチョコとザクザクビスケットも大変美味なものです。

 

 何より素晴らしいのはその価格!

 

 何もかもが親の仇のように値上がりする中、貧窮問答歌ひんきゅうもんどうかの如き庶民の口を守護すべく北日本の地から舞い降りた、フランス王家のお名前を持つ天使!

 ちなみにブルボンは以前は「北日本食品工業株式会社」でした。


 ワタクシ、かなりブルボン信者なところがありまして、ルマンドの栄光を冠したドリンク──しかも今どき50円! これは買うしかないっ! そう決断するまで、2.78秒程でしょうか。

 

 気がつけば財布から、妙に真新しい50円玉を取り出し、賽銭箱に投入する恭しさでスロットに穴開き白銅貨を捧げました。

 ぼっろい自販機でしたが、むずかる事無くがっしゃりと商品を吐き出します。

 

 なんか──イヤなものを一刻も早く吐き出す感じで……。

 

 取り出したりますは、見本と寸分たがわぬ紫のスチール缶。販売者を見ると、そこには燦然と輝くブルボンの4文字。製造者は別の缶詰メーカーさんですが……。

「まだスチール缶?」と、いささか訝しみましたが、そこはモノ好きの面目躍如、すぐにぷしっとプルタブを引き上げました。

 

──あんまり、匂いしない。


 チョコとかココアの甘くかぐわしい香りはありません。

 まあ、ごじう円だから仕方ないかーと一口啜りました。

 あ、コールドドリンクです。真冬なのに。

 

 後悔──押し寄せる圧倒的後悔!

 

 あまりに強烈な悔悟の波濤はとうに声すら出ません。

 げえっふぅ、という謎の音が漏れるのみです。

 

 ぬったりとしたぬめる喉越しに、うっすいココアの風味。

 甘さ控えめという配慮の美名を隠れ蓑にした、糖類ケチケチ精神。


 チョコ感もミルク感もなく、ルマンドの誇りであるサクサク感(ドリンクにあるわけない←混乱中)もゼロ。

 暴力的糊料のモッタリ感と、妙にキレの良い人工甘味料が脳内でパラドックスを引き起こします。

 

 スライムじみた食感なのに、かすかな粉っぽさが舌に残るぅ。

 そのうえ、油脂感が口に宿るところだけ、本家ルマンドの微細な欠点を継承している始末。


 まさに狂気に満ちた、唾棄だきすべき(ここ比喩ではないです)、太古の邪神が口中に復活しました。

 

──おおお、まっずうううぇあ!


 牢獄ろうごくとらわれた意識の中、ある思い出が蘇りました。 


 むかし、むかし、遥かな昔。

『ファンロード』(※注)という雑誌があった古き良き時代。


 幾多いくたの紳士淑女が夜会の如く笑いさざめく紙面に、『ゲゲボドリンク』なる異様な概念が鎮座ちんざしていました。

 

 要するにひっじょーに『マズイ』ドリンクをネタとして嘲笑うものなのですが、ワタクシの脳裏には末期の走馬灯の如くこの雑誌が輪舞しました。

 それはもう、エッセイとして『昭和・平成飲料異聞録 』を決意させるほどの衝撃を伴って。

 

 かくして、このエッセイを見つけてしまった読者諸卿には、好むと好まざるとにかかわらず、強制的に地獄におつきあいしてもらうことと相成りました。

 

 更新はもちろん、ニャル様の如く気まぐれかつ不定期です。

 それでは皆様、良い『後悔』を!

 


(※注:かつて存在した、投稿者の情熱がカオスを生み出していた伝説の雑誌。ライバルは『月刊OUT』)


第一夜 了

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2025年12月12日 18:00
2025年12月14日 15:00
2025年12月17日 18:00

昭和・平成飲料異聞録  ~激マズ飲料の肖像~  黒冬如庵 @madprof_m

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