「こんにちはァ」

 という声が後に続いた。高く明るい響きに僧侶と海老名が揃ってそちらを見る。戸口に立っていたのは若い女だ。目が細く小さい。鼻や口のつくりは悪くなかった。しかし先にも言った目同士の離れているのが災いして、今ひとつ魅力に欠けた顔立ちへ仕上がっていた。内と外で色の違う髪を顎下で切り揃えた女は、愛嬌に富んだ笑顔一層深くする。開いた口から再び元気の良い声が出た。

「配達でェす。お待たせしてました」

「おお、待ってた待ってた」

 僧侶が嬉々とした声を出す。彼は小上がりを下りる。それからカウンターを避け戸口へ向かった。その間に懐から財布を取り出す。

明空はるたかさんこんにちは。いつもありがとうございます!」

 若い女は目の前に立つ僧侶を見上げて言った。薄化粧の頬がほんのり上気している。明空と呼ばれた僧侶はといえば、恥じらいに気づいた様子もなく顔の向きを変えた。

「岡持ちは車だな。俺が取ってこよう」

 彼はこう言うや大股で店を出て行く。その姿はすぐに戻った。片手に使い古した岡持ちを提げている。明空はそれを足元に起き、女へ支払いを済ませた。

「器はいつも通り店まで持って行くよ。大将と奥さんによろしく」

「はい。お店にもまた来てくださいね」

 女は小粒な目をきらきらと輝かせる。それから頭を下げ店を出て行った。

「さぁ、飯だ飯だ」

 明空は背後を振り返って言う。岡持ちを軽々と持ち上げ店内を横切った。小上がりの手前で再びそれを置き、上下式の蓋を開ける。手際良く中身を取り出し始めた。丼ぶりや巨大な平皿、グラタン皿や鉄板が畳の上に並ぶ。どの器も湯気の立つ料理が溢れんばかりに盛られていた。明空は小上がりの隅に立て掛けられていたちゃぶ台を中央に運び、折り畳みの脚を伸ばす。天板に乗り切らない分は脇に置き胡座をかいた。ポリ袋から紙ナフキンに包まれたフォークとナイフを取り出し、ナフキンを剥いだ切っ先でステーキを切り分ける。白米が山を作る丼ぶりに一切れを乗せるや勢い良く掻き込みだした。合間に小上がりの出入り口へ視線を向ける。海老名は再び丸椅子に腰掛けていた。両腕を背後のカウンターに乗せふんぞり返っている。明空はそちらへ向け「お前も食べたらどうだ」と声をかけた。

「いらねぇ。お前の顔を見てたら飯が不味くなる」

「少食なだけだろう。元から貧弱だが、最近は更に酷いじゃないか」

「だから、誰のせいだと思って」

 海老名が力を込めて言う。その背後でまた戸の開く音。今度は耳障りな程盛大だった。





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